一橋大名誉教授の石倉洋子氏は日本人女性として初めて米ハーバード大大学院で経営学博士を取得し、経営戦略などを専門としている。2021年にはデジタル庁の事務方トップ「デジタル監」を務めるなど多方面で活躍する中で近年、力を注いでいるのが、グローバル人材の育成だ。本稿では、石倉氏がダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)などで交流を持った、世界のビジネスパーソンや研究者から得たヒントを、著書『 世界で活躍する人の小さな習慣 』(日経ビジネス人文庫)より一部抜粋、編集し紹介します。

「おもてなし」は万能ではない

 気軽にコミュニケーションを取る、通りすがりの人とでも会話を楽しむ、というセンスや、肩に力が入らないちょっとしたユーモア、そして知らないことは何でも聞いてしまうという姿勢が、世界で活動するには重要です。

 日本では周囲がいろいろ察してくれて、あえて頼まなくても物事が進むことがよくあるし、いろいろ質問することは良い印象を持たれないこともあるようです。しかし、海外では文化も生活習慣も違う人が多いので、困った時やわからない時でも自分から質問しないと、わかっているものと思われて、そのまま物事が進んでしまいます。誰も面倒をみてくれないのです。

 日本のきめの細かい対応は最近、「おもてなし」として世界で有名になってきたのだから、相手の気持ちをいろいろ察してやってくれるほうがよいのではないか、という考え方もあります。ですが、いろいろな人がいる場合、それぞれどんなことを求めているのかを推測することは難しいのが現実です。

 「おもてなし」が有効な場合とそうでない場合がある、と考えてもよいと思いますし、それぞれが自立した大人であるから、その人の主体性や好み、意思決定に任せるという考え方もあるのではないでしょうか(実際、私はあまりきめ細かいサービスより、そっとしておいてほしい、自分で決めるから、と思うことがよくあります)。

石倉洋子氏(写真:石倉洋子氏提供)
石倉洋子氏(写真:石倉洋子氏提供)

自分でいろいろ経験して学ぶ以外に方法はない

 いずれにしても、自分からアウトプットする、表現することは、世界で活動する場合には、とても重要です。そして、自分の希望を伝える、意見を明確に述べるためには、それなりの「練習」が必要です。

 自分から意見を言ったり質問したりすると、誤解されることもあるし、一部の国や会議などの場では表現方法が適当でないこともあります。

 たとえば、同じ英語を話す国でも、米国は表現が直接的であるのに比べると、ヨーロッパやアジアでは必ずしもそうではないように思われます。米国に初めて住んだ頃は、何かに誘われた時、明らかに行けなくても、すぐ断ることは失礼なのではないか、と思い、あいまいな言い方をしていました。私自身はやんわり断ったつもりだったのですが、相手は私がはっきりと断らないのだから来るのだろうと思い、結果的にその誤解を解かねばならなかったこともあります。

 一方、英国などでは、もってまわった言い方をすることもあるので、「本当は何が言いたいのか」「どう言ったらよいのか」と迷うこともあります。

 しかし、こうしたことはテキストや本には書いてありません。自分でいろいろな場面で試してみて、体感し、次第にどうすべきか学ぶ以外に、良い方法はないと思うのです。

気軽な会話が課題解決につながることも

 私が初めて、そして長い期間住んだことがあるのは北米に限られているので、世界というわけにはいきませんが、国際会議などで世界各国の人と会う時も、気軽な会話から始まる場合がほとんどです。ホテルから会場へ行くバスの中では、隣に座った人と決まってといっていいほど自己紹介して会話をします。

 同じ会議に参加することがわかっているので、「初めて?」とか「どこから来たの?」「どんなビジネス?」などは、定番の質問と会話です。そこから共通の友人が見つかったり、同じようなプロジェクトをやっていることがわかったり。話が弾んだり仕事に結びつくこともあります。

 その時かかえている課題の解決につながることもあります。私がハーバード大学の博士課程で苦労していた頃、東京行きの飛行機で隣に座ったアメリカ人女性から、「東京でジョギングできる場所はどこか」と聞かれたことがあります(英語の本を読んでいたので声をかけてきたようです)。

 私もジョギングをするので、あれこれ話が弾み、東京までのフライトの間、彼女が医学の研究者であること、ご主人が小児科のお医者さんであること、私が博士論文で行き詰まってしまい、夏休みにしばらく日本に帰ろうとしていることなどを話しました。

