米国がWTO(世界貿易機関)などの国際ルールを破壊し、政策が内向きになればなるほど、気になるのが中国の影響力拡大だ。今後、国際秩序はどのように変化していくのか、そのとき日本はどんな役割を果たすべきか。『武器化する経済』の著者でジョージタウン大学教授のアブラハム・ニューマン氏と、地経学研究所所長で東大大学院教授の鈴木一人氏に対談してもらった。その第3回をお届けする。

懸念される中国の影響力拡大

鈴木一人氏(以下、鈴木):前回のお話で、日本は市場の開放性を維持するため、志を同じくする国々と連携を深めていく必要があるとのことでしたが、中国との関係においても開放性を保つべきだと思いますか。中国は世界第2の規模の市場ではあるものの、同時に非常にリスクの高い市場でもあります。そうしたリスクを踏まえても、日本は中国との貿易や投資をさらに進めていくべきだと思いますか。

アブラハム・ニューマン(Abraham Newman)氏
アブラハム・ニューマン(Abraham Newman)氏
ジョージタウン大学外交政策大学院・政治学部教授。BMWドイツ・ヨーロッパ研究センター所長。グローバリゼーションが生み出す政治に関する研究で知られ、国際問題のコメンテーターとして、アルジャズィーラからドイチェ・ヴェレ、NPRまで幅広いニュース番組に頻繁に出演している。ベルリン・アメリカ・アカデミーから2022-2023年ベルリン賞受賞。その研究はニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ネイチャー、サイエンス、フォーリン・アフェアーズ、フォーリン・ポリシー、ハーバード・ビジネス・レビュー、ポリティコなどの一流誌に掲載されている。(写真/鈴木愛子、以下同)
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アブラハム・ニューマン氏(以下、ニューマン):日本はすでにその問いに対する答えを持っていると思います。つまり、中国は日本の問題の解決策にはなり得ない。なぜなら、日本が米国に対する依存で経験している脆弱性は、中国との関係ではさらに深刻になるからです。中国には、日本の国益と一致しない地政学的な野心もあります。2010年の「レアアース禁輸問題」がいい例です。あの出来事は、日本が経済安全保障を深く理解する契機になりました。

 日本は、他の多くの国よりも経済安全保障の重要性を認識している数少ない国だと思います。その意味でも、今このタイミングで「中国を解決策とみなす」ことは現実的ではないでしょう。

 ただ、私が懸念しているのは、中国が今後、ベトナムやバングラデシュといった近隣諸国との経済関係を拡大していくことです。もし日本がそうした国々の市場を埋めきれなければ、中国がその空白を埋めるでしょう。そうなれば、インド太平洋地域での米国の関与を弱体化させることにもなります。そして、中国の経済的影響力の拡大を許すことにもつながる。このことは、日本にとって大きな地政学的な課題になると思います。

 さらに問題なのは、トランプ政権の政策がこの地政学的側面をほとんど考慮していないことです。結果として、米国と友好国との同盟関係が弱まり、中国の影響力を拡大させてしまうリスクがあるわけです。

 私は、難しい提案であることは承知の上で、日本は韓国とより深い連携を模索すべきだと思います。

鈴木一人(すずき・かずと)氏
鈴木一人(すずき・かずと)氏
2000年英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。00~08年筑波大学大学院人文社会科学研究科で専任講師・准教授、08~20年北海道大学公共政策大学院で准教授・教授。12~13年プリンストン大学国際地域研究所客員研究員。13~15年国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長(ともに現職)。内閣府宇宙政策委員会委員(宇宙安全保障部会長)、日本安全保障貿易学会会長、国際宇宙アカデミー正会員、日本国際問題研究所客員研究員なども兼任。
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鈴木:実は、私は3月下旬にソウルで、韓国経済人連合会(FKI)の人々や、SKグループ、ヒュンダイなどの企業関係者、さらには外交部や大統領府の関係者と話をしてきました。私が感じたのは、日韓がもっと強い絆を築くべきだという共通認識があるということです。これは決して奇抜な考えではなく、むしろ非常に一般的な見解です。

