人は聞きたい情報だけを聞き、それ以外を無視しようとする──。この「確証バイアス」の罠(わな)はあなたのごく身近にあります。今回は、営業担当者から報告を受けた営業部長の話を題材にした意思決定の失敗事例を、『 賢い人がなぜ決断を誤るのか? 』の一部を抜粋・再構成して解説します。

部下との電話から、あなたは「事実」を読み取れるだろうか?(写真:IgorAleks/shutterstock)
部下との電話から、あなたは「事実」を読み取れるだろうか?(写真:IgorAleks/shutterstock)

 ストーリーテリング・トラップは、日常的なものを含む、あらゆる種類の経営上の意思決定について、私たちの思考を脱線させる。実際の(そして、典型的な)ケースを少し改変した次のストーリーについて考えてみよう。

 あなたは、競争の激しいビジネスサービス市場で戦っている企業の営業部長だ。成績のいい営業スタッフのウェインから電話がかかってきた。彼はこう報告した。

 「最も手ごわいライバルのグリズリー社に、コンペで2度続けて負けました。どちらのコンペでも、グリズリーは我々よりはるかに低い価格を出してきました。また最近、我が社の優秀な営業スタッフが2人辞めました。2人ともグリズリーに移るそうです。さらに、長年にわたって我が社と関係の深い顧客数社に、グリズリーが積極的に食い込もうとしている噂を聞きました」

 電話を切る前にウェインは、次回の経営会議で販売価格を見直すべきだと提案した。顧客との日々のやり取りから、現在の価格水準を維持するのは無理だと思う、と彼は言った。少し気になる内容の電話だった。しかし、あなたは経験豊かなプロなので、冷静さは失わない。今聞いた情報について、確認する必要がある。

ライバル社の攻勢にどう対処するか?

 そこで早速、信頼するもう1人の営業スタッフ、シュミットに電話をかけた。競争が異常なまでに激化していることにシュミットは気づいているだろうか。すると彼は、「近々あなたに報告するつもりでした」と言った。そして、グリズリー社が最近とても攻撃的になっていると言い、こう続けた。

 「最近、最も忠実なクライアントの1社と契約を更新したところです。グリズリー社の提示価格のほうが15%も安かったのですが、クライアントは我が社を選んでくれました。そこの会社の社長とは、長年にわたって個人的なつながりを築いてきましたからね。けれども、別のクライアントとの契約更新が間近に迫っています。見積価格の時点で、グリズリーとの差がこれほどあると、契約の維持は難しいと思います」

 時間を取ってくれたことに礼を言って、あなたは電話を切る。次に電話をかける相手は人事部長だ。ウェインが言っていた、転職した営業スタッフのことを確認するためだ。人事部長は、その通りだと認めた。退職者面接で2人は、グリズリーに行くのは、高額な業績連動型ボーナスに魅力を感じたからだ、と言ったそうだ。

 この一連の情報のせいで、あなたは不安になる。最初にこの話を聞いたときはそれほど重大とは思わなかったが、時間をかけて情報を確認した。ウェインの言うことが正しいのか。

 値下げをする必要があるのか。少なくとも、次の経営会議でこの件について検討する必要があるだろう。価格競争を始めると決めたわけではないが、この問題は経営会議で話し合われることになった。破滅につながる可能性とともに……。

ゆがんだレンズを外してみる

 なぜその結論に至ったかを理解するために、ウェインからの電話をあなたがどう受け止めたかを振り返ってみよう。意図的であってもなくても、ウェインがしたことはストーリーテリングそのものだった。彼は複数の独立した事実に一貫した意味を与えることによって、物語を構築した。だが彼の推論は、必ずしも正しいとは限らない。

 同じ事実を批判的に解釈してみよう。「営業スタッフが2人辞めた」のは、営業チームのこれまでの離職率に照らせば特別な出来事ではない。彼らが最大のライバル企業に行くこともそうだ。2人が転職する可能性が最も高いのはどこかと考えれば、グリズリー社となる。

 次に、ウェインとシュミットは、グリズリー社が攻撃的な競争を仕掛けてきている、と報告した。彼らは、顧客との契約を更新できたことに対しては、それはすべて自分の手柄であり顧客との強い絆が奏功した、と言った。営業スタッフなので、そのくらいの自己主張はあって当然だろう。

