果たして米国の高関税政策はこれからもずっと続いていくのだろうか。『武器化する経済』の著者でジョージタウン大学教授のアブラハム・ニューマン氏と、地経学研究所所長で東大大学院教授の鈴木一人氏の対談の2回目のテーマは、トランプ関税の今後の見通しについて。2人とも、日本が譲歩すれば米国の要求はさらにエスカレートし、終わりがないと見ている。

トランプ大統領のトレードマークであるMAGA帽子は中国製といわれている。(写真:The New York Times/Redux/アフロ)
トランプ大統領のトレードマークであるMAGA帽子は中国製といわれている。(写真:The New York Times/Redux/アフロ)
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関税で「トランプの赤い帽子」の値段も跳ね上がる

鈴木一人氏(以下、鈴木):今回のトランプ関税は最終的にどういう結末を迎えると思いますか。

アブラハム・ニューマン氏(以下、ニューマン):正直なところ、見通しは非常に不透明です。というのも、前回述べたようにトランプ政権が「国民全体の豊かさを高める」ことを目的にしているとは思えないからです。彼らにとって重要なのは、「権力」の拡大と「パワーダイナミクス」で優位に立つことです。

 テレビ番組でも、彼らは「国民は一時的に苦しむかもしれないが、それによって我々は勝つ」と言っていますよね。だから、政権の内側にいるグループは、痛みに耐えてこの政策を続けようとする可能性があります。けれども、米国の有権者がそれを我慢し続けるとは思いません。例えばバイデン政権時代、インフレ率が8%になったとき、人々は大騒ぎしました。トランプ政権が目指す政策は、そのときよりももっと長期的かつ広範に経済に打撃を与える可能性があります。

 ロシアのように、国民が政治目的のために長期間の苦難に耐える文化は、米国にはありません。米国民は輸入品が好きです。この政策を有権者が好むとは思えません。とはいえ、次の大統領選までにはまだ時間があります。だから、この政策が当面続けられる可能性は十分あると思います。

アブラハム・ニューマン(Abraham Newman)氏
アブラハム・ニューマン(Abraham Newman)氏
ジョージタウン大学外交政策大学院・政治学部教授。BMWドイツ・ヨーロッパ研究センター所長。グローバリゼーションが生み出す政治に関する研究で知られ、国際問題のコメンテーターとして、アルジャズィーラからドイチェ・ヴェレ、NPRまで幅広いニュース番組に頻繁に出演している。ベルリン・アメリカ・アカデミーから2022-2023年ベルリン賞受賞。その研究はニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ネイチャー、サイエンス、フォーリン・アフェアーズ、フォーリン・ポリシー、ハーバード・ビジネス・レビュー、ポリティコなどの一流誌に掲載されている。著書に『武器化する経済』(ヘンリー・ファレルとの共著)がある。(写真/鈴木愛子、以下同)
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鈴木:興味深いのは、トランプがかぶっている「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」と刺しゅうが入った赤い帽子、あれは中国製なんですよね。だから関税がかかると、あの帽子の価格も跳ね上がる。つまり、誰も買いたくなくなる。「関税のせいでMAGA帽子が売れなくなる」ということが、トランプの支持者が離れていく兆しでもあるといえるかもしれません。

 政治的な影響もかなり大きいのではないでしょうか。おそらく、共和党の中でも議論が巻き起こるはずです。もしトランプが求心力を失い、「共和党のシンボル」でいられなくなったら、「共和党は何を理念として掲げるべきか」「どんな思想やシンボルが共和党をまとめ上げるのか」という問いが出てくると思います。

鈴木一人(すずき・かずと)氏
鈴木一人(すずき・かずと)氏
2000年英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。00~08年筑波大学大学院人文社会科学研究科で専任講師・准教授、08~20年北海道大学公共政策大学院で准教授・教授。12~13年プリンストン大学国際地域研究所客員研究員。13~15年国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長(ともに現職)。内閣府宇宙政策委員会委員(宇宙安全保障部会長)、日本安全保障貿易学会会長、国際宇宙アカデミー正会員、日本国際問題研究所客員研究員なども兼任。
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ニューマン:まさにそれが問題です。共和党のコアな支持者層の多くは、「関税はよいものだ」と信じてきました。しかし、彼らが経済の悪化を実際に体感するまでには、少し時間がかかるでしょう。