 日本と韓国は同じ問題に直面していて、産業構造も似ています。韓国は米国との間で、米韓FTA(自由貿易協定)を結んでいるため米国への輸出依存度が日本よりも高く、状況は日本よりも切迫していると感じます。韓国にとっては、米国市場が閉ざされたとき、代替市場を見つけることが極めて重要です。

 この関税政策がしばらく続けば、韓国は日本の支援を必要とすることになると思いますが、それは決してタブーでも奇妙なことでもなく、むしろ当然の共通認識です。

 韓国では6月に大統領選挙が行われます。「トランプ関税」への対策は、確実に主要な政治課題になるでしょう。与野党とも、産業界や国民、特に自動車労働者や製造業セクターからの支持を得るために、何らかの新しい政策を打ち出すはずです。私は、その政策を実現させるための主要なパートナーは日本だと確信しています。

自由貿易体制崩壊後の国際秩序はどうなるのか?

鈴木:トランプはリベラルな国際秩序を破壊しようとしています。今回の関税政策の目的の一つもそれでしょう。WTO(世界貿易機関)のルールがもはや機能せず、自由貿易の原則そのものが崩れつつある中で、未来の国際秩序はどうあるべきか、あるいはどうなっていくと思いますか。

ニューマン:まず私が言いたいのは、戦後の国際秩序──それはある意味で「ナイーブな理想主義」に基づいていたということです。つまり、「貿易は繁栄と成長をもたらす」と信じる一方で、それが依存関係やパワーバランスのゆがみを生み出すリスクについては、十分に考慮されていなかった。ただ、その時代は米国の安全保障の傘の下で、そうしたリスクを受け入れる余裕があったのです。「経済的な開放性こそが豊かさをもたらす」として、多くの国がそれに従ってきました。

 しかし、コロナ禍やウクライナ戦争、中国の行動によって、人々はようやく「経済的相互依存が脆弱性を生む」という現実に気づき始めました。そして今、その認識はトランプ関税の衝撃によってさらに深まっていると思います。

 それでも私は、楽観主義者としてこう言いたい。「ルールに基づいた貿易の基本理念と秩序は、今でも必要とされている」と。脆弱性が存在するのは事実ですが、問題の大半は「平等な扱い」や「関税の引き下げ」といった原則によって、まだ解決可能だと私は信じています。

 おそらく、日本、EU、英国、そして多くの発展途上国は、このルールに基づいた秩序を維持したいと考えているでしょう。例えば、メルコスル(ブラジルやアルゼンチンなど5カ国による関税同盟、南米南部共同市場)や、その他の地域協定においても、これまでWTOで進まなかった改革、例えば農業補助金の見直しなどに前向きな国々がいます。そうした国々との間で、むしろ開放性が拡大する可能性さえあるのです。

 米国は、WTOやその制度的枠組みを内部から崩壊させようとしていますが、私の「グラスの半分は満たされている」見方としては、米国を除いた残りの世界は、開放性と脆弱性への対処を両立させながら、新しい秩序を構築できると思っています。

 一方、私の悲観的な懸念は、この米国発の貿易危機が「波及的に拡大していく」ことです。米国以外の国々も関税を引き上げ始め、それが他国にも広がる。「ダンピングを防ぐため」という名目で、お互いに壁を築くようになるという状況です。だから私は欧州の人々にこう伝えています。「輸入の迂回を恐れて市場を閉じてはいけない。むしろ、パートナーと連携してこの貿易の再編をどう管理するか考えるべきだ」と。

 自由貿易や開放性を守ろうとする国々が協調してこのショックに対応することが、非常に重要です。さもなければ、すべての国が開放性を一気に失い、結果として我々全員が貧しくなってしまうでしょう。

アブラハム・ニューマン氏とヘンリー・ファレル氏の共著『武器化する経済』。米国がなぜ世界経済を脅しの武器として使うようになったのか、その背景と今後の見通しを詳述している。
アブラハム・ニューマン氏とヘンリー・ファレル氏の共著『武器化する経済』。米国がなぜ世界経済を脅しの武器として使うようになったのか、その背景と今後の見通しを詳述している。
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対中貿易では戦略的かつ限定的な保護措置が必要

