DX、SDGsなど、日本企業を取り巻く環境は激変している。ところが、横並び志向はいまだ根強く、結果、同質的な価格競争に陥っている。不毛な消耗戦から抜け出すためには、「競争しない」状態を作ることが重要だ。その際に最も脅威となるリーダー企業に対抗する方法は3つある。様々な業界・規模の企業戦略を長年研究している早稲田大学ビジネススクール教授・山田英夫氏の著書、『 競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する。
リーダー企業はどのような戦略をとるのか
日本企業の利益率の低下が止まらない。製造業の場合は、新興国との競争を抜きには語れないが、サービス業の利益率も低いままだ。同じような製品・サービスで価格競争を繰り広げる、日本企業の横並び同質的競争が背景にある。
競争することは、市場の拡大、価格の低下、多様なニーズへの対応、組織の活性化など良い面もあるが、他方、顧客より競合ばかりに目が行き、組織の疲弊も招く。
実は競争戦略の研究でも、マイケル・ポーター氏の『競争の戦略』(ダイヤモンド社)やチャン・キム氏&レネ・モボルニュ氏の『ブルー・オーシャン戦略』(ダイヤモンド社)などでは、競争しないことで利益率を上げることがこれまでも提唱されてきた。
競争しない戦略を考える上では、敵に回すと一番脅威になるのが、経営資源の質・量ともに最大である業界のリーダー企業である。
リーダー企業の戦略定石として、嶋口充輝氏(慶応義塾大学名誉教授)は『統合マーケティング』(日本経済新聞社)で、①周辺需要拡大、②同質化政策、③非価格対応、④最適シェア維持の4つを挙げた。
①周辺需要拡大
周辺需要拡大とは、市場のパイを拡大させることである。リーダー企業は競合企業に対して、質・量ともに優れた経営資源(生産力、マーケティング力、資金力など)を持っている。したがって、需要が拡大すると、その拡大した部分の需要が特許などにより参入を阻止されない限り、既存市場のシェア相当分は獲得可能である。
例えば、過去、夜だけ歯磨きをしていた人が多いとすると、「朝も夜も歯磨きをしましょう」というキャンペーンが当たれば、歯磨き粉の消費量は2倍になる。「朝はライオン、夜はサンスター」という人はいないだろうから、リーダー企業のライオンは、拡大した需要に対して既存のシェア分は確保できる。これにより、売上増とシェアの維持が同時に達成されるのである。
②同質化政策
同質化政策とは、チャレンジャーがとってきた差別化戦略に対して、リーダーの持つ相対的に優位な経営資源によってそれらを模倣し、差別化効果を無にしてしまう政策である。日本企業の例で言えば、かつてのパナソニック、トヨタ自動車、キリンビールなどのように、下位企業のヒット商品をうまくまねて、経営資源の優位性を活かして首位に君臨し続ける戦略である。
他にも、日本コカ・コーラの自販機を見ると、同社のオリジナル商品はコーラ程度であり、他は他社のヒット商品を模倣したものが多くなっている。

③非価格対応
非価格対応とは、下位企業の安売り競争に安易に応じないことである。すべての企業がそろって2割引きすれば、一番利益が減る額が大きいのはリーダー企業だからである。例えばデジタル一眼レフや油圧ショベルでは、リーダー企業であるキヤノンやコマツから価格競争をしかけることはほとんどない。
④最適シェア維持
シェアを取りすぎると、独占禁止法などの問題により、かえってトータル・コストが高くなる場合もある。また、80%のシェアを85%にする営業努力は、40%のシェアを45%にするときよりも営業効率が悪く、利益率が向上しないこともありうる。それは、「おいしくない市場」を取らなくてはならないからである。そうであれば、「良い競争業者」に、おいしくない市場を取ってもらった方が、自社の利益率は高くなる。
以上、4つのリーダー企業の戦略定石を述べたが、経営資源が少ない下位企業からの攻撃に対して、リーダー企業が一番対抗しやすいのが同質化政策である。とりわけ米国企業に比べて、日本企業はこれを得意としてきた。
リーダー企業との戦いを回避 「競争しない」3つの戦略
リーダー企業に比べて経営資源の劣る企業が生き残っていくには、真正面からリーダー企業と戦うのは得策ではない。
