沼上幹・一橋大学名誉教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター研究院教授の著書、日経文庫『組織デザイン』は、機能する組織をつくるための発想と対策を解説し、2004年の刊行から約20年たった今も多くの読者に支持されてロングセラーとなっている。本書から抜粋・再構成してお届けする連載第1回は、軍隊やヤマト運輸の事例から、「組織」と呼ばれるものの特徴が、基本的に分業と調整の2つあることを明らかにする。
近現代の軍隊は「組織的」
われわれのイメージする古代の戦闘は武士と武士の個人戦である。「やあやあ我こそは」と名乗りを上げ、美しい甲冑(かっちゅう)に身を包んだ武士が1対1の死闘を演じている、というイメージが脳裏に浮かぶ。もちろんそれが史実かどうか、筆者は専門外なので確言できない。しかし、少なくともわれわれのイメージの中における源氏と平氏の戦いなどは、個人戦であって組織的な戦いではない。
これに対して近現代の戦闘はすぐれて「組織的」である。湾岸戦争でも、イラク戦争でも、まずミサイルや航空戦力を用いて相手のレーダー等の防空システムを破壊し、しかる後に戦車や装甲車等を中心とした機動部隊が、ヘリコプターや航空機の支援を受けながら敵の防衛線を突破する。防衛線というのは、攻めてくる敵に対して効率的・効果的に火力を集中できるように構造化されているが、いったん突破されて形を崩されると大幅に戦力が低下する。
各所で分断され、孤立させられた敵は、包囲殲滅(せんめつ)されるか、あるいは無害であれば放置される。防衛側が戦線を突破されて、放置されるということは、自国の側から補給部隊が持ってくるはずの物資が届かなくなることを意味する。遅かれ早かれ食料も武器弾薬も尽き、戦闘不能の集団になってしまうはずである。
この例のように、近現代の軍隊は、(1)航空戦力や機動部隊、補給部隊などの役割を明確に分化させてそれぞれの専門性を活用し、(2)しかも、それらが互いに適切な場所とタイミングで活動を展開することで、個々人の戦闘力の単純集計以上に強力な戦闘力を発揮する。役割を分化させることを分業と呼び、それらの多様な役割の時間的・空間的連動を確保する努力のことを調整と呼ぶのであれば、近現代の軍隊は分業と調整が意識的に行われた戦闘集団だということができるだろう。そして、この分業と調整という特徴をもつ近現代の軍隊が行う戦闘を、われわれは「組織的」だと評する。
ヤマト運輸の分業と調整
多数の人々が意識的に役割を分け、その分かれた役割が時間的・空間的に連動するように創られているものは、もちろん軍隊ばかりではない。近現代の大規模企業は、極めて多数の人々が分業し、その活動を互いに調整しあっている組織の典型である。
たとえばクロネコのマークで知られるヤマト運輸の宅急便を考えてみよう。2023年3月時点で、同社は18万人を超える従業員を雇用する巨大企業である。しかも今日コンビニに荷物を預ければ、明日には相手先に届けてくれるという大変優れたサービスを非常に安価に提供している。タテ・ヨコ・高さの合計が100センチ以内で、重さが10キロ以内であれば、東京から京都まで1650円で翌日配送してもらえる。もし荷物を預かってから相手先に届けるまでを同一人物がすべて行うとしたら、このスピードでこの価格は達成できない。まさに組織であるが故に達成される成果なのである。
まず多様な分業が行われている。ヤマト運輸では荷物の収集と配送を担うセールスドライバーたちが多様な地域を担当している。単なる配送係ではなく、一人ひとりが営業活動を行うドライバーなので、同社ではセールスドライバーという独特の呼び方をしている。
セールスドライバーたちの収集した荷物は、配送センターやベースと呼ばれる集配拠点に送られる。この集配拠点間の運送を担当するドライバーもいる。また、集配拠点には送り先別に荷物を仕分ける機械と人が配置される。これらの多様な役割を担う人々は、仕事の基本について教育研修を受けていて、全国どこへ行ってもヤマト運輸のセールスドライバーは交通違反をしないばかりでなく、礼儀正しく、顧客第一に行動するように「しつけ」られている。
また集配拠点同士を結ぶトラックの便は何時にどこを出て、何時にどこに着くのか、というタイムテーブルが用意され、皆、そのタイムテーブルに沿って、荷物を集配拠点に届けたり、集配拠点から受け取ったりする。多様な役割を与えられた人々が、教育を受け、事前に決められた通りに行動することで、時間的・空間的に調整された活動を展開できるようになっている。
事前にしっかりとした教育を受け、決められた通りに行動していたつもりでも、残念ながら事故は時々起こる。無謀な運転のクルマに追突されるかもしれないし、配送センターでの仕分けが間違ってしまうこともあるかもしれない。極めて稀(まれ)ではあるが、必要な時に顧客に荷物が届かない場合もあるだろう。
こういう場合には、ヤマト運輸では顧客に30万円までの保証を行う権限をセールスドライバーに与えている。逆に、その金額を超えた場合にはセールスドライバーが勝手に判断してはならない、ということでもある。この場合は彼(女)らの上司や、さらに上司の上司が判断を下すことになるのであろう。
いずれにせよ、事前に用意された取り決めでは解決できない場合、上司たちがその解決にあたるという調整メカニズムが用意されているのである。
組織の2つの特徴
簡単にまとめておこう。軍事組織であろうと、企業組織であろうと、組織と呼ばれるものの特徴は、基本的に分業と調整の2つである、と考えている。
(1)分業 役割が分けられ、それぞれの役割を分けることで、たとえば専門性を発揮させるなど、何らかのメリットを追求している
(2)調整 分業の一部ずつを担っている人々の活動が、時間的・空間的に調整され、多数の人々の活動が、あたかも1つの全体であるかのように連動して動くようになっている(あるいは、そうなろうと努力している)
どのような組織であろうと、合理的に運営しようと意図されているのであれば、基本的にはこれら2つの要素を備えようと努力しているはずである。
業務範囲、分担、監督の仕組み。組織改革、新組織がつまずくのは、これらをきっちりと考えていないからだ。分業の決め方、調整をスムーズにする様々な標準化など、機能する組織をつくるための発想と対策を解説。
沼上幹著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)


