リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回は茶道や美術に精通する大林組取締役会長の大林剛郎氏に、お客様へのもてなしや稽古仲間との交流を通じた茶道の楽しみ方についてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)

大林剛郎(おおばやし たけお)
大林剛郎(おおばやし たけお)
大林組取締役会長。1954年東京都生まれ。77年に慶応義塾大学経済学部卒業後、同年大林組入社。78年、米スタンフォード大学工学部大学院に留学。2009年、大林組代表取締役会長に就任。茶道のほか美術にも造詣が深く、現代美術の普及や美術館の支援活動も行う。2015年仏レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ受章、2021年文化庁長官表彰。英国テート美術館のインターナショナル・カウンシル・メンバー、森美術館理事、原美術館評議員、石川文化振興財団評議員、川村文化芸術振興財団評議員などを務める
画像のクリックで拡大表示

米国留学の際、自国の文化を知らなかったことを恥じたのを機に茶道を始めたそうですね。

 一般的に日本の学校では、音楽や美術のクラスでも、日本の伝統文化をあまり教えませんよね。当時、私が通った学校もそうでした。大林組入社2年目の1978年に米スタンフォード大学大学院に留学しましたが、そこには様々な国の人が集まってきていました。皆さん、出身国の文化や歴史をよく知っていて、自国を誇りに感じているのです。一方、私は日本のことを知らな過ぎて、いろいろ聞かれても、ろくに答えられませんでした。歴史や文化、作法だけでなく、社業に関わる日本建築のこともあまり分かっていなかった。「これでは日本人として、いけない」と留学時代に感じました。

 80年に帰国して父に話したところ「お茶をやるとよい」と言われたのです。茶道は単に茶を点(た)てて飲むだけではなく、茶室という空間の中に書や花や香など様々な要素が詰まっています。数寄屋建築や行儀作法の知識も必要で、茶事をすれば懐石料理やお酒など「食」も関わってきます。茶道は本当に「トータルジャパニーズカルチャー」で、こうした知識を身に付けるには、建築や文化を教える専門の学校に通うのではなく、茶道のいい先生に師事して友人と一緒に楽しく日本文化や歴史を学んでいければ、と考えました。

 父も祖父も昔の人なので、茶道をたしなんでいました。2人とも遠州流でしたが、私は経営者の友人を介して裏千家の今の家元(16代坐忘斎)と知り合いました。当時はまだ若宗匠になる前くらいでしたね。彼から櫻井宗梅先生を紹介してもらい、経営者仲間数人に声をかけて一緒に稽古を始めたのです。

宗梅先生は、高橋箒庵(近代の実業家、茶人)のご息女ですね。当時の経営者仲間とは、どんな方たちでしょうか。

 細見良行さん(現 京都・細見美術館館長)、保科正さん(アルフレックスジャパン顧問)、十数年前に亡くなりましたが安部兼章さん(ファッションデザイナー)、弁護士の小林啓文さんといった顔ぶれです。94年に「椿会」という会をつくり、東京・赤坂の宗梅先生のお宅にある稽古場(茶室)に行きました。先生が「稽古が月1回だと忘れる方が早く、月2回だとやっと現状維持、月3回だと少しずつ進歩する」とおっしゃるので、月3回通うことにしました。

 宗梅先生は2014年に他界されましたが、椿会の活動は今でも赤坂で続いていて、毎年年末には当社の最上階にある茶室で茶会をしたりしています。

大林組が1999年に本社を現在の東京・品川に移転した際、文化的要素も盛り込もうとオフィスにアート作品を取り入れました。茶室もこのときに造ったのですね。

 そうです。当社は都市づくりに関わっていますが、ハードウエアだけでなくソフトウエアも重要です。技術に加えて文化も大事で、茶室は日本建築の粋を集めたものともいえます。

 当社は売り上げの2割強は海外なので、海外のお客様が来られたときに茶室に上がって一服してほしいですし、見ていただくだけでも「やはり日本の建設会社だ」と感じていただけると思います。茶室は、大林の「大」と大林家の家紋の柏を取って、大宗匠(裏千家前家元)が「大柏庵」と命名し、扁額(へんがく)も揮毫(きごう)してくださいました。

茶室「大柏庵」は、東京・品川の大林組本社にある
茶室「大柏庵」は、東京・品川の大林組本社にある
画像のクリックで拡大表示
茶室上の扁額は大宗匠(裏千家前家元)の筆によるもの。大林の「大」と大林家の家紋の柏を取って、大宗匠が「大柏庵」と命名した
茶室上の扁額は大宗匠(裏千家前家元)の筆によるもの。大林の「大」と大林家の家紋の柏を取って、大宗匠が「大柏庵」と命名した
画像のクリックで拡大表示

長く続く数寄者のネットワーク

94年に結成した椿会が今でも続いているのですね。

 今では30~70代の様々な職業の仲間が集まっています。結成の頃にいらした細見さんは、その後すぐに細見美術館の立ち上げで京都に行ったので、名誉会員になっていますが。

 椿会は東京での活動ですが、関西では大西清右衛門さん(京都の釜師)、京漆器の象彦社長の西村彦兵衛さん、末富(京都の和菓子店)4代目の山口祥二さんたちと、「撫子会」をつくって活動しています。関西にはやはり歴史の厚みがあるというか、「お茶会をやろう」と言えばどこにでも茶室があるし、誰かが必ず道具を持っているので良いですね。近々、京都のお肉屋さんで茶会をし、その後にすき焼きを食べることになっています。