そこには、より強い者と戦わない戦略をとるか、より強い者と共生を図るかという2つの選択肢がある(図表1)。前者は「(競争しないで)分けてこう」という「棲み分け」の発想であり、後者は「(競争しないで)和していこう」という「共生」の発想と言える。生物の世界でも、ある種が生存するためには、この「棲み分け」と「共生」が必須である。
「棲み分け」で競争を避ける――「ニッチ戦略」「不協和戦略」
「棲み分け」が可能になるためには、リーダー企業が同質化できないことが必要である。そのためには、
①リーダー企業が持つ経営資源と、当該企業がしかける市場とが不適合になる場合
②当該企業がしかける競争のやり方と、リーダー企業の経営資源もしくは戦略が不適合になる場合
の2つがありうる。
①の市場との不適合とは、リーダー企業が持つ経営資源から見て、当該企業が開拓した市場が規模的に小さすぎて、そこに参入すると、リーダー企業の高い固定費により赤字になってしまう場合や、その市場を開拓するための経営資源が非常に特殊で、リーダー企業は相対的には豊富な経営資源を持っているが、そのための資源を今から保有するのは割に合わないような場合に発生する。
その例としては、製薬業界リーダーの武田薬品工業に対して眼科領域に特化した参天製薬、大日本印刷、凸版印刷に対してディスクロージャー書類に特化したプロネクサス、セブン-イレブンに対して北海道に特化したセイコーマート、日本生命保険に対して税理士チャネルを固めた大同生命保険などが挙げられる。
こうした戦略は、一般に「ニッチ戦略」と呼ばれている(図表2)。
上記②の競争のやり方との不適合とは、当該企業のとった戦略に同質化をしかけると、リーダー企業が保有する経営資源や、リーダー企業がこれまでとってきた戦略との間に不適合が生じるケースである。リーダー企業が持つ「資産」が、事業を進めるにあたって「負債」になってしまう戦略や、リーダーが進めてきた戦略と逆行するような戦略が、これに当たる。
例えば、年齢よりも若めの訴求が常識だった女性ファッション通販で、年齢相応の訴求をしたドゥクラッセ、営業職員を持たず保険料の内訳を開示したライフネット生命保険、広告掲載料課金のリクルートに対して、成功報酬制をとったリブセンスなどがこうした例である。
これらの戦略は、リーダー企業内にジレンマを起こすことが特徴であることから、「不協和戦略」と呼ぶ(図表3)。
「共生」で競争を避ける――「協調戦略」
経営資源が劣る企業のもう1つの戦略として、より強い企業と「共生」し、攻撃されない状況を作り出す方法がある。リーダー企業にとって、当該企業に同質化をしかけたり、攻撃したりするよりも、当該企業と手を組む方が得になる場合、両社間に共生が成立する。
例えば、セブン銀行はATMに特化した銀行だが、競合行はセブン銀行と提携し、セブン銀行のATMで現金が引き出せるようにし、同時にコスト削減のために自行のATMを削減している。ATMに関して、セブン銀行と他行は共生しているのである。
こうした戦略を「協調戦略」と呼ぶ。
本連載では、以下、「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の順に、具体例を挙げて説明していく。
[日経ビジネス電子版 2021年12月1日付の記事を転載]
ロングセラーを大幅加筆してリニューアル!
いかにして競争せず、自社の独自性を貫くか。そのための戦略を「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説。DX(デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(持続可能な開発目標)、コロナ禍といった企業を取り巻く環境が激変する中でも、利益率を高める不変の法則を明らかにする。
好評だったロングセラーの改訂に当たり、企業事例を中心に大幅加筆。有名な企業だけではなく、知られざる中小企業の成功事例も数多く取り上げ、様々な業種、様々な規模の企業のビジネスパーソンが実践できる内容だ。
山田英夫(著)、日本経済新聞出版、2200円(税込み)