 米国は議院内閣制ではなく、「勝者総取り(The winner takes it all)」の大統領制です。共和党内でトランプに対抗するには、明確な代案を提示する人物が必要です。そのため、共和党が方向転換するのは簡単ではありません。

 米国が自らを立て直すには、しばらく時間がかかるかもしれない。だからこそ、私は日本のような国が、同盟国や途上国と連携して、新たな経済体制を構築することを真剣に考えるべきだと思っています。そして、経済危機にも備えなければならない。

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日本が譲歩すれば米国の要求はエスカレートする

鈴木:次に、日本の対応に関してうかがいます。トランプ政権は関税を交渉のテコ(レバレッジ)として使い、貿易赤字の削減を目指して「強い立場」を取ろうとしました。この状況において、日本や日本企業はどう対処すべきでしょうか。

ニューマン:CPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)での取り組みのように、日本は自由貿易や開放的な経済を志向する国々との連携を深め、広げていくべきです。

 中国とオーストラリアの関係から得られる教訓もあります。例えば、中国が2020年から石炭やワインなどの輸入を止めたとき、オーストラリア政府は企業が新たな市場に向けて輸出先を多角化できるよう支援しました。日本も同じように、オーストラリアやインドネシアなどと協力して「どの国が何を必要としているのか」を把握し、企業が輸出先を再構築する取り組みを後押しするべきです。

 日本は、トランプ政権との交渉に深入りすべきではないと考えています。なぜなら、一度譲歩しても、次に何を要求されるかわからないからです。米国内でも同じことが起きていて、例えば大学に対して「これをやれ、あれをやれ」と要求していますが、大学側がそれらを受け入れると、さらに別のことを要求してくる。トランプ政権に対して大きな譲歩をするのは、非常にリスクが高いと考えます。

鈴木:譲歩しても、それが終着点にならないという点は重要ですね。トランプはその「レバレッジ(交渉材料)」を最大限に利用して、さらに要求をエスカレートさせてくる可能性があります。

 オーストラリアの例はとても興味深いですね。ただし、オーストラリアは主に石炭や鉄鉱石などの「コモディティー(汎用品)」を輸出していたので、柔軟に対応できたという側面があったと思います。けれども日本製品はもっと特化された市場向けの製品ですよね。

 例えば、自動車や半導体などは、非常にセグメント化された市場に合わせて製造されていて、特定の顧客をターゲットにしています。例えばトヨタのレクサスは、米国の特定の富裕層をターゲットにして輸出されている。だから、石炭や鉄鉱石のようなコモディティーとは違って、レクサスをどの国にも輸出できるわけではありません。

ニューマン:その通りです。だからこそ、サプライチェーン全体をグローバルな文脈で考える必要があります。もちろん、米国の政策によってその一部が混乱することは避けられないかもしれませんが、日本製品を必要とする先進国市場は他にもあります。政府としては、どうやってこれらの製品を他の市場に導くのか、その方向性を企業と一緒に考えるべきでしょう。

 企業は当然「今の市場にとどまるほうが楽だ」と思っています。すでに投資もしてきたわけですから。でも、新たな市場の開拓は、日本が得意とする産業政策の延長線上にあるはずです。米国市場を捨てるのではなく、別の市場への分散を進めることが重要です。

鈴木:全く同感です。報復関税は選択肢になりません。なぜなら、それはさらなるエスカレーションを引き起こすからです。かといって、譲歩・宥和(ゆうわ)も有効な選択肢ではありません。おそらく第三の道は、「状況をあるがままに受け入れ」、産業への支援を通じて痛みを最小限に抑えること、そして経済の開放性を維持することだと思います。

