DX、SDGsなど、日本企業を取り巻く環境は激変している。ところが、横並び志向はいまだ根強く、結果、同質的な価格競争に陥っている。不毛な消耗戦から抜け出すためには「競争しない」状態を作ることが重要で、そのための方策には「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つがある。ここでは「不協和戦略」について、様々な業界・規模の企業戦略を長年研究している早稲田大学ビジネススクール教授・山田英夫氏の著書、『 競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する。
どのような場合にリーダー企業は同質化できないのか
リーダー企業の戦略定石として、①周辺需要拡大、②同質化政策、③非価格対応、④最適シェア維持の4つがある。経営資源が少ない下位企業からの攻撃に対して、リーダー企業が一番対抗しやすいのが同質化政策である( 第1回参照 )。
逆に言えば、下位企業は、保有する経営資源が劣るため、リーダー企業に同質化されない戦略をとる必要がある。
それでは、どのような場合にリーダー企業は同質化しにくいのだろうか。リーダー企業の同質化に関しては、図表1のように、canとwillの視点から4つの状況がありうる。このうち、同質化したいのにできない場合(will&can’t)と、同質化できるがやりたくない場合(can&won’t)に、リーダー企業に不協和(ジレンマ)が生じる。この不協和が、リーダー企業と競争しないための重要なポイントとなる。
それでは、なぜリーダー企業に不協和が生じるのであろうか。それは、経営資源を「持っている優位性」が、逆に戦略遂行の足かせになるからである。
企業が持つ資産には、企業側に集積された「企業資産」と、顧客側に蓄積された「市場資産」(顧客基盤、販売済みの製品・交換部品・消耗品・ソフトウェア、企業イメージなど)の2種類がある。これらの資産を「持っている優位性」が戦略の足かせになる現象を、「資産の負債化」と呼ぶ。
不協和が発生する理由と負債化される資産の種類の2つを組み合わせると、図表2のようになる。ただし、この図表は、リーダー企業が追随できない「理由」が表現されているものであり、下位企業がとるべき「戦略」を示したものではない。
そこで、主語を下位企業に変えて、下位企業がとるべき戦略を表現できるように、軸の表現を改めてみよう(ヨコ軸も、下位企業からの表現に改める)。
タテ軸上部の「can’t」とは、リーダー企業が同質化したいが、ただちには同質化できない資源の組み替えが必要な状況を示している。組み替えが求められる資源は、競争上、重要な役割を果たしている資源であればあるほど、リーダーの不協和は大きくなる。そこで、タテ軸上部を、「競争優位の源泉を攻める」に置き換えてみよう。
一方、タテ軸下部の「won’t」とは、下位企業が新たな戦略をしかけてきた際、同質化は可能ではあるが、安易に同質化すると、リーダー企業のこれまでの戦略と矛盾が生じてしまう状況を示す。下位企業は、新たな競争要因を加えることによって、リーダー企業に不協和を生じさせることになる。そこで、タテ軸下部を、「新たな競争要因を加える」に置き換えてみよう。
このような新たな軸に基づいて図表を描き直すと、図表3のようになる。そして、各象限に当たる戦略を、①「企業資産の負債化」、②「市場資産の負債化」、③「論理の自縛化」、④「事業の共喰化」と呼ぶ。
以下、順に説明していこう。
資産を負債に変える4つのパターン
①企業資産の負債化
企業資産の負債化は、組み替えの難しい企業資産(ヒト、モノ、カネ、情報)、及び企業グループが保有する資産(系列店、代理店、営業職員など)が、競争上、価値を持たなくなるような戦略を打ち出すことによって、リーダーが同質化できない状況に追い込む戦略である。
例えば、リクルートの「スタディサプリ」は、河合塾、駿台予備学校などの大手予備校が追随しにくい、廉価なオンライン教育を進めている。大手予備校は、大都市に多くの校舎と大量の講師を抱えており、既存の授業料から考えても、スタディサプリに同質化をしかけることは難しい。
②市場資産の負債化
市場資産の負債化は、リーダー企業の製品・サービスを購入してきた顧客や、ユーザー側に蓄積されて組み替えの難しい資産(販売済みの製品・交換部品・消耗品・ソフトウェア、企業イメージなど)が競争上価値を持たなくなるような戦略を打ち出すことによって、リーダー企業が同質化できないようにする戦略である。
青山フラワーマーケット(企業名:パーク・コーポレーション)は、個人向けに特化することで成長してきた。在庫を2~3日で売り切ってしまうため、店内に冷蔵庫は置かず、高価な花は仕入れていない。一方、既存の生花販売店は、長い付き合いがある地元の冠婚葬祭業のために多種類の在庫を持つ必要があるなどの理由で、同質化をしかけられなかった。
③論理の自縛化
論理の自縛化は、これまでリーダー企業が顧客に対して発信していた論理と矛盾するような戦略を打ち出すことによって、安易に追随すると、イメージダウンを引き起こすのではないかと、リーダー企業内に不協和を引き起こす戦略である。
例えば、一眼レフ・カメラのトップメーカーだったニコンは、当初は一眼レフより性能が劣っていたミラーレス・カメラの参入に出遅れた。
④事業の共喰化
事業の共喰化は、リーダー企業が強みとしてきた製品・サービスと共喰い(カニバリゼーション)になるような製品・サービスを出すことによって、リーダー企業内に追随すべきか否かの不協和を引き起こす戦略である。
ソニー損保は、自動車の走行距離に応じて保険料が安くなる「走る分だけ保険」を発売したが、大手損保会社は当初追随できなかった。既存商品より保険料が安い商品が出回ると、共喰いを引き起こす可能性があったためだ。

「不協和戦略」に求められる逆転の発想とは?
不協和戦略は、「資源を持っていない」ことを強みとして、リーダー企業と戦わない戦略である。従来、経営戦略を立案する際に企業でよく使われてきたSWOT分析では、自社の強みを活かし、弱みを補える戦略を立てることが暗黙の前提だった。
しかし、不協和戦略のためには、リーダー企業の「強み」としてあきらめていたものを一転「弱み」にすることを考え、逆に「弱み」としてあきらめていた自社の資源を、「強み」に転化させていく逆転の発想が求められる。
また、顧客を教育して賢くし、同時にバリューチェーンやシステムをアンバンドリング(解体)していくことも求められる。これによって、顧客が商品・サービスを選択する基準を明確にし、顧客が自ら必要なものだけを購入できるような仕組みを作っていくことができる。これは、経営資源が少ない企業の王道である。
日本人の海外旅行の体験が乏しく、パッケージ旅行が主流だった時代には、JTBの「ルックJTB」や日本航空の「JALパック」などが高収益商品となっていた。しかし、その後、日本人の海外旅行のリテラシーが高まるにつれ、資源の少ないエイチ・アイ・エスなどがエアオン(航空券の単品販売)、ホテル宿泊だけの販売などを始め、大手旅行会社は、単価や利益率が下がるため、対応には時間がかかったのである。
[日経ビジネス電子版 2021年12月6日付の記事を転載]
ロングセラーを大幅加筆してリニューアル!
いかにして競争せず、自社の独自性を貫くか。そのための戦略を「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説。DX(デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(持続可能な開発目標)、コロナ禍といった企業を取り巻く環境が激変する中でも、利益率を高める不変の法則を明らかにする。
好評だったロングセラーの改訂に当たり、企業事例を中心に大幅加筆。有名な企業だけではなく、知られざる中小企業の成功事例も数多く取り上げ、様々な業種、様々な規模の企業のビジネスパーソンが実践できる内容だ。
山田英夫(著)、日本経済新聞出版、2200円(税込み)