リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回はカインズ社長の高家正行氏に、「心技体」を実践する茶道の魅力をお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)

高家正行(たかや まさゆき) カインズ代表取締役社長CEO
高家正行(たかや まさゆき) カインズ代表取締役社長CEO
1963年、東京都生まれ。1985年、慶応義塾大学経済学部を卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行。1999年、コンサルティング会社A.T.カーニーに入社。2004年、ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社し、2008年、同社代表取締役社長に就任、2013年まで務める。2016年、カインズ取締役に就任。取締役副社長を経て、2019年から現職。2022年3月から東急ハンズ(現ハンズ)代表取締役会長を兼務
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「茶道は日常を愛でる文化」と、あるメディアで話しておられました。茶道を始めた時期ときっかけを教えてください。

 僕は茶道を始める前に、座禅から入りました。2008年に45歳でミスミグループ本社の社長になったのは、世間がリーマン・ショックで大変な時期でした。じっくり落ち着ける時間と空間が欲しいと思い、2010年頃に西麻布の長谷寺(ちょうこくじ)で行われていた座禅の会に通い始めたのです。座禅は自分が無になる時間と空間をつくることだと僕は理解していて、その延長線上に茶道がありました。禅と茶道はもともとつながっていますよね。お茶を点(た)てて飲んでみると自分自身が落ち着くと分かって興味を持ち、習ってみようと思うようになりました。

 家族にその話をすると、社会人になりたての頃に茶道を習っていた妻と初心者の娘2人も一緒に習いたいということで、2019年頃、青山にある裏千家茶道教授の味岡宗靖先生の稽古場に4人で通い始めたのです。平日夜に週一度のペースで稽古をし、約1年で薄茶と濃茶の「平点前」(ひらてまえ:最初に学ぶ基本の点前)を学びました。その後忙しくなって今は稽古を休んでいますが、月に1~2回自宅でお茶を点てて飲んでいます。

稽古をしていた頃に印象深かったことや気づきはありましたか。

 点前(てまえ)をしていて、柄杓(ひしゃく)で水をくんで釜に入れるときの音が特に好きです。演出のようですよね。掛軸や花、菓子にも季節を感じます。稽古をしていると、それまで忘れかけていた日本の季節感を思い出しました。

 茶道具にもそれぞれ意味があって、一つひとつがもてなしになっています。茶会をするときもいつ誰を招くか、どんな道具を選んでもてなすかを考えて、メールがなかった時代に一人ひとりに手紙を書いて招待していたのですよね。今では少なくなってきていますが、そういうもてなしのしかたに「人の心の機微」のようなものを感じ、大事なことだと教わりました。

 茶碗(わん)も好きです。やはり黒楽の茶碗が、お茶の色が映えていいですね。茶碗によっても大きさや形が違い、手に取るとしっくりきて飲みやすいものもあります。形や大きさを楽しみながら、作り手の思いを想像するのは楽しいです。

湯水をさす所作のように、茶道では「音を立てるシーン」が多いですね。お茶を飲むとき最後の一口は「すっ」と音を立てて吸い切ります。

 僕もあれは興味深く感じました。飲食時に音を立てるのは欧米のマナーと異なるので、なぜかと先生にうかがうと、音を立てて飲み干すのは「おいしくいただきました」という感謝を示す意味があると教わりました。稽古のとき、僕はよく所作の理由を聞いていたのです。なぜ茶碗を回してから飲むのか、とか。「茶碗の正面を避けて飲むため」など、味岡先生はいつも丁寧に答えてくださったのを覚えています(注:茶碗には正面に絵柄などがついているものがあり、この部分を汚さないよう、客が飲むときに茶碗を回す作法がある)。その理由が分かると点前の流れがとても合理的だと気づき、理解が深まりました。

現在は稽古から離れているが「茶道は好き」。茶道の話題をきっかけに、「世代を超えた人間関係を築くことができた」という
現在は稽古から離れているが「茶道は好き」。茶道の話題をきっかけに、「世代を超えた人間関係を築くことができた」という
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茶道は「心技体」、心身の整いが点前の美しさに表れる

 茶道での立ち居振る舞いや点前の所作は、美しいですよね。僕はまだまだできていませんが、点前の上手な人の所作は見ていて本当にきれいで、自分も同じように手足を動かしているのになぜ違うのだろう、と思います。きれいな点前ができる人は、心や体が整っているのですね。僕自身、座禅をしているとき心に迷いや雑念があると必ず姿勢が乱れます。それは自分でも分かるし、お坊さんにも見透かされます。

 茶道は武道やスポーツに通じるところがありますね。肉体を鍛錬していると姿勢がきれいになり、無駄のない動きは強さにもつながります。僕はテニスをやりますが、美しい動きができる人は「心技体(しんぎたい)」とも言うように、心と体を鍛えた結果なのでしょう。所作の美しさに、その人の品格や精神状態が表れるのかもしれません。

 茶会はもてなしの極みと聞きますが、昔はコミュニケーションの重要な手段だったと思います。茶室の中で話すことだけでなく、いつ、誰を招き、どんな道具をしつらえるか。そういったことすべてに亭主のメッセージが込められている、「非言語コミュニケーション」ではないでしょうか。例えば30分間話しても伝えられる内容には限りがあり、それは昔も今も変わらないでしょう。言葉では伝わらないことを、「間」や「気遣い」など非言語の部分でどのように表現し、受け取るかが重要だと思います。

茶道によって広がった交友関係はありますか。今後の目標があれば教えてください。

 茶道を通じて、異なる世代や背景の人とのつながりができました。茶道家でTeaRoom代表取締役CEOの岩本涼さんとは、ある経営者の会で知り合いました。僕とは年齢もはるかに違いますが、茶道の素晴らしさを知ったという話をしたところ、意気投合し親交を深めています。普段ビジネスの場では近しい世代や立場の人たちとの付き合いが多くなりがちですが、茶道をきっかけに岩本さんのような若いリーダーとの出会いがあったのは貴重な体験でした。

 茶道の楽しさを知ったばかりの僕が、「茶道をしています」と人に話すのも恥ずかしいので、あまり公表していません。ストレスや悩みを抱えたときに、座禅や茶道を通じて心を落ち着ける空間と時間を大事にしたいので、あくまでも「ひそかな趣味」として楽しんでいます。その中で美しい所作ができるようになるといいな、と思います。もう一つは、岩本さんのように、茶の湯を世界に広めようと頑張っている若手たちを応援していきたいですね。

高家正行氏がお薦めする茶道の本

『利休にたずねよ』(山本兼一著/PHP文芸文庫)
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 侘茶(わびちゃ)を完成し、豊臣秀吉の「茶頭」にして参謀でもありながら切腹を命じられた千利休。類いまれな彼の美意識の根源は、若き日の恋路にあったのか。自刃の日から時を遡り、秀吉、妻、弟子たちと語り手を変えながら利休の生涯をひもといていく。第140回直木賞受賞作。
 「禅から茶道に興味を広げたきっかけになった本です。利休が秀吉に切腹を命じられ死を悟ったときから最期の瞬間まで、何を考えどんな茶会を行ったかを物語にしたドラマチックな歴史小説です。あるときから逆算して様々なことを組み立てていく過程や、茶室の中で交わされた会話の緊張感などがビジネスの世界にも通じるところがあって、これはすごいと感じながら読みました」(高家氏)。

取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也


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