ドナルド・トランプの共和党は民主党から労働者票を奪っている。この票田「あべこべ」を描いたコメディ映画がある。一方、都会派イメージのカマラ・ハリスは副大統領候補にミネソタ州知事を選んだ。なぜ農村のミネソタなのか。書籍『アメリカ映画の文化副読本』(渡辺将人著)から抜粋・再構成して米大統領選挙直前に楽しめる作品解説をお届けする。

大統領を決める「最後の1票」を持った男

 2016年、米大統領選におけるトランプ勝利の本当のサプライズは本選勝利ではなく、予備選で共和党の指名を勝ち取ったことだった。自由貿易の共和党は、このときに保護貿易路線を歩み出した。もともと民主党の票田だった労働者がトランプ支持者に転向した。その票田の「あべこべ」現象と部分的に類似した状況を描いたコメディがある。ケビン・コスナー主演の2008年作品『チョイス!』だ。原題の「Swing Vote」は「最後の1票」を意味する。

 架空の現職の共和党大統領と民主党の挑戦者が争う大統領選。開票したら全米州の選挙人数が同数で、残るはニューメキシコ州。その同州も票がタイという確率的にあり得ない設定だ。

 テレビCMによるネガティブキャンペーンやターゲット有権者への擦り寄りを下品に描いている。2000年、大統領選挙で最後の決め手のフロリダ州で票の数え直しが発生したことで、しばらく共和党ブッシュ息子と民主党ゴアのどちらが勝利したか中ぶらりんになった「再集計事件」があった。アメリカ人観客がこの作品から想起するのはあの事件だ。

 電子投票機の不具合で投票が無効になったケビン・コスナー演じる男はトレーラーハウス暮らしの無党派。10日後の彼の「再投票」までの、たった1人に向けた選挙キャンペーンを描いた映画だ。

 この主人公の労働者は養鶏が盛んな地域の卵工場で働いているが、工場は中南米系の移民労働者だらけ。スペイン語で放送が流され、白人労働者には不満が募る。ビールが好きでピックアップトラックに乗り、ベースボールキャップ姿の彼は、アメリカのメディアがステレオタイプで描く「トランプ支持者」のようにも見えるが、キリスト教の信仰心は強くなく、娘はものすごくリベラルという家庭内の「あべこべ」も面白い。

 その彼が最後の1票を再投票すれば大統領が決まる。あり得ない極端な仮想現実にアメリカの選挙制度の矛盾と面白さが詰まっている。現職共和党大統領と民主党の挑戦者が、主人公の町に乗り込んでキャンペーンを開始すると、全米から人権団体、人工妊娠中絶の権利を謳(うた)う女性団体、キリスト教右派、環境保護団体など、ありとあらゆる政治活動家が駆けつける。保守・リベラル入り乱れた「便乗」街宣だ。

 アメリカでは選挙は単に公職者を決める投票ではなく、さまざまな政治思想の持ち主がそれをメディアを通して全米にアピールする機会で、社会運動と選挙が相乗りしている。

当選のためなら保守・リベラルの理念も捨てる

 映画では予備選と本選が合体したかのような大キャンペーンで町は大騒ぎになる。全世界からメディアが集まり、大統領を決める1人の白人労働者を追い回すメディアの過熱報道は実にリアルだ。

 電力会社の献金をもらう共和党の現職大統領は新規のダム建設を推進していたが、男の釣り場の川が干上がると分かると建設を中止。環境保護団体の喝采を浴びる。

 男が不法移民に言及すれば、民主党候補は国境警備強化を謳い、(男が)ゲイを擁護したと勘違いされれば、共和党大統領が警官や軍人など右派に尊敬される職場での同性愛の権利推進を約束する。

 本来の保守とリベラルがどんどん逆転していく。たった1人の票を獲得するために、原則を放棄する矛盾が面白おかしく描かれる。

 保守派が好んで観戦するカーレース(NASCAR)の伝説のレーサーのリチャード・ペティ(共和党支持を公言)、アメリカを代表するミュージシャンのウィリー・ネルソン(民主党支持を公言)が本人役で出演。彼らが両党の候補の「応援セレブ」として票集めに手を貸すのも、アスリートや芸能人が政治にもろに関わるアメリカのリアルを反映している。

ハリスがミネソタ州の副大統領候補を選んだ理由

 大多数のアメリカ人はニューヨークやサンフランシスコの大都会のリベラルな人とは違うライフスタイルを営む。カマラ・ハリス副大統領はカリフォルニアの都会派エリートであり、真ん中の「普通のアメリカ人」に支持してもらうには、中西部ミネソタ州のティム・ウォルズ知事は絶好の候補者だった。狩猟をするハンターでライフル協会の支持を受けていた。

