リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回はブランドマーケティングを手掛けるtakibi社長の朝倉昇誠氏に、ビジネスに通じる茶道の楽しみ方をお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)
朝倉さんが代表を務めるtakibiの業務は企業ブランディングで、仕事の手法が茶人に似ていると感じたそうですね。
当社の仕事は、企業・サービスのブランドイメージを作ることで企業価値を上げることです。経営者に伴走し「次はこのイメージで行きましょう」と提案しながら、その会社の「見え方」を整えていくわけです。こういう姿勢は、茶人の千利休と戦国大名の織田信長や豊臣秀吉との関係に似ているとずっと思っていて、茶道に興味はありました。ただ、周囲でお茶をやっている人がいなかったので「自分事」として考えられなかった。それが10年前、知り合いが遠州流茶道を習っていると聞いて「自分にもできるかも」と思い始めました。
道具を集めるのが好きなので、稽古を始める前にまず茶碗(わん)を買ってみようと、青山の骨董通りにある古美術店にふらっと入ったんです。目に留まった高麗青磁の茶碗(朝鮮半島で焼いた茶碗)がとても薄くてきれいだったので、「どのくらい昔のものか」と聞くと、店主は「12世紀くらい」だと。価格は35万円と聞いて「これは安い」と思わず言ってしまいました。「今から1000年前のものでその値段なら、100年当たりたった3万5000円ということですよね」と言うと、店主が「君は見る目があるね」と(笑)。その流れで、初めて茶碗を買ってしまいました。後日、この茶碗で自分でお茶を点(た)ててみると「やっぱりいいな」と。そこから「ちゃんとお稽古を始めよう」と思ったのです。
先生はどのように探したのですか。
ネットで探して、最初は横浜で裏千家の茶道教室を開いている先生に入門しました。3年通って「平点前」(ひらでまえ:最初に学ぶ基本の点前)をできるようになりましたが、多忙で毎週の稽古に通えなくなり、お休みしていたのです。その後あるイベントで、東京と京都で稽古場を主宰する木村宗慎先生と出会いました。いくつかのコレクションの中から、花三島の高麗茶碗をお見せしたら「いいね」と言われ、「分かり合えた」と勝手に感じて、先生の教室の扉をたたいたのです。7年くらい前です。今は東銀座の日本料理店「木挽町 㐂一」の2階の茶室で、月に2回稽古に通っています。
僕は茶名や許状を欲しいとは思っていません。薄茶と濃茶の平点前ができれば十分と。また棚など特別な道具を使って所作が複雑になるより、シンプルな道具での点前が美しいと考えています。茶碗と茶入や棗(なつめ)があって、茶筅(せん)を振ってお茶を点てるのが基本で、お客さんにもそこに集中してもらえます。茶道具も自分でこだわり、気に入ったものを使いたいので、基本的なものは一通り集めました。
道具はどのように入手していますか。
ビジネスにもつながりますが、自分の感覚を大事にして選んでいます。デザインやアイデアを合わせていく仕事をしているので、根底には美意識が必要です。「はやっているから」とか、単に「この人にはこれが合うから」という理由ではなく、「自分が好きなのはこれだ」というものがないと説得力がないですよね。デザインに関する自分の価値観や美についての世界観を大切にして、それに合った道具を一つひとつ集めて自己表現していきたい。買うのは茶道具店、オークションサイト、旅行先といろいろで、自分が見て「本当にいい」と思えるかどうか、物の声に耳を傾けて選んでいます。
ビジネスパーソンの作った茶碗と自作の茶杓を取り合わせる
自身の美意識が軸になっているのですね。今日の道具の取り合わせについて、ご説明ください。
今日は「茶道とビジネス」というテーマでそろえました。茶碗は、川喜田半泥子(かわきた はんでいし)の手によるものです。半泥子は本名を久太夫政令(きゅうだゆう まさのり)といって、百五銀行をはじめ様々な銀行の頭取などを務めた実業家、つまりビジネスパーソンです。仕事の傍ら陶芸にも励み、自宅に窯を造って茶碗を山ほど焼いていました。当時は家族や友人に配りまくっていたのでしょうね。これは、古美術商がヤフオク(Yahoo!オークション)に出品していたものを見つけました。高台(茶碗の底部分)に焼くときに茶碗を持った指の跡が付いていて、この景色も面白いです。
半泥子は、茶杓(しゃく)も自作しました。山中に分け入って見つけた木で作ったものが美術館に所蔵されています。先がくねっと曲がっていて、半泥子はこの茶杓にシャレで「うねうね」と銘を付けました。それで、今日持ってきた自作の茶杓がこれです。僕はダイビングもしますが、三崎(神奈川県三浦市)の海岸で面白い形の流木を見つけ、持ち帰って茶杓に削り出しました。蛇みたいでしょう。銘を「にょろにょろ」といいます。半泥子の茶杓「うねうね」へのオマージュです。
