
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第5回。
4月27日、東京の神保町で作家の今村翔吾さんがスタートさせるシェア型書店「ほんまる」。写真はオープン直前の確認のため、今村さんとクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんが店を訪れた様子。


書店の経営が苦しくなっている理由の一つに、本の値段が安すぎるという議論があります。これについて、今村さんはどうお考えでしょうか。
今村翔吾さん(以下、今村):僕は明確に「本の価格が安すぎる論者」です。ですから、このことについては積極的に発言したいと思っています。同業者と同業界では、この問題について意見を言いたがらない人の方が多いのですが、角川春樹さんも僕と同じ意見で、互いに共感し合っています。

なぜ言いにくいのでしょうか。
今村:出版界の方たち――と、全体でくくったらよくないのですが、少なくとも僕たち作家サイドでは、お金を語ることに対して、ちょっとアレルギーを持っている方が多いのは事実です。
これが経営者だったら、人、物、お金を語るのは当たり前でしょう。でも、創作に携わる人たちは違う、みたいな空気があって。
出版界に限らず、クリエイティブな領域では、自分が好きでやっているんだから、お金は二の次でいいよね、という雰囲気がいまだに強いです。
今村:真偽は分かりませんが、直江兼続が上杉家当主の謙信から軍配を預かった手でお金を触るわけにいかんといって扇で受け取った、というエピソードがあります。お金は不浄のもの、とする考えがあったわけですね。
戦国武将ではありませんが、僕たち作家もそのような潔癖さ、清廉さを持つべきだ、みたいに思われるところがあって、だからこそ、いざというときに動けない。お金を使ってでもやらないかんことに対して、踏み出す人材がなかなかいないんです。ただ、僕に関して言えば、そこに対してはアレルギーをまったく持っていません。
本は明確に高くなるべき
今回の「ほんまる」だけでなく、すでに「きのしたブックセンター」(大阪府箕面市)の事業継承や、「佐賀之書店」(佐賀市)の新規出店などに張っておられます。書店冬の時代に、かなりの逆張りだと思いますが。
今村:はい、逆張りかもしれませんね、しかも張るとなったら何千万円でも張ります。
それで本の価格については……。
今村:これは絶対に上げた方がいいんです。価格を上げることが、出版社、取次、書店、すべてにメリットをもたらすのは確かです。原材料の高騰に対して、価格の上昇が追いついていないこと。物流費も2024年からはさらに高くなる。価格を「上げざるを得ない」というほうが適当な表現かもしれません。
そして、本の価格を上げることで、沈みつつある出版界そのものの底上げができると、僕は考えています。ただ、その中で障壁となっている一つが、本の価格を上げると食べていけない作家が出てきてしまうことなんです。たぶん作家、漫画家の3分の1ぐらいは、市場から脱落するんじゃないでしょうか。
え、どうしてですか?
今村:まず単純に、本がちょっとやそっとでは売れない時代になっている、ということがあります。高くても売れる作家とそうでない作家のボーダーが上がる。
いまやAmazonで中古本も手軽に入手できますしね。
今村:さらに作家が抱える困難を語る前提として、長く続いている図書館と出版界との緊張関係があります。
公的な図書館がベストセラーを大量に購入して、市民に無料で貸し出すことによる、作家と出版社の機会損失――いわゆる「図書館問題」と呼ばれているものですね。
今村:問題の背景にはさまざまな要因があって、それがからみ合っています。ごく簡単にお話ししていくと、図書館を評価する軸の一つに、「年間にどれだけの『数』を貸し出したか」というものがあります。
その数だけ、市民の役に立った、という指数ですよね。
貸し出し順を待つ間に新刊が出ます
今村:建前はそうですが、専門的な研究本などは、そうそう市民みんなが求めるものではありません。そういう中で数を指標にすると、売れ筋本を大量に入れて、貸出数を増やせばいいやん、という単純で分かりやすい話になっていきます。
たとえば僕の書いた『塞王の楯』は直木賞をいただいたことで、みなさんが読みたいと思ってくださる本になりました。作家としても心血を注いだ作品ですから、それはできるだけ多くの方に読んでいただきたいですよ。
話題になる → 本を読みたいという人が増える → その要望に図書館が応える、という流れが一つの市民正義になりますね。