 南部とは違う北部の「農村リベラル」の典型州であるミネソタ州の雰囲気を知るのに絶好の作品がある。

 『ブリジット・ジョーンズの日記』で知られるレネー・ゼルウィガー主演の『New in Town』(2009年)だ。本作は、中西部ミネソタ州を舞台に「田舎のアメリカ」の穏健な素朴さを描き出している。

 主役は出世街道まっしぐらのキャリアウーマン。食品会社で女性初の幹部役員と目される彼女は、本社のあるフロリダ州の大都会マイアミで「意識高い」生活を送る。

 毎朝のストイックなジョギング、しゃれた車を運転してスターバックスを片手に出社。その彼女にミネソタ工場をリストラする大仕事の白羽の矢が立つ。ロボットによる効率化で不要になる工員を短期間にリストラするよう指示を受ける。

 彼女は雪の厳しさも知らずに南国の大都会からハイヒールで乗り込む。そこに現れるリストラを阻止しようとする労働組合の男。出世か恋か。よくありがちなロマンティック・コメディに見えるが隠れテーマは「田舎と都会」だ。

田舎なのにリベラル、田舎でやっぱり保守

 ミネソタ州は、田舎だがリベラル、という州である。同じアメリカの田舎でも、深南部ではなくミネソタが舞台にされているのがミソである。アメリカの田舎は、田舎なのになぜかリベラルな地域と、田舎でやっぱり保守的な地域に分かれるからだ。

 本作は前者の田舎なのにリベラルなミネソタが舞台なので、生活文化は田舎のアメリカそのもので、ちっとも「リベラル」的ではないが、人はすこぶる善人に描かれている。

 ライフルで狩りをするハンターも、実に優しいいい人たちとして描かれる。都市のリベラルが、ライフル協会を目の敵にし、ハンターを野蛮な暴力主義者のように理解していることの偏向性を逆に浮き彫りにする。

 たしかに彼らは、教会に通う神様を信じる人たちで、スクラッピング(コラージュによる自家製アルバム作りで手芸のようなもの)やタピオカヨーグルト作りが好きな、北欧バイキングたちの子孫であることを誇る、ビール好きで野球帽をかぶってピックアップトラックを運転する、小さな世界の住人で、LA(ロサンジェルス)やNYC(ニューヨーク市)の正確な位置も知らないだろう。

ピックアップトラックはアメリカの田舎の象徴だ(写真: DieFotografin/stock.adobe.com)
ピックアップトラックはアメリカの田舎の象徴だ(写真: DieFotografin/stock.adobe.com)
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 しかし、白頭巾をかぶって有色人種を迫害するような人ではないし、神を罵(ののし)る人に抵抗を示しても、異教徒を閉め出すような真似はしない。クリスマスのキャンドルサービスの列の温かい雰囲気が、ブッシュ時代に「メガチャーチで踊っている頭のおかしな人たち」として強引に色づけされたキリスト教徒の、本来の素朴で善良な素顔を描写する。

 「田舎と都会」のいつものステレオタイプの対比を用いることで、あえて都市の強欲な弁護士やウォール街の「リベラル」よりも、日本などからの交換留学生や来訪者にずっと優しい人たちかもしれない、というあたりまえのことを再考させてくれる良作だ。

背景文化を知れば、映画はもっと面白く

 「ステレオタイプ」を笑い飛ばすには、「ステレオタイプ」が何なのかを知っておかなくてはならない。そうしたときにはじめて、作品や特定のアメリカ人の知人の語る「田舎」と「都会」観が、どの程度実態から大きくずれた偏見なのかが判別できるからだ。

 そしてどの程度のバイアスがあるかが、その人や作品の「保守性」「リベラル性」を逆に浮き彫りにする。

 残念ながらこの作品は日本未公開。たしかにミネソタ州とマイアミの対比、労働者やキリスト教の位置付けは外国人には分かりにくい。しかし、配信時代にアメリカ映画・ドラマの視聴本数が増えるなかで、日本の観客や視聴者の目は確実に肥えつつある。一昔前と違って背景の文化も理解した上で作品を味わいたいという人は少なくない。日本未公開作品にこそ思わぬ秀作がある。

 そうしたコンセプトで拙著『アメリカ映画の文化副読本』は生まれた。日本未公開の面白い作品に日本語字幕をつけて1本でも多く日本で配信してほしいという願いを込めて、本書には日本未公開作品も巻末作品リストに入れた。『New in Town』も熱烈なリクエストが集まれば日本配信に踏み切ってくれるかもしれない。

鑑賞必携の「隠し味」ガイド

<7つの文化>でひもといていく「アメリカ」。おなじみの著名作品から日本では劇場未公開の知られざる個性派作品、Netflixオリジナル作品やAmazonプライムなど配信系オリジナルの映画ドラマまで数多くの作品を幅広く紹介。文化が分かるとドキドキや泣き笑いが真に迫る! すべての映画・ドラマファン必読の1冊。

渡辺将人著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)