今年は巳(み)年ですしね。お聞きする順が逆になりましたが、お軸はLINEのメッセージの吹き出しを貼り付けたものですね。お作りになったのですか。
一緒に稽古をしていた仲間が、数年前に他界したんです。がんを患ってずっと稽古を休んでいたのですが、あるとき「今この病院にいる」とLINEにメッセージが入って、調べたら緩和医療を行う病院だった。これを読んで「彼はもう長くないかもしれない」と直感しました。本人も覚悟していたのでしょう。亡くなってから、社中の仲間と彼の追善の茶会を行いました。そのとき彼との最後のLINEのやり取りを印刷して、表装したのがこの掛軸です。
お二人の心の交流を表現した、世界に一つしかない掛軸ですね。古来、茶人や歌人の消息(手紙)を表装してきました。その現代版ですね。
茶席で亭主と客がストーリーを共有する
お稽古には、ご自身の道具を持って来られるのですね。
木村先生の教室には、いい道具がそろっています。「壊れてもいい稽古用」ではなく本当にいいものを使わせてくださるので、丁寧な扱いを自然に学べます。ただ、僕にとってお茶は「自分の美意識を表現すること」なので、自分の道具を持って来て使っています。毎回の稽古が茶会のようなものですね。
茶会といえば、根津美術館で一席持たせてもらったことがあります。3席のうち木村先生が濃茶、もう1人の社中の方が薄茶、僕の席は「中茶(ちゅうちゃ)」にしました。中茶とは造語で、濃茶と薄茶のハーフのような感じで、泡立てずに薄めに練ります。僕はこれが一番おいしいと思っています。点前は濃茶で行いました。
茶席のテーマは「合わせる」とし、ミスマッチも含めて「マッチングの妙」を表現しました。床の間にはコラージュで知られる現代アーティスト大竹伸朗さんの作品を掛けました。大竹さんは愛媛県の宇和島にアトリエがあり、木村先生も宇和島出身なので、「宇和島合わせ」です。作品の前に、先生からいただいた掛花入を自分で削って自立できるようにしたものを置き合わせました。花は茶会のために、筑波山(茨城県つくば市)で採ってきた冬イチゴと、自宅近くに生えていた野ブドウを合わせてみました。
様々な視点での「マッチング」ですね。茶席の取り合わせにはこうしたストーリーがあり、亭主はそれを語るのが楽しいものです。
まさに、そういうストーリーをお客さんに共有してほしいんです。最終的にはおいしいお茶を召し上がってもらうのが目的ですが、その中に「物語」が入っているかどうか。お客さんに「ああ面白かった、おいしかった、また来たい」と思ってほしい。それが僕のやりたいことです。
この着物も生地を選んで仕立ててもらったのですが、何の生地だと思いますか。カーテンです。稽古を始めて着物を作るにあたり、普通では面白くないな、と自宅のベランダで考えていたとき、窓に掛かっていたイケアのカーテンが目に入り、「これだ」と。すぐにイケアに同じ生地を買いに行きました。
カーテンから服を作るのは、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ以来かもしれません。
買った生地を持って、ネットで探した呉服屋さんに行き「ちょっと変わった生地ですが、仕立ててもらえますか」と聞くと、「面白いこと考えるね。やってみよう」と、意気に感じていただいてお願いしました。
木村先生の社中の方と仕事をご一緒したこともあります。稽古を通じて人となりだけでなくセンスや美意識を知ってもらえるので、お互いに理解し合えるのだと思います。仕事の獲得が目的で茶道をやっているわけでは全くないですが、焦ることなく好きなことを淡々と続けていて、自然な流れの中で機会が生まれたらコラボレーションできるのが、僕にとっての茶道ネットワークだと感じています。道具を通じてお互いに分かり合ったり歩み寄ったりできるのが、お茶のいいところですね。
自宅では、フローリングの床に座布団くらいの大きさの置き畳を置いて、週に2、3回独服(一人で茶を点てて、飲むこと)しています。道具もシンプルに自己流で、キャンドルに火をつけて鉄瓶で湯を沸かし、簡略化した自分専用の点前をルーティンにしています。何も考えず無心にお茶を点てる時間は大事です。気持ちが落ち着き、感覚が研ぎ澄まされる。客先でのプレゼンの前やアイデアを出さないといけないときなどに、とてもいいですよ。
朝倉昇誠氏がお薦めする茶道の本
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也
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