今村:そういう構図が出来上がります。読んでいただくことは、もちろん最高にうれしいです。でも、図書館で借りて読む方が増えるということは、ベストセラーに関しては本を買ってくださる方に影響を与えています。そうやって図書館が同じ本を複数仕入れる「複本」が増えていく。一つの図書館で2、3冊ならいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、それが全国になったら、結構な数になります。
僕がおかしいと思うのは、図書館が同じベストセラー本を数冊そろえたとしても、貸し出しには限界があって、人気のある本だと待ち人数500人とか、ざらにあるんですよ。1回の貸し出しって、だいたい2週間くらいでしょ。そうやって順番を待っている間に、僕は新刊を2、3冊、軽く出してしまいますよ。
うーん。
今村:もちろん、それは僕の作品だけではありません。世の中で話題になっている本、ベストセラーになっている小説は、すべてその構図の中に巻き込まれています。
一方で悩ましいのが、全国の図書館の買い上げによって生き延びている作家も多いという現実です。今、新人作家の初版部数は3000部、4000部がいいところですが、現実にそれらを売り切るのは大変なことです。
でも全国の図書館が買い上げれば、基礎票として1000部、1200部が保証されます。逆に言うと、図書館の買い上げがなくなったら、基礎票を失った新人は、次の本を出すことがとても難しくなるでしょう。
ということは、図書館は作家の育成に一役買っているということではないですか。
今村:文化の育成に寄与している。確かにそれはその通りです。
ただし、現実はもっと複雑です。地方自治体の財政事情が悪化する中で、図書館の年度ごとの図書購入費も、右肩下がりの傾向になっています。同時に図書館員の数も減っていっています。図書館運営が細っていくと、これまで2冊買っていたところが、1冊しか買えなくなる。そうすると、それだけで50%の作家が、こぼれ落ちることになる。
本の価格を上げたら、さらにこぼれ落ちてしまうのではないですか。
今村:そうなります。そんなことになったら、売れている本ばかりが流通して、本の世界に多様性がなくなる……という論は、確かに正しいのです。でも、さらに踏み込んで言わせてもらうと、僕は極論「いいやん、それで」という論者なんですよ。
いいんですか。
今村:僕ら作家という者は、望んでこの業界に入ってきて、ライバルたちと切磋琢磨して、最後に一握りの人だけが残る。そういう世界に生きる人間なんです。

それは本だけに限らず、絵画の世界もそうだし、音楽も映像もそうでしょう。スポーツでいえば、もう当たり前の話ですよね。毎年、プロ野球で戦力外通告を受ける選手がいる。そこから、どう再起するかみたいなドキュメンタリーも、よく放映されているじゃないですか。
だったら、なぜ作家だけが図書館に依存して、甘やかされなければいけないんですか、という話ですよね。スポーツ選手も画家も作家も、そもそもは才能の仕事で、努力して自分自身で才能を伸ばしていく世界。別に誰かが支えなくたって、残る人は残る。厳しいかもしれないが、本来はそのような世界だと思うのです。
分かりやすいです。
今村:今の図書館をめぐる論議は、プロ野球でいうと、今年は戦力外通告が100人出そうだから、もうあと3球団作ってどうにかしましょう、というようなものなんですよ。でも、セ・リーグ、パ・リーグのほかに、もう1個リーグを作ったら、トップたちに行くべき分が薄く広く配分されて、優秀な選手の年俸がいつまでたっても上がらないようになります。
議論が起きないこと自体がおかしい
日本のトップクラスの作家さんは、だいたいどのくらいの売り上げがあるものなのでしょうか。
今村:トップランカーの作家は今、年間5億円ぐらいだと思います。でも、一昔前の売れっ子はその3倍を稼いでいました。ということは、人口などのことはあるにせよ単純に考えると、稼げたはずの10億円が、薄く広くほかのコンテンツに流れている、ということになります。
なるほど。図書館だけでなく、ネットで中古本を手軽に買うことが当たり前になったことも大きいと思いますが、そこはいったん横に置いて、図書館でいくら大人数が借りても、当の作家と出版社に印税などは入らない。それ自体が不条理ですよね。
今村:まったく入らない。ゼロです。
ITがこれだけ進んだ時代なんだから、誰かが借りたら、1冊につき100円とかが著者や出版社に入る、といった新しい印税システムが登場してもいいのに。図書館で借りる人だって、そのくらいは払っていいでしょう?
