DX、SDGsなど、日本企業を取り巻く環境は激変している。ところが、横並び志向はいまだ根強く、結果、同質的な価格競争に陥っている。不毛な消耗戦から抜け出すためには「競争しない」状態を作ることが重要で、そのための方策には「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つがある。ここでは「ニッチ戦略」について、様々な業界・規模の企業戦略を長年研究している早稲田大学ビジネススクール教授・山田英夫氏の著書、『 競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する。
「ニッチ」に対してよくある誤解を解く
「競争しない競争戦略」の1つに、「ニッチ戦略」がある。ニッチ戦略とは、「競合他社との直接の競合を避け、棲み分けした特定市場に資源を集中する戦略」である。
ニッチという言葉は、企業で様々な意味で使われているが、誤解されている面もある。
・「ニッチ=小さい売上」ではない
大きな売上を目指して市場に投入したものの、予想外に売れず、小さな売上にとどまっている場合、事業担当者は「当面ニッチ狙いでいきます」と弁明することがある。しかし、この例は、小さい売上を狙ったのではなく、結果的に売れなかっただけで、ニッチ戦略でも何でもない。単なる失敗事業である。
このことは、ニッチ戦略は「事後的に」狙うものではないことも示している。あくまでも事前に狙いを定め、その通りの成果を収めた場合が、ニッチ戦略の成功であると言えよう。
・差別化とニッチは別物
リーダー企業と同じ土俵に上がらないという意味で、ニッチと差別化は似た概念である。リーダー企業と違う戦略をとるという点で、両者は混同して使われやすい。しかし、まったく別物である。
一言で言えば、「差別化はリーダー企業と戦う戦略であり、ニッチはリーダー企業とは戦わない戦略である」。差別化は、リーダー企業との違いを強調することによって、リーダー企業のシェアを奪うのが目的だ。リーダー企業の地位を狙うチャレンジャーの戦略定石は、差別化戦略である。一方、ニッチ戦略は、リーダー企業の地位を狙うのではなく、限られた市場において利益を上げていく戦略である。
“違い”をリーダー企業のパイを奪う武器とするか、リーダー企業と戦わないバリアとするかが両者の違いと言える。

リーダー企業を参入させない4つの戦略とは?
ニッチ戦略をとったつもりでも、同じ市場にリーダー企業が参入してくると、当該企業は単なる弱者となり、生存を許されなくなってしまうことがある。以下、リーダー企業を参入させない4つの戦略を説明する。
①市場規模を大きくしない
リーダー企業は下位企業に比べて、相対的にシェアが高いだけでなく、企業規模も大きいことが多い。そのため、組織を維持していくためには、ある程度の売上規模が必要になる。例えば、トヨタ自動車が、同じ車だからといって自転車、ベビーカーに参入しても、自動車に比べて市場が小さすぎるため、利益を上げていくことは難しい。
大企業では、「我が社の場合、最低××億円ないと事業とは言えない」という言葉をよく聞くが、この言葉はリーダー企業が参入するには、最低限の市場規模が必要であることを示している。逆に言えば、市場規模を大きくしすぎると、リーダー企業の参入を招くということである。
②単価を上げない
売上高は単価×数量で決まる。単価があまりに安いと、仮に数量が出ても、売上高は大きくならない。大企業にとっては、前述の通り、一定の売上規模が必要である。
そこで、単価を上げずに事業を続けていくことによって、大手に参入をあきらめさせる方法もある。赤城乳業の「ガリガリ君」は、日本で一番売れているアイスキャンディーだが、2016年に1本70円に値上げするまで、25年間、1本60円の価格を維持した。この単価では、高価格アイスクリームに比重を移している大手乳業メーカーは参入しにくい。
③利益率をあまり高くしない
リーダー企業は企業規模が大きいことから、固定費も下位企業より大きい。そのため利益率が低い分野に参入すると、その固定費だけで赤字になってしまうので、そうした分野には同質化をしかけないことが多い。
例えば、大手製薬会社は、自社の主力製品が特許切れになった場合、自らが同じ効能・効果の商品を出してシェア低下を防ぐ方法もあるが、このような方法にはあまり積極的ではない。
新薬(先発品)とジェネリック医薬品(特許切れ後の後発医薬品)との間には、利益率に絶対的な差がある。それは、新薬には膨大な研究開発費を考慮した高い薬価が付くのに対して、ジェネリック医薬品には安い薬価しか付かないという価格の仕組みがあるからである。
このように、みすみす利益率が下がっていく市場には、リーダー企業は同質化をしかけにくい。逆に利益率が高いと、固定費の高いリーダー企業も参入の余地が出てくる。そのため、ニッチ企業は、対外的には利益率を「低めに見せておくこと」が必要である。
④市場を急速に立ち上げない
市場の成長率が高い方が、初期投資を回収できる期間は早まる可能性がある。投資回収の判定には、回収期間法、正味現在価値(NPV)法、内部収益率(IRR)法などがあるが、採算の優劣を比較するのに、回収期間法は必ずしも正しいとは言えない。回収が完了した翌年以降の収益の大小をまったく無視しているからである。
しかし、日本企業においては、いまだに回収期間法を用いている企業が多い。その理由として、「現在価値がプラス。内部収益率が何%」と言うより、「何年後に回収できる」と言う方が分かりやすいことが挙げられる。また、「この投資は、自分の在任中に黒字になる」という感覚は、現役の役員にとっても腹落ちしやすい。
一般に市場が急成長すると、回収期間は短くなる傾向がある。したがって、市場を急速に立ち上げないことが、リーダー企業の参入を招かないためには必要なのである。

以上のように、ニッチ企業が大手企業を参入させないためには、①市場規模を大きくしない、②単価を上げない、③利益率をあまり高くしない、④市場を急速に立ち上げないという4つの戦略が求められる。この4つは、大手企業で求められていることのまったく逆である。
従来、ニッチ企業は、「量的資源は劣るが、質的資源は優れるもの」と定義されてきたが、このように見てくると、必ずしも質的資源で参入障壁を作れなくても、市場規模や利益率をコントロールできれば、リーダーが同質化しにくい状況を作り出せる。
すなわち、質的な経営資源の優位性だけでなく、市場の量をコントロールできれば、ニッチ戦略になりうるのである。次回はこの組み合わせから、具体的なニッチ戦略を考えてみよう。
[日経ビジネス電子版 2021年12月2日付の記事を転載]
ロングセラーを大幅加筆してリニューアル!
いかにして競争せず、自社の独自性を貫くか。そのための戦略を「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説。DX(デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(持続可能な開発目標)、コロナ禍といった企業を取り巻く環境が激変する中でも、利益率を高める不変の法則を明らかにする。
好評だったロングセラーの改訂に当たり、企業事例を中心に大幅加筆。有名な企業だけではなく、知られざる中小企業の成功事例も数多く取り上げ、様々な業種、様々な規模の企業のビジネスパーソンが実践できる内容だ。
山田英夫(著)、日本経済新聞出版、2200円(税込み)