DX、SDGsなど、日本企業を取り巻く環境は激変している。ところが、横並び志向はいまだ根強く、結果、同質的な価格競争に陥っている。不毛な消耗戦から抜け出すためには「競争しない」状態を作ることが重要で、そのための方策には「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つがある。ここでは「協調戦略」について、様々な業界・規模の企業戦略を長年研究している早稲田大学ビジネススクール教授・山田英夫氏の著書、『 競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する。

競争の中にもある協調

 かつての競争戦略論では、同業他社は競合と捉えられていた。しかし、近年、他社とは競争するだけではなく、協調の面もあることが認識されるようになってきた。

 協調戦略が最も頻繁に見られるのが、デファクト・スタンダードを獲得するための競争である。デファクト・スタンダードを取るためには、同じ規格を採用する企業が多い方が、ネットワーク外部性が働くため、有利である。そのため、他社への特許の無償公開、技術供与、OEM供給、クロスライセンスなどのオープン政策をとり、競合他社と陣営を組むことが有効だ。

 こうした協調戦略は規格のからまない分野でも起きており、自動車業界、映画産業、航空業界などにも見られる。

 例えば、自動車業界では、製品ラインを維持しながらも効率を追求するために相互OEMという方法がとられており、日産自動車と三菱自動車工業の間では、軽自動車の活発な相互OEMが行われてきた。また、トヨタ自動車は燃料電池車に関して、保有するすべての特許を無償公開し、競合の自動車会社や、電機、素材メーカーとパートナーシップを組むことにした。

自社資源の有無によって分かれる選択肢

 協調戦略を考えるにあたっては、相互OEMや部品の納入という関係もあるが、企業のバリューチェーン(価値連鎖)に注目してみよう。

 バリューチェーンは、企業の活動の川上から川下までの連鎖を言うが、昔は1つの企業の中でバリューチェーンは完結しているケースが多かった。

 例えば、新薬メーカーで言えば、かつては研究、開発、生産、営業、アフターサービスなどのすべてを自社で持っていた。しかし規制緩和後は、必ずしもすべてを自社で持つ必要がなくなっている。これを機に、CRO(開発受託機関)、CMO(生産受託機関)、CSO(販売受託機関)が成長してきた。こうして現在は、どの機能を持ち、どの機能を持たないかを選択する時代になっている。

 他社と協調する場合、自社でバリューチェーンの機能がすべてそろっている場合とそうでない場合では協調の仕方が異なる。

 必要とされるバリューチェーンの機能を自社がすべて持っている場合は、自社のバリューチェーンの中に競合企業の機能の一部を取り込み、競争しながら協調することが可能である。自社の製品・サービスを販売しながら、競合企業の製品・サービスも併せて販売する例が典型的だ。

 アスクルは、当初は親会社のプラス製品の拡販のために設立されたが、顧客志向を追求した結果、コクヨ、キングジムなどの競合他社の製品もカタログに掲載し、現在は他社品の売上の方が多い。

 一方、業界で必要とされるバリューチェーンの機能を自社ではすべて持っていない場合は、相手企業のバリューチェーンの中に入り込み、協調していく戦略が有効である。例えば、競合企業の機能の一部を代替するビジネスや、これまでなかった機能を追加するビジネスである。

 入り込める部分がわずかであっても、業界の大多数の企業の中に入り込み、その部分で寡占を作れれば利益を生み出すことができる。医薬品の販売データを大量に集めて提供しているIQVIAソリューションズ ジャパン(旧アイ・エム・エス・ジャパン)がその典型例である。ほとんどの製薬関連企業が同社のデータを購入しており、それがないと営業戦略も立てられない。

競合企業と協調し、機能の一部を代替したり、これまでになかった機能を追加したりする戦略もある(写真:Andrei_R/shutterstock.com)
競合企業と協調し、機能の一部を代替したり、これまでになかった機能を追加したりする戦略もある(写真:Andrei_R/shutterstock.com)