 信頼できそうな人だと勝手に思い、滞在するホテルを聞き、東京に帰ってから数日後に一緒に食事をしました。それで彼女とはすっかり意気投合し、大学のあるボストンに帰った後も、ご主人も含めて親しくなり、ご自宅を訪問するような友人になりました。

 私と分野は違いましたが、夫婦とも医学の博士号を持っていたので、博士論文を書いている最中にほとんど誰もが遭遇するジレンマをよく知っていました。「自分には博士論文を終える能力がないのではないか」という自信喪失や、論文執筆中に大学などで教え始めてしまうという、ある種の現実逃避的な行動など、いろいろな悩みをよく知っていて、貴重な話し相手になってくれたのです。

 このタイミングでこの夫妻に出会わなかったら私は博士論文を書き終えることができなかったのではないか、また、その挫折感と自信喪失から今のような仕事や活動はしていなかっただろう、と思うほどです。

国内で世界のエキスパートと触れ合う

 日本政府は海外からの外国人受け入れを積極的に推進していました。ラグビーW杯などの世界的なスポーツ・イベントのために来日する観光客や、日本での買い物や「経験」を求め、アジアを中心に一大ブームとなっているインバウンドの旅行者があちこちで見られました。現在は新型コロナウィルス感染症の拡大で国境を越えた人の移動は制限されていますが、収束した後には外国人受け入れを再開するはずです。海外の人が困っているような様子が見えたら、すぐ声をかけてみる、気軽に話しかけてみるといった機会も増えてくるでしょう。

 また人材の絶対量が不足していることから、入管法も改正され、地方にも多くの外国人が働きに来ることが予想されます。こうした状況は、「気楽に声をかける、答える、質問する」ためにまたとない機会です。また国際会議の招致も各都市が積極的なことから、かなりの数のいろいろな分野の専門家とホテルなどで遭遇する機会も増えてきています。

 会議の中には一般に公開されるものもありますから、自分が興味を持っている分野なら、会議の場所や日時を調べてどんどん行ってみてはいかがでしょうか。その気になればエキスパートに直接触れることができる機会はどこにでも転がっているのです。

将来はもっと良くなる

 私は元から社交的だったわけではありません。大学時代に交換留学で初めて米国に行った時、誰もが「あなたはどう思うか?」(What do you think?)と聞くのにどう答えてよいかわからず、最初は途方にくれていました。しかし、専門家の意見を聞いているわけではなく、私がどう思ったか、どう感じたか、好きか嫌いか、という簡単なことを尋ねているのだと次第に気がつき始めました。

 特に初めての留学だったので、英語があまりわからず、クラスが終わると毎回先生に「宿題は何か」と聞いていたのですが、聞けば親切に教えてくれるという経験をしたので、わからないことは何でも質問したほうがよいと学びました。こうしたコミュニケーションの取り方から、少しずつ社交性を身につけてきたような気がします。

 質問や意見はすればするほど、失敗もしますが、コツもわかってきます。何も言わないといつまでたってもどうしたらよいかわからず、力がつきません。また質問にしろ、意見にしろ、大げさに考えないことがポイントです。そうすれば頭が柔らかくなり、その場に応じていろいろなアイデアやジョーク、そして議論が行き詰まった時に場の雰囲気を変えるユーモアのセンスも磨かれるようです。

 誰でも自立した個人として扱う、その意見に耳を傾ける、そしてわからないことは誰にでも聞く――。米国をはじめ世界とのコンタクトで知った、この「姿勢」は、自分の人生は自分自身で生きているという実感や認識につながります。

 どんなことが起こっても、自分の人生として前向きにとらえる、常に新しいことを求める、将来はより良くなるはず(Best is yet to come.)という私の基本姿勢は、こうした経験から生まれたのかもしれません。

たまたま隣に座った人との会話が、その時抱えている課題の解決につながることも(写真:fizkes/Shutterstock)
たまたま隣に座った人との会話が、その時抱えている課題の解決につながることも(写真:fizkes/Shutterstock)

日経ビジネス電子版 2021年9月3日付の記事を転載]

日経ビジネス人文庫『 世界で活躍する人の小さな習慣

世界のエリートから学ぶ「世界標準」の思考法

 「成果が出なければ、すっぱり見切る」「意識してつきあう人や場所を変える」「完璧は目指さない」――。数々の企業の社外取締役を務め、ダボス会議などで広く活躍する著者が、次世代のリーダーに向け、「世界標準」の働き方や考え方のコツを伝授します。

石倉洋子(著)/日本経済新聞出版/880円(税込み)