米国海軍の士官候補生を対象としたリーダーシップの名著『 リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本 』(アメリカ海軍協会著/武田文男、野中郁次郎訳/生産性出版)は、部下に対するリーダーとしての役割と、上司に対するフォロワーとしての役割は一体不可分であると主張します。本書を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
民主的か、独裁的か
リーダーには自然発生的にメンバーから選ばれてなる者と、組織による任命によってリーダーになる者とがあります。海軍の士官や企業の管理職は後者に当たります。このため、組織やそれがよって立つ制度とは何か、それがいかにして現在の姿になったのかを理解することが重要です。
一方、組織や制度にはライフサイクルがあります。革命や起業のような大きなうねりの中から新しい組織や制度が生まれ、その中で仕事をしたり任務を遂行したりする上で最も効果的なプロセスが確立されていきます。それを尊重することは大事ですが、『リーダーシップ』は過度に依存することは危険だと指摘しています。
また、海軍のリーダーシップは民主的であるべきか、独裁的であるべきかという問いが立てられています。戦場では、数分、数秒が勝敗の分かれ目となることもあります。したがって、軍のリーダーは独裁的にならざるをえない面があります。
企業でも、厳しい時間的制約のもとでチームの方向を決めなければならないときには、いつまでも迷っていることは許されません。それでも果断に行動するには、普段から民主的にメンバーの意見に耳を傾け、各メンバーの行動傾向も把握しておく必要があります。
そうした努力をせずに一方的な命令を出すことを続けていると、いざというときに「独裁的」な指示をしても、部下が面従腹背で応えるという問題が発生する恐れもあります。同書では、この問題を解決するために「権限移譲」に着目しています。士官に適切な権限が移譲されれば、命令の尊重という考え方はもっと容易に理解されるはずだと説いています。
つまり、部下に対するリーダーとしての役割と、上司に対するフォロワーとしての役割は一体不可分であるという主張です。そのいずれもが正しく理解されてこそ、個人と集団の双方が満足し、組織の正当性も受け入れられるのです。
「半沢直樹」ヒットの裏に同期の結束
同書はリーダーシップについてまとめた本です。しかし、同時にフォロワーシップの本でもあると明言しています。士官は、自ら率いるチームにとってはリーダーですが、そのチームが属するより大きな組織の中ではフォロワーでなければなりません。その二重の役割をよく理解していないと、誤った行動選択をすることになると警告します。
しかもフォロワーであることは、目の前の上司や上位組織にやみくもに従うことを意味するわけではなく、本来の組織目的に従うということが軸にならなければなりません。
2013年のテレビドラマで圧倒的な視聴率をたたき出した「半沢直樹」(TBS系列)。この物語の基軸は、「同期」にあります。バブル期に就職し、その後下降線と停滞感しか経験してこなかったこの同期グループが、上司や役員の嫌がらせ、犯罪、陰謀といったものに挑戦し、それらを解決していくという構造です。
「同期」が強調されるのは、「年齢が上というだけで上席にいる人々」への抵抗感が、原著者の意識の基調となっているからです。
このドラマには、企業社会でよく見聞きする話がたくさん出てきます。銀行の不正融資、融資先との癒着、経営破綻回避のための外資の導入。それぞれ、金融の世界に詳しくなくても、つい感情移入してしまう展開になって、見るものを惹きつけます。
共感を呼んだ理不尽への「倍返し」
しかし、それらは、実は道具立て、あるいは舞台の背景にある書き割りのようなもので、本質は別にあります。人々を惹きつける真の理由は、このストーリーの奥に日本企業の多くに共通する「人事の理不尽」があるからです。
主人公の半沢直樹自身、あるいはその同期に降りかかる様々な困難。出向であり、部署がえであり、不当に低い人事考課。こうしたことに泣き寝入りすることで、ほとんどのサラリーマンはそのキャリアを終えていきます。しかし半沢は、それらに挑戦し、敵ともいうべき上司たちに倍返しをしていきます。そこに多くの視聴者が留飲を下げたのだという分析も多くなされています。
言い換えれば、支店長とか常務といった職権で、組織内における私利を得ようとする「リーダー」たちのパワハラに対して倍返しをしていくというのが、このドラマです。そこがあれほどの視聴率を呼ぶ理由となったのでしょう。
このドラマのテーマは、くしくもリーダーシップとフォロワーシップにあると言うこともできます。半沢たちは、本来の組織目的(金融機関としての健全経営、融資先にとっての最善手の提案、組織構成員の大きな意味での福利など)のフォロワーとして、ポジションパワー(職権)を乱用して私利に走る人々の暴走に、状況に応じたリーダーシップを発揮して歯止めをかけていくのです。
会社は逃げ場のない「強制集団」
さて同書に戻ると、集団には自然集団と強制集団があり、その違いをよく頭に入れておくことも非常に重要だという指摘があります。その違いは、自然発生的、もしくは偶然にでき上がる集団と、構成員がきちんとしたプロセスを経て集められ、様々なルールがすでに存在する集団という違いにあります。
軍事組織ほどではないにしても、企業組織も強制集団に近いものです。同書は「強制集団にほぼ例外なく見られるのは、簡単にはその集団から個々人が抜け出る事ができないという制約である」と指摘しています。雇用の柔軟性に欠ける日本の場合、まさに多くの企業は強制集団と見て差し支えないでしょう。
同書は、さらに次のように論じます。
「強制集団においては、リーダーは自分が有効なリーダーシップを促進しているという錯覚をいだきやすい。軍の集団のうちでもっとも有能なリーダーは、部下が去ることができないという事実にけっして依存しない人であろう」
日本企業で良きリーダーになろうとしたら、この指摘をいつも銘記しておく必要があります。
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高野研一(著)、日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込み)