トランプ政権が打ち出した相互関税に、全世界が動揺している。米国の貿易赤字解消と製造業の復活が関税引き上げの理由として掲げられているが、『武器化する経済』の著者でジョージタウン大学教授のアブラハム・ニューマン氏は、真の狙いは別にあると看破する。地経学研究所所長で東大大学院教授の鈴木一人氏と「トランプ関税の真の狙い」について対談してもらった。その第1回(全4回)。
「相互関税」という言葉を使うべきではない
鈴木一人氏(以下、鈴木):トランプ政権による相互関税によって、株価の大暴落など、当の米国を含め、世界は大混乱に陥っています。国際貿易において関税はおそらく最強のツールの一つですが、あなたは著書『武器化する経済』で、近年米国は敵対国などに対して、米国企業が築き上げてきた金融や情報ネットワーク、クラウドサービス、知的財産、サプライチェーンなどを武器化して、圧力や制裁などに活用していると述べています。トランプ政権は、そうした手段を本格的には使っていないように見えますが。
アブラハム・ニューマン氏(以下、ニューマン):いや、彼は全部使おうとしていると思いますよ。
鈴木:全部使おうとしてはいますが、関税の比重がとても大きい。その影響力は確かに強力である一方、米国自身にも悪影響が出ています。
トランプ政権が旧来型の製造業に固執している点も問題ですよね。米国の本来の強みではないものを追いかけている。つまり、ユニコーンを追っているようなものです。
ニューマン:その通りです。関税以外のツールを使っていれば、米国が受けるダメージはそれほど大きくなかったはずです。後ほど詳しくお話ししますが、トランプが本当にやりたいのは、彼が主張している貿易赤字の解消でも製造業の復活でもなく、全く別のことなのです。
私は多くの人に「彼(トランプ)の前提を受け入れてはいけない」と言っています。トランプは関税引き上げの理由をいろいろと並べていますが、それらは真の理由ではありません。
そもそも「相互関税」という言葉自体を使うべきではないと思っています。彼は「相互主義(reciprocity)」という言葉を使って、「あいつらが我々を搾取しているのだから、今度は我々がやり返す番だ」という構図をつくり上げている。でも、実際に関税を決めた基準は相手国の関税政策ではなく、単に貿易収支の不均衡に基づいたものでした。
今回の施策は真の意味で「相互的」ではないですし、こうしたトランプの前提を受け入れてしまうと、それ自体が「公正なもの」として正当化されかねません。
私は、この関税政策の狙いの一つは「貿易赤字の解消」ではなく、「他国に対して交渉上の優位な立場(パワーポジション)を築くこと」だと見ています。つまり、各国が米国に譲歩を申し出るように仕向け、トランプ政権が何らかの経済的恩恵を得るための布石なのです。
それに加えて、戦後の新自由主義的秩序の解体も狙っています。彼は国際的なルールが大嫌いで、「世界貿易機関(WTO)で決めたルールがあるから、それはできない」と言われるのが我慢ならない。だから、そういうリベラルな国際秩序を根底から壊そうとしているのです。
しかし、この政策の最大の欠点は、市場に深刻な打撃を与え、米国民の「老後の蓄え」が危険にさらされることです。さらに言えば、米国内の貧しい層、特に製造業で働く人々を本当に助けることにもなっていない。彼らは十分に支援されていないし、この政策によって逆に「課税される側」になっているのです。
関税政策で割を食うのは米国労働者層という矛盾
鈴木:製造業に関して言えば、米国の製造業は高付加価値型であるのに、彼は低付加価値の製造業ばかりに注目していますね。