 他社と協調するもう1つの視点として、競合企業のバリューチェーンの機能の一部を代替するのか、新たな機能を加えて入り込むのかという選択がある。

 前者は、競合企業のバリューチェーンの形は変えずに、その一部を代替することである。かつては内製化することが当たり前だった機能を、最近ではアウトソーシングするケースも出てきた。例えば、銀行におけるATM、クレジットカード会社におけるプロセシング業務、旅館・ホテルにおける運営などである。

 一方、競合企業のバリューチェーンの中に新たな機能を加えて入り込む戦略では、新たな機能により、中小の企業を束ねたり、新しい顧客接点を作ったりすることが特徴である。

 例えば、営業機能が弱い中小のバス会社が新たに高速バスの事業を始めても、切符を販売することは大変である。そこに楽天バスサービスというウェブ販売の機能を組み込むことによって、切符の販売が飛躍的に楽になった。もし中小のバス会社が自社で切符販売のウェブサイトを立ち上げようとしたら、膨大な投資の割にリターンが少ない。

 中小のバス会社は、楽天バスサービスのウェブ販売の機能を自社のバリューチェーンに組み込むことによって、コストをあまり増やさずに売上増を狙えるようになったのである。

協調戦略を実践する4つの類型

 以上述べてきた2つの選択肢、すなわちバリューチェーンへの機能の組み込み方とバリューチェーンの機能の代替か追加かという軸を組み合わせると、図表1のようになる。

図表1 「協調戦略」の4類型
図表1 「協調戦略」の4類型
(注)VCはバリューチェーン
(出所)『競争しない競争戦略 改訂版』250ページ
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 まず、①のコンピタンス・プロバイダーは、競合企業とは競争するバリューチェーンを持ちながらも、自社のコア・コンピタンスとなっている機能に関しては競合企業から積極的に受託し、そこで利益を上げていく戦略である。

 例えばGEは、航空機エンジンに関して、ロールス・ロイス、プラット・アンド・ホイットニーの2社と競合するが、これら2社のメンテナンス事業も受けており、航空機エンジンのメンテナンス事業では寡占を作っている。

 次に、②のレイヤー・マスターは、競合企業の一部の機能を代替し、そこで寡占を作ろうとする戦略である。セブン銀行はATMに特化した銀行であり、613社の金融機関等とATMの提携を行い(2021年3月31日現在)、他行のキャッシュカードで現金を引き出すときの手数料で売上を上げている。

 また、③のマーケット・メーカーは、相手企業のバリューチェーンの中に新たな機能で入り込み、相手企業と協調しながら市場を形成していくプラットフォームを作る戦略である。特に、中小企業は取引相手を見つけることが課題であり、そこに市場形成機能を持つ企業として参入するケースが多い。

 前述した楽天バスサービスは、高速バスの切符のネット販売という新たな機能を提供することによって、販売力が弱い中小のバス会社と、安価に移動したい消費者とをマッチングしている。

 最後に④のバンドラーは、新たな機能を追加する上で、競合品も自社の製品ラインに入れることによって顧客価値を高め、同時にそれによって同種の競合の参入障壁を高める戦略である。例えばオフィスグリコは、他社品を自社の菓子ボックスに同梱することによって、いったんオフィスグリコを設置した企業が、他メーカーの同種サービスにスイッチする必要性を減らしている。

 以上、連載を5回続けてきたが、「競争しない競争戦略」は、決して逃げる消極的な戦略ではない。むしろ、リーダー企業ができないことを徹底的に分析し、戦わずして利益率を高めていく戦略と言える。その結果として、低迷を続ける日本企業の利益率が向上していくことを期待したい。

日経ビジネス電子版 2021年12月7日付の記事を転載]

85の成功事例から見えた不変の法則
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 いかにして競争せず、自社の独自性を貫くか。そのための戦略を「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説。DX(デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(持続可能な開発目標)、コロナ禍といった企業を取り巻く環境が激変する中でも、利益率を高める不変の法則を明らかにする。
 好評だったロングセラーの改訂に当たり、企業事例を中心に大幅加筆。有名な企業だけではなく、知られざる中小企業の成功事例も数多く取り上げ、様々な業種、様々な規模の企業のビジネスパーソンが実践できる内容だ。

山田英夫(著)、日本経済新聞出版、2200円(税込み)