鈴木:中国の過剰生産や過剰供給は、事実上ダンピングのような状態を生んでいます。その結果、たとえリベラルな国際秩序を支持している国々であっても、中国からの流入に対してはある程度の保護措置が必要になるかもしれません。つまり、中国以外の国々とは自由貿易を維持しながらも、中国製品に対しては限定的に市場を遮断するという対応が、現実的になってくるのではないでしょうか。

ニューマン:その通りだと思います。私はそれを戦略的かつ限定的に行うべきだと考えます。つまり、本当に国内経済に深刻な影響を及ぼす可能性のある分野に限定して、対応すべきです。例えば、電気自動車や太陽光パネルなど特定の製品分野において、リスクが高い場合に限って一定の対応を取る。「すべてに関税をかける」という包括的なやり方ではなく、問題のある領域だけを対象とした戦略的措置が必要です。

 また、自由貿易を維持しようとしている国々は、中国と交渉するべきだと思います。つまり、「これは避けられないショックだ。誰にとっても悪影響になるのだから、一緒にこのプロセスを管理しよう」と。これから現実に起こることは、米国向けだったコンテナが他の国に向かう。物流の流れが変わるだけです。

 だから、この流れをどう緩やかにするかをともに考える必要があります。1980年代の日米貿易摩擦で日本が経験した「自主規制」のようなものを、中国に求めるべきかもしれません。例えば「今後2年間は一定量の輸出にとどめる」といった自主的な管理の枠組みを設けて、激変のショックを緩和するために協議するべきです。

鈴木:おっしゃるように、「管理する(manage)」という言葉が非常に重要だと思います。トランプの関税政策は何も「管理」していません。ただ一方的に、交渉も事前協議もなく、関税を課すだけの一国主義的な行動に過ぎません。しかし、本来の自由貿易というものは、管理されるべきものです。確かに開放性は大切ですが、むやみに「開放することが正義」とするのはナイーブすぎる。慎重さも必要です。

 WTO以前のGATT(関税や貿易に関する一般協定)体制では、こうした脆弱性にもっと配慮がありました。例えば日本では、コメのような特定の農産物には輸入制限が認められていた。つまり、経済的な脆弱性に対しては、一定の保護が正当化されていたのです。

 私たちは今、WTOのルールが「すべて開かれていれば皆が得をする」という前提に立っていることを見直すべきです。でも実際には、貿易はすでに「武器化」されてしまっています。今や国家が経済を武器として使っているのが現実であり、これはWTOの設立当初には想定されていなかったことです。だからこそ、私たちは再びGATT的な発想に立ち返って、脆弱性に対する「セーフガード措置」を取り入れるべきです。

 つまり、「開放性を維持しつつも、脆弱性を守る」ためのルールが必要です。そのバランスのとり方、そしてそのバランスをどう管理するかが、今後の国際経済秩序において極めて重要になると思います。

ニューマン:その通りです。ただし、危険なのは、すべてが「例外扱い」になってしまうことです。各国が「これは例外だ」「あれも例外だ」と言い始めてしまう状況は避けなければなりません。

 鈴木さんと同意見ですが、今まさに各国は、開放性を維持する一方で、脆弱性から自国を守るための積極的なマネジメントの方法を考えなければならないと思います。この数十年の間、どの国も脆弱性を守る姿勢に欠けており、開放性こそすべてという考えが主流でしたから。(次回に続く)

地経学研究所のある国際文化会館で対談を収録。背後に見えるのは、傑作との誉れが高い旧岩崎邸の日本庭園。
地経学研究所のある国際文化会館で対談を収録。背後に見えるのは、傑作との誉れが高い旧岩崎邸の日本庭園。
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米国は、自国の企業が開発した先端技術や、インターネットや金融のネットワーク、ドル決済システムなどを、他国に圧力をかける武器として、あからさまに利用するようになってきています。なぜ、米国は自由貿易に背を向け、経済の武器化に突き進んでいるのか? 気鋭の政治学者である著者2人が、経済安全保障と地政学の両面から、世界情勢の真実と近未来を読み解きます。

ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン(著)、野中香方子(訳)、鈴木一人(解説)、日経BP、2750円(税込み)