ニューマン:ハワード・ラトニック米商務長官が4月6日の報道番組で「何百万人もの人々が小さなネジを締めてiPhoneをつくっている。これが米国に戻ってくる」と述べていました。でも、米国の労働者がそんな低賃金の単純労働を望んでいるわけではないし、米国の労働市場にとってあまり意味がない。
実は、この関税政策には、米国の税制を変えようとする狙いが見て取れます。つまり、トランプ政権は、富裕層に減税したいのです。そのためには、どこか別のところから税収を取ってこなければならない。関税によって米国の消費者に税の負担が転嫁されます。つまり、富裕層ではなく一般庶民が税を払わされるわけです。
鈴木:ラトニック商務長官は、iPhoneのネジ締めの仕事を取り戻すのは大学に行っていないアメリカ人のためだと言っていました。しかし、株価が下がり、関税の引き上げによって富裕層の減税と引き換えに一般消費者が実質的に増税されると、真っ先に損をするのはその大学に行っていない人たちです。
ニューマン:ええ。だから、私はトランプが主張している「前提」を受け入れないようにしている。整理すると、トランプの本当の狙いは、「諸外国との交渉において優位な立場をつくること」「リベラルな国際秩序を破壊すること」「税制の構造を変えること」の三つです。
そして、この関税政策の第一の効果は、ほとんどの国や企業が「免除を求めて」米国にやって来ざるを得なくなることです。それによって、トランプは「自分はこんなに強い」と他国に見せつけ「支配的な立場」に立つことができます。
鈴木:米国が最も優位なポジションを築けるのは、米国への依存度が高い国との関係です。実際、米国に大きく依存している貿易相手は、中国を除くと、「敵国」ではなくむしろ「同盟国」です。そう考えると、この政策で最も打撃を受けるのは、日本や韓国、欧州諸国です。つまり、米国が「味方」であるはずの国々を傷つけている。これは本当に理解できない。
もちろん中国も大きな影響を受けますが、中国には米国以外の市場があります。米国は世界の輸入総額の13%しか占めていません。つまり、他国が米国と同じような関税政策をとらなければ、残りの87%の市場は誰にでも開かれています。
プーチンとトランプのロジックは似ている
ニューマン:私はロシアによるウクライナ侵略が始まる直前までベルリンに住んでいました。ドイツにはロシアと西欧をつなぐノルド・ストリームという天然ガスのパイプラインがあり、ロシアがガスの供給を止めたのです。そのとき、ドイツ人の友人たちは皆、「供給停止の意味がわからない。ガスを止めたらプーチンは大金を失うじゃないか」と言っていました。
けれども、プーチンにとってお金を失うことはたいした問題ではない。彼の狙いは「権力」「支配」の拡大であり、パイプラインを止めたのはそれに向けた交渉上の駆け引きのためです。つまり、プーチンは、経済合理性ではなく、パワーゲームのロジックで動いている。私は、今のトランプ政権にもそれと似たようなロジックを感じています。彼は「経済にとって何が最善か」ではなく、「パワーバランスを変える」ために様々な動きをしています。
でも、今のところ、トランプはその賭けに失敗している。少なくとも、市場はそう判断しているように見えます。このままだと、自分の支持層の維持が難しくなるでしょう。なぜなら、彼の政策によって損をする富裕層たちが怒り出し、「私の401k(年金)をどうする気だ」と騒ぎ出すからです。
鈴木:そもそも貿易赤字があるというのは、本当に悪いことなのですか?