 重要なのは、彼らが語った数だ。ウェインは新規の顧客を2件獲得しそこなったが、既存顧客は1件も失っていない。シュミットは既存顧客を維持し、次の契約更新の交渉でもあなたの期待に応えようとしている。全体として今のところあなたの部署は、新規契約こそ獲得できていないが、既存の契約を失ってもいない。こうして最初に語られたストーリーの情報を、ゆがんだレンズを外して見直してみると、実際にはたいしたことは起きていないと分かる。

事実確認のつもりがバイアスの罠に突き進む

 では、どうしてあなたは値下げを真剣に検討する気になったのだろうか。それは、ストーリーテリングのトラップにかかったからだ。あなたは、ウェインが述べた事実を客観的にチェックしているつもりだったが、実際には裏づけようとしていた。ウェインの話が真実かを本当にチェックするためには、次のように尋ねるべきだった。

 「この数週間で我が社の他の営業スタッフは、新たなクライアントを何件獲得したか?」
 「我が社は市場のシェアを失っているのか?」
 「グリズリー社が顧客に提示した価格は我が社と同じ内容のサービスを約束するものか?」

 これらの質問(や他の多くの質問)を重ねていくと、競合企業に比べて自社の製品・サービスの提供価値が大幅に落ちているといった重要な問題が見つかり、価格競争に乗り出すことが正当化されるかもしれない。その場合、値下げは筋が通っている。

 だが、あなたはそのように問いかけなかった。あなたの問題意識は、ウェインが最初に語ったストーリーによって形づくられた。そしてあなたは、そのストーリーの反証になるデータを探そうとせず、それを裏づける情報を探した。

 前回、フランスの石油企業と米国のベンチャーキャピタルが「飛行機からの石油探知」にだまされた例(「 ゴールドマン、シリコンバレーVCもはまった『思い込み』の罠 」参照)でも見たように、人は誰かからよくできた話を聞かされると、それを裏づける要素を探し始める傾向があり、それらを探し当てる。あなたも自分では、厳しいファクトチェックをしているつもりだった。もちろんファクトチェックは重要だ。ウェインの情報は、事実にきちんと照らせば間違いだと分かる。しかし、事実から誤った結論を引き出すこともある。ファクトチェックとストーリーの検証は別物だ。

「話の信ぴょう性<伝える人の信頼度」に要注意

 確証バイアスが機能するには、もっともらしい仮説が必要だ。そして、その仮説がもっともらしいものとして受け入れられるには、その仮説を唱えた人の信用度の高さが必要となる。

 先に検討したシナリオで、あなたがウェインの話を信じたのは、一つには彼を信頼していたからだ。もし、成績の悪い営業スタッフが同じ内容の電話をかけてきたら、あなたは「出来の悪い社員の泣き言」と見なして、気に留めなかったかもしれない。

 言うまでもなく、信頼できる人とできない人がいて、メッセージの発信者についてすでに知っていることが、メッセージの信ぴょう性に影響する。しかし、私たちは、信頼できる人がもたらしたストーリーをいとも簡単に信じてしまいやすいことを忘れがちだ。情報を発信する人の評判が、その人がもたらす情報の価値を上回るとき、あるいは、プロジェクトの内容そのものよりプロジェクトの提案者の実績が重視されるとき、私たちは「王者バイアス」に陥っている。

 では、私たちが最も信頼する王者は誰か。それは自分だ。何らかの状況を理解しなければならないとき、理解の助けとしてまず心に浮かぶのは、自らが記憶する似たような状況での経験だ。これが「経験バイアス」である。

日経ビジネス電子版 2021年7月19日付の記事を転載]

「9つの心理バイアス」を詳解!

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 例えば、アマゾンでは、会議でのパワーポイントの使用を禁止し、その代わりに「長文メモ」を使っています。ネットフリックスも、取締役会の資料をパワポからメモに切り替えました。その理由は、パワポを駆使したプレゼンテーションは、会議を単一の視点による一方通行なものに変えてしまい、それがバイアスを助長し、深い議論の妨げになりやすいからです。多様な視点を確保し、対話を深めることにより、バイアスの影響を軽減できます。こうした40のテクニックが、正しい意思決定にあなたを導きます。

オリヴィエ・シボニー(著)、野中香方子(訳)、日経BP、2200円(税込み)