米大統領選挙でドナルド・トランプ候補が勝利すると、異例の「飛び石」政権が誕生する。ジョー・バイデン大統領の「身代わり候補」カマラ・ハリス政権なら「バイデン2.0」になるのか。国王と首相を兼ねる大統領はアメリカ人には「1つの時代」の象徴として記憶される。書籍『アメリカ映画の文化副読本』(渡辺将人著)から抜粋・再構成し、米大統領選挙直前に楽しめる作品の解説をお届けする。
アメリカ人にとっての大統領という「時代」
「大統領」が誰だったかはアメリカ人が時代を振り返るときに記憶をつなぐ絆になる。「あの頃、僕らはケネディに熱狂し、ニクソンに幻滅した」とナレーションが流れれば、脳内のタイムマシンにすぐ乗れる。大統領は党派を超えた1つの時代を象徴する「世代」の記号だ。
アメリカ映画には「政治ラブコメ」というジャンルがある。底流は「オリバー・ストーン」風味なのに、表のプロットが普通のロマンティック・コメディ。ベトナム戦争や米中ピンポン外交をモチーフにした『フォレストガンプ 一期一会』など分かりやすい「時代」系とはまた違った作風だ。
『ラブ・ダイアリーズ』(Definitely, Maybe、2008年)は、その典型的な「政治ラブコメ」の作品だ。同作では主人公ヘイズが地元ウィスコンシン大学在学中、折しも1992年の大統領選が訪れる。時はブッシュ父政権。湾岸戦争でブッシュは英雄になるも、「絶対に増税しない」という約束を破って支持率は下落。12年続く共和党政権を断ち切る切り札が、民主党中道穏健派の新星ビル・クリントンだった。
大統領選の無給スタッフ
ヘイズは大学寮の部屋にクリントン夫妻の写真を飾り、写真の前で「私が大統領だ」と念仏のように唱える。気色悪い政治おたく(ポリティカルジャンキー)の誇張だ。アメリカの政治志向が強い若者は選挙に無給スタッフとして参加することからキャリアを築く。
ヘイズはクリントン陣営入りする。行き先はアーカンソーの選挙対策本部ではなくニューヨークの支部。ヘイズと同僚が滞在する「ニューヨーカーホテル」は、マディソンスクエアガーデンの斜め後ろにある実在のホテルだ。出身校の同窓人脈で献金チケットを売りさばき頭角を現す。
黒人初のモーニングショーのアンカーとなったNBC「トゥデイ」のブライアント・ガンベルがブッシュ大統領の息子にインタビューする本物映像が出てくる。寄り目のブッシュは目が泳いで挙動不審で頼りない。「チェンジ」を掲げたクリントンが何かを変えてくれると信じて、事務所の若いスタッフは誰もがクリントンに心酔していた。
大統領選勝利の夜、スタッフはクリントン陣営のテーマソング「Don’t Stop」を流して大騒ぎ(「Don't Stop」はロックバンドFleetwood Macの曲。米大統領候補にはテーマソングがある)。
ヘイズは黒人の同僚と選挙コンサルタント会社を設立する。だが、複数の女性をめぐる恋愛と仕事の失敗に翻弄され人生は暗転。ニューヨークで夢破れた「ルーザー」となっていく。「政治ラブコメ」の「ラブ」の方も凝った作りになっている。政治と関係あるロマンスもあれば、関係のないロマンスもあるが、主人公が思いがけない出逢いに翻弄される人間模様も本作の見どころだ。
「青春とは政治」の学生たち
アメリカの若者は学生時代に政治に熱く燃えることが多いが、同じ熱度を維持するとは限らない。特に支援した政治家が自分たちの支持した政策を捨ててしまったり、スキャンダルまみれになったりすれば、幻滅もする。
ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領まで遡らなくても、カーターやブッシュ父は1期でお払い箱になり、2期務めた大統領でもイラク戦争で評判を落としたブッシュ息子大統領もいた。
この映画はやはり2期務めたクリントンへの幻滅を描く。モニカ・ルインスキー疑惑で大陪審に召喚されるクリントンを映し出すテレビ画面に、ヘイズはデリバリーの中華麵を投げつける。心酔していたからこその裏切られた思い。輝いていたクリントンが中道化を経て疑惑報道で崩れていく過程と田舎のリベラル学生が夢を見失い崩れていく過程がシンクロする。
アメリカの学生にとって「青春とは政治」であることが少なくない。公民権運動、同性愛者や女性の権利運動、反戦運動、環境運動、保守的な教会活動など、若者はシングルイシューを起点に、大学内の民主党と共和党のクラブに参加し、選挙にも加わる。青春の理想をともにした政治家がいる。大統領になれなかった敗北の選挙ほど思い出深い。バリー・ゴールドウォーター、テディ・ケネディ、デュカキス、サンダース。
ヘイズが青春の理想をともにしたのはクリントンで、2000年代末のリベラルな若者にとってはオバマだった。青春の熱はいつかさめる。
主人公のヘイズのなかで「クリントン時代」はどう総括されていくのか。この作品は、冷戦終結後の妙な高揚感だけが充満していたあの時代に青春を送った人への鎮魂歌である。
時代もの特有の記号遊びも面白い。陣営のレンタル携帯はトランシーバーのような大きさ。日本のバブル期パロディで出てくるあれだ。パキスタン人が店番をしているデリでキャメルのタバコを買おうとすると、ウィスコンシンでは想像できない値段の高さ。ニューヨークの猥雑(わいざつ)さが田舎青年を毒しながらも鍛えていく。ニューヨーク青春映画は星の数ほど存在するが、本作は政治と恋愛を絡めた独自色が面白い。
「オバマ時代」「トランプ時代」「バイデン時代」をモチーフにした「政治ラブコメ」が登場したら、本作と見比べてみるのも楽しいかもしれない。
2024年大統領選挙はリベラルな若者が全米の大学でイスラエルの攻撃へのデモを繰り広げた。しかし、民主党の内部分裂はトランプを利するだけだと、左派は反戦候補の擁立を見送った。ところがハリスは党大会でイスラエルの自衛権を強調し、イスラエル支持を改める様子もない。
リベラルな学生たちはトランプ阻止のために我慢したバイデン=ハリス政権への不満をどこで爆発させるのか。バイデンやハリスは「嘘つき」だと映画のなかのシーンのように「元若者」にいずれ中華麺を投げつけられるのか。大統領選挙年の苦渋の決断を含めて、彼らの「バイデン時代」末期の思い出になる。
<7つの文化>でひもといていく「アメリカ」。おなじみの著名作品から日本では劇場未公開の知られざる個性派作品、Netflixオリジナル作品やAmazonプライムなど配信系オリジナルの映画ドラマまで数多くの作品を幅広く紹介。文化が分かるとドキドキや泣き笑いが真に迫る! すべての映画・ドラマファン必読の1冊。
渡辺将人著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)