稽古を始めてどのくらいで、茶会を開催しましたか。道具の取り合わせについての考えも聞かせてください。

 稽古を始めて間もなく、最初のお茶会をしました。場所や時期はよく覚えていませんが、ご縁があって林屋晴三先⽣(陶磁器研究家)から茶碗などをお借りしました。本当は、⻑く稽古を積んで、かなり点前(てまえ)ができるようになってから茶会や茶事をやるものなのでしょうが、私の場合は割合早くに経験させてもらいました。ただ、林屋先生からお借りした茶碗が樂直⼊(陶芸家、当時⼗五代吉左衞⾨)の茶碗だったので、後から考えると本当に恐いもの知らずだったなと思っています。

 道具の取り合わせは、まずは茶道の基本を勉強して、オーソドックスな考え方やルールを身に付け、それを踏まえた上でだんだん個性を出していく、ということでしょうか。単に道具を並べるのではなくて、どのようなコンセプトで茶会を行うかを考えて「大林君ならではの趣向ですね」と言ってもらえればと思っています。

 私たちが会社でお客様を食事にお招きするときも、「今日はこのような趣旨でおもてなししよう」と考えますよね。茶会も、お客様にどうやって喜んでもらうかが大事だと思います。時にはジョークも必要で「今回は少し驚かせてやろう」とか。道具の取り合わせもセオリー通りだと皆同じような茶会になってつまらないので、自分らしさを出していく。でも茶道の正統的な決まりからは大きく外れない、ということです。

 私は現代アートも好きなので、現代の茶道具も取り入れています。ただ現代のものばかりだと辟易(へきえき)するし、古いものだけだとどんよりしてしまうので、両方をうまく取り合わせ、バランスを見ながらストーリーを作るのが面白いわけです。これが一番勉強になりますし、他のことにも通じる部分がありますね。

茶室「大柏庵」の点前座に座る大林剛郎氏
茶室「大柏庵」の点前座に座る大林剛郎氏
画像のクリックで拡大表示
茶室の床で、掛軸は大宗匠筆「富貴是吉祥」。花入は朝鮮唐津、花はツバキとキブシ。左下の香合は大林氏の手製。「お茶を始めたのを機に、陶芸や料理、書もやっています」
茶室の床で、掛軸は大宗匠筆「富貴是吉祥」。花入は朝鮮唐津、花はツバキとキブシ。左下の香合は大林氏の手製。「お茶を始めたのを機に、陶芸や料理、書もやっています」
画像のクリックで拡大表示

茶道でもてなしの精神を育み、仲間と交流する

これまでに行った茶会で、思い出深いものはありますか。

 京都・東⼭の桐蔭席で私の還暦茶会をしたときは、福沢諭吉が還暦のときに書いた書を掛けました。また宗梅先⽣が亡くなられた後、先⽣の⽗上、⾼橋箒庵ゆかりの護国寺で、宗梅先生の一周忌追善茶会があり、私も添釜(そえがま)を懸けさせていただきました。護国寺には、箒庵が数寄屋建築家の仰⽊魯堂(おうぎろどう)に設計を依頼した茶室がいくつかあります。その茶室の一つで箒庵、宗梅先生や魯堂ゆかりのものを使わせていただきました。

 こうした取り合わせも、亭主があまり口に出して説明し過ぎるのも趣がないので、道具を通じて皆さんに感じ取ってもらえれば、と思っています。この距離感が大事ですね。その意味で、亭主よりも客人として茶会に出る方が難しいかもしれません。茶室のしつらいを通じて、亭主が語り掛けていることを読み取らないといけないですから。

椿会や撫子会など、茶道を通じた経営者のネットワークをつくっていらっしゃいます。茶道はビジネスに通じるものがありますか。

 近代の実業家や政治家は皆、お茶で交流していたわけですよね。料理店の座敷で「明日の日本をどうしよう」と語り合いながら、途中で抜けて、階下ではお道具屋さんと茶道具の交渉をしていた時代ですから。高橋箒庵をはじめとした数寄者が集まりネットワークをつくって、日本を動かしていたのかもしれません。

 茶道を通じて、もてなしの精神が学べます。道具の取り合わせもそうですが、お客様にどうやって喜んでいただくかを考えることが、いろいろな形で接待にも役立ちます。日本人としてのマナーも身に付きます。今では座敷の上がり方や畳の歩き方を教えてもらうことも少なくなりましたから、茶道はこうした礼儀作法を知る良い機会になります。何よりもやはり、政治経済だけでなく文化的なバックグラウンドとしての教養を身に付けることが大事なのだと思います。

 茶道のおかげで、他では出会えない友人を得ることもできました。私には今、仕事以外でゴルフ、現代美術、茶道の仲間がいますが、最近はその間での交流も出てきて、家を建てるときに茶室を造った美術コレクターの方もいます。交遊の幅が広がり常に新しい発見のある茶道の稽古を、これからも続けていきたいと思います。

大林剛郎氏がお薦めする茶道の本

日本文化史、茶道史研究の第一人者である歴史学者、熊倉功夫(くまくら いさお)氏のエッセー集。中日新聞、山陽新聞、茶道江戸千家の雑誌などに掲載した連載をまとめた1冊で、茶室や茶道具、もてなしの考え方、自身が開催・参加した茶会の記録など、日本人の暮らしや茶道にまつわる様々な事象への思索や考察を掲載する。「熊倉先生には、高橋箒庵や周囲の数寄者についていろいろ教えていただきました。この本には、お茶との付き合い方のヒントがたくさん書かれています」(大林氏)。

取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也


■関連記事(日経BP 総合研究所)
リベラルアーツ経営 ビジネスに生かす茶道