 米国市場に固執するのではなく、前回述べたように、残りの87%(世界の輸入総額に占める米国のシェアは13%)に目を向けることが、最善の対応になるでしょう。

ニューマン:米国の関税政策が長期間続くとは思っていません。私は楽観的な人間なので、トランプであれ他の共和党候補であれ、あるいは民主党であれ、この政策を長期的に維持するのは困難だと感じています。

鈴木:持続可能ではないですよね。

ニューマン:そうです。だから、日本企業としてはこの事態を悪化させるのではなく、できるだけ関わらずにやり過ごして、いずれ再び良好な関係に戻るという道を探るべきだと思います。

アブラハム・ニューマン氏とヘンリー・ファレル氏の共著『武器化する経済』。米国がなぜ世界経済を脅しの武器として使うようになったのか、その背景と今後の見通しを詳述している。
アブラハム・ニューマン氏とヘンリー・ファレル氏の共著『武器化する経済』。米国がなぜ世界経済を脅しの武器として使うようになったのか、その背景と今後の見通しを詳述している。
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日米貿易摩擦の教訓は生かせるのか?

鈴木:1980年代に、日米間で激しい貿易摩擦がありました。あれは日本にとって苦い記憶ですが、日本企業は米国内に投資することで、それを乗り越えることができました。今回の状況においても、日本の過去の対応が参考になると思われますか。

ニューマン:ある意味では、そうですね。当時の日本の対応は非常に成功したと思います。例えば、トヨタ自動車は米国に投資した結果、世界最大の自動車メーカーに成長しました。もし、今がバイデン政権であれば、私も「それが理想のモデルだ」と言っていたでしょう。実際、バイデン政権は半導体政策においてTSMC(台湾積体電路製造)にアリゾナ州での工場建設を促しました。つまり、投資を通じて産業を呼び込もうとしたわけです。

 しかし、今のトランプ政権の政策には明確な方向性がありません。日本に対して「これだけ投資しろ」という具体的な提案もない。むしろ、前回述べたように「アメリカ人がiPhoneのネジを締めるべきだ」といった話ばかりで、日本企業がどう動くべきかというシグナルにはなりません。

 このことからも、今のトランプ政権の政策は市場の経済合理性よりも「政治」と「権力」に基づいていると考えています。だからこそ、日本企業は深く巻き込まれすぎず、できるだけ様子を見ながら待つという選択肢を取るべきです。

 もちろん、日米の政府間では外交交渉が行われるべきですし、関税のエスカレーションを抑える努力も必要でしょう。けれども1980年代と比べて、今回の状況はずっと複雑です。当時は明確なターゲットがあり、自動車産業に焦点が絞られていて、米国側も「何を望むか」がはっきりしていた。それに対して日本側も対応が可能でした。

鈴木:当時は「二国間」でしたが、今回は「グローバル」ですからね。

ニューマン:まさにそうです。米国政府が今、190カ国以上と個別に交渉する能力があるとは思えません。国ごとに明確な要求事項があるわけでもない。そもそも、トランプ政権は政府の機能そのものに投資していません。逆に人員を削減している。つまり、交渉力も計画性もないまま、この施策を実行しているのです。

鈴木:1980年代には米国への輸出を減らす代わりに、米国で生産拠点を築く対応が可能でしたが、その際には、メキシコやタイなどから部品や部材を輸入して、最終組み立てを米国で行うことでコストを抑えることができました。でも今回のように、関税が他の国にも広く課せられると、そうした調達すらできなくなる。この違いは本質的に大きいと思います。(次回に続く)

米国は、自国の企業が開発した先端技術や、インターネットや金融のネットワーク、ドル決済システムなどを、他国に圧力をかける武器として、あからさまに利用するようになってきています。なぜ、米国は自由貿易に背を向け、経済の武器化に突き進んでいるのか? 気鋭の政治学者である著者2人が、経済安全保障と地政学の両面から、世界情勢の真実と近未来を読み解きます。

ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン(著)、野中香方子(訳)、鈴木一人(解説)、日経BP、2750円(税込み)