今村:いや、それができたら、本当に最高ですよ。
あと、ネットなどで売られている中古本についても、著者に2次印税が行くシステムとか。
今村:新刊を出しても、中古本市場に流れてしまえば、作る側は疲弊するばかりです。でも、そういう論議がこの業界で起きない。それ自体が、めちゃくちゃおかしいと思うんです。
たとえば僕が住んでいる大津市が、市民の役に立つようにと、自動車を50台買います、と。シェアシステムで2週間、市民にタダで貸しますよ。でも順番があるので、予約して、ちゃんと並んで待ってくださいね。みたいなことをやったら、自動車メーカーにばちばちに切れられますよね。何、商売の邪魔しとんねん、と。全国の行政がそうやってカーシェアリングを始めたら、自動車業界からはすごい圧力がかかると思うんですよ。
そりゃ、そうですよね。
今村:そうでしょ。だったら1社だけでなく、全メーカーを対象にして多様性ある品ぞろえにします、って言ったらさらに、何ふざけてんねん、そんな問題ちゃうやろ、となりますよね。
確かに同じ構図ですね。
今村:そう、同じ構図なのに、図書館問題では著者の権利がスルーされてしまうんです。そこには昭和25(1950)年に制定された図書館法というものがあって、その条文には、図書館を「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設」(図書館法第二条)という定義があります。
つまり、本というものは教育に直結するものだから、貧富の差なく、あまねく日本の市民が本を読める環境が大事で、そのために図書館がある、と。ここは僕らも、とても納得しています。
でも、その条文には教育のほかにもう一つ、「レクリエーション」、つまり娯楽のために、という一文もあって、そこはそろそろ消した方がいいんじゃないの、と僕は思うのです。だって、今はあらゆる娯楽が簡単に手に入る時代じゃないですか。
法律ができた時代の状況とは、まるで違っていますね。
今村:市民の娯楽のために、というなら、映画だって、ゲームだって娯楽なんだから無料で見せろよ、やらせろよ、と思うわけです。並んでもいいから、タダで見られる映画館を作ってくれよ、相撲も歌舞伎もタダで見せてくれよ、と。もちろん、極論だと分かって言っていますよ(笑)。
はい。
慎重に、と言っている間に作家が滅んでしまう
今村:図書館問題をめぐる論議では、最近になってようやく文科省主導で出版社、書店、図書館ら関係者間の対話が始まりました。そこに僕も参加していたのですが、その席で図書館側から「自分たちの貸し出しは、作家の収入に影響を与えていない」というデータが出ています。
データのとり方によって、数値は変わりそうですね。先ほどの今村さんのお話のように、売れていない作家の立場になれば、図書館は貢献しているし、売れている作家の立場になれば、図書館が利益減殺を行っている関係になる。
今村:しかし、一部のベストセラーには確かに(売れ行きに)影響がある。それは図書館側も認めるところです。で、対論として、僕はその場で言わせてもらったんです。「じゃあ、僕らも本気で自分らの利益を守るようにします。まずは本の値段を10倍にして、一般の購買者さんだけは、身分証明書の提示で9割を返金するシステムを作ります。でも図書館は定価で買ってください」って。
みなさんの反応はいかがでしたか。
今村:こいつ、やばいヤツや、と(笑)。
確かに。
今村:でもその後に言った「そんなことは誰も望んでないですよね」というフォローこそが、僕の真意なんです。
けんかのためにそういった極論を投げているのではなく、「あちらを立てれば、こちらが立たず」で「どうしましょう」「困りましたね」と言っているうちに、作家が滅んで、本がなくなってしまうのは本末転倒ではないですか。小田原評定を続けている場合ではないでしょう――ということを分かっていただきたいんです。
日本の人口減少問題と同じですね。
今村:どこの業界でも、いっぱいいはるんです、「慎重に論じていきましょう」と言う人たちが。でも論じている間に、ここまで来てしまった、という話ですよね。出版界はもう本当に、こんなことで争っている場合じゃない。それほど逼迫している。その中で、僕自身は自分ができることを最大限にやる。できるかできんか分からへんけど、突っ込んでいっていますからね(笑)。
書店の経営に乗り出し、今度はシェア型書店を始める、と。
今村:とにかくもう時間がありません。だから、速度感のある人と、あと、行動の意味を分かち合える人とやっていきたいです。
書店は人生の出合いのためにある
私のような昭和の人間にとって、かつて本とは本屋さんに行って、ぷらぷらと棚を眺める中で、偶然に出合うものでした。本屋さんにはその町々で違う文化の香りがあり、それを感じながら出合った本がたくさんありました。
今村:書店が町にある意味って、人生の中で大事な出合いのためだと、僕自身も思っています。JR九州の佐賀駅構内に「佐賀之書店」を新規出店した時も、今さら地方に書店ですか? といろいろ言われました。

でも、そこで僕は、小さな女の子とお母さんが絵本を選んでいる光景を見たんですよ。たった5分ぐらいの時間だけど、ここで立ち止まって母子でわちゃわちゃと楽しそうに話している。そういう時間は、僕がここに書店を出さなければ存在しなかった。そう思うと、自分がこの世に生まれてきて、アクションを起こす意味が身に迫ってきます。
今村さんにとって、その意味とは何なのでしょうか。
今村:それは他の人生に影響を与える、ということですね。自己満足かもしれんけど、せっかく大好きなこの世界に入って、食べさせていただいているのなら、「今村翔吾がいない出版界は想像がつかない」「あの時、今村翔吾が動いたから、今の出版界がある」と、いつかは言ってもらいたいじゃないですか(笑)。だったら、そこまでやったろうやないか、という思いがあります。
言うたら、調子こいているんだけど、お調子者でも何でもいい。「ほんまる」でも、みなさんからああだ、こうだと言われながら、今村翔吾ならではのアクションで旋風を起こしていきたいのです。
[日経ビジネス電子版 2024年4月25日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)