ニューマン:いいえ。私はいつもこう言っています。「私たちは皆、セブン-イレブンと貿易赤字の関係にある」と。毎日セブン-イレブンの店に行って、お金を払って、商品を受け取る。消費者はそのことを気に入っているし、満足もしている。つまり、貿易赤字というのは、「欲しいものを輸入して得られている」という意味でもあり、それ自体が悪いわけではない。
鈴木:それが貿易の本質ですね。
ニューマン:貿易収支を語るなら、サービス収支も含めて考えなければなりません。米国は、ほとんどすべての国に対してサービス収支では黒字です。なぜなら、米国は海外市場でサービスを提供して多くの利益を上げているからです。
鈴木:トランプ政権を支持している企業や人々、例えばGAFAMのようなプラットフォーマーたちは、まさにそのサービスを通じて、米国に巨額の黒字をもたらしていますよね。
ニューマン:米国の証券市場で最大規模の企業は、ほとんどがサービス業です。でも問題なのは、米国では貿易が、特に低所得層の労働者に恩恵をもたらしてこなかった点です。結果として、GAFAMなどの企業に莫大な富が集中しても、その恩恵は彼らのもとには届かない。
これは関税の問題ではなく、「再分配の問題」なんです。GAFAMなどの企業が莫大な利益を出しているのに、米国がそうした企業に十分な税金を課していないため、富が低所得層に再分配されていない。そして今の政策では、恩恵を受けていない低所得層の人々に対して実質的に課税される形になってしまっている。この政策には、内部的な整合性が全くないと思います。
経済危機への国際的枠組みが必要
鈴木:米国は関税などを他国に対する「交渉の武器」として使っていますが、例えば、中国に対して交渉を有利に進めたり、政策を変えさせたりするような圧力をかけることができているのでしょうか。
ニューマン:中国がこうした関税に屈するとは思えません。実際、彼らの最初の反応は、「我々は最後まで付き合う」という強硬なものでした。中国が第1次トランプ政権下でそうしたように、「もともとやるつもりだったことを、譲歩として見せかける」という程度の取引に応じる可能性はあるかもしれません。でも、一度譲歩すればトランプはさらに新たな要求を突きつけてくることを中国はよくわかっている。
むしろ私が懸念しているのは、米国のこうした政策によって世界的な経済危機が起きた場合、その危機を安定させられるプレーヤーがいないことです。かつての金融危機のときは、米財務省がスワップライン(各国の中央銀行間でドルを融通し合う仕組み)をつくり、それが経済の悪循環を防ぐための手段として機能しました。私は日本や欧州に対して、世界的な経済危機が起きた際の対応などについて、もっと中国と話し合うべきだと訴えています。「必要があれば我々が介入する」と誓約する国際的な枠組みが必要です。
現時点ではこれは米国の貿易戦争であって、世界的な貿易戦争ではありません。でも、例えば、中国の過剰生産分が米国に輸出できなくなれば、それが欧州や日本、その他の国々に流れ込んできます。だから、今回の話は、自国とトランプの問題ではなく、世界の問題であると認識する必要があります。
鈴木:おっしゃる通りですね。日本にはCPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定。英国も加盟)があり、そうした国々が結束して、米国や中国とは別に「より自由主義的な国際秩序」を維持していく必要があると思います。
日本が「開放的な経済」の旗振り役に
ニューマン:私は二つの点が重要だと思います。一つ目は、日本や欧州連合(EU)が自由貿易を望む国々に対して、積極的にそれを推進すべきです。先週、私はEUの関係者とメルコスル(ブラジルやアルゼンチンなど5カ国による関税同盟、南米南部共同市場)との経済連携協定(EPA)について話し合いました。まだ、最終合意には至っていませんが、私はこの協定をできるだけ早く締結すべきだと思います。
鈴木:日本も今、メルコスルと交渉中です。
ニューマン:そうですね。たとえWTOが機能不全に陥っていたとしても、「開放的な経済」を維持しようとする先進国がまだ存在していることを他国に示すことが大事です。
もう一つ重要なのは、すでに述べた「危機対応のための協調体制」です。例えばある国がデフォルトしたり、金融危機が起きたりした場合に、世界の主要経済国がどのように連携して対処するのか、その計画が練られているようには見えないからです。
今や、米国にそうした問題の解決に対して主導的な役割を果たすことは期待できません。しかし、欧州や日本、英国には資金を含めた危機対応へのリソースが豊富にある。だからこそ、「我々が支援に入る用意がある」と世界に示すことができるはずです。(次回に続く)
ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン(著)、野中香方子(訳)、鈴木一人(解説)、日経BP、2750円(税込み)




