
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第8回。
書店ビジネスは今、厳しい。それは取次にもダイレクトにつながっている負の状況です。その中で日本出版販売(日販)が設立した子会社「ひらく」を、この先どういう方向に持っていけばいいと考えておられるか。後編は、そのあたりから伺えればと思います。
書店ビジネスは「縮小」ではなく「縮絨」しつつある
染谷拓郎さん(以下、染谷):書店周りのビジネスは確かに厳しい状況にありますが、私はそれを「縮小」ではなく「縮絨(しゅくじゅう)」と捉えています。

縮絨?
染谷:たとえばウールのセーターって、洗うとぐっと縮んだりしますよね。
ええ、繊維が圧縮されてフェルトみたいになります。
染谷:それをウール業界では縮絨と呼んでいるということで、その言葉を知った時に、私がイメージで捉えている市場の状況と重なるな、と思ったんです。
「縮小」と「縮絨」では、どのように違うのでしょうか。
染谷:市場規模が小さくなっているのは確かですが、それでもベストセラーは次々と生まれていますし、本を愛する人はいなくなりません。むしろ、本好きが本にかけるパッションは強まっていると思います。まちの書店が姿を消している一方で、独立系書店、あるいはセレクト書店と呼ばれる、店主の個性が際立った書店にも多くのファンが付いています。そもそも人が生きる中で、本は絶対になくならないものだと私は考えていて、数としては減っていくかもしれませんが、ある程度の規模で、ぎゅっと強く、収まるところに収まるだろうと予測しています。
日販として、縮絨していく業界は、それはそれで守りつつ、「ひらく」は、そうでないところに、新しいビジネスをつくっていく、ということですか。
染谷:日販グループは「すべての人の心に豊かさを届ける」という言葉を経営理念にしています。「届ける」というのは段ボールの中に本を詰めて送っています、ということだけではなくて、ワクワクしたり、うれしくなったりする機会を、いろいろな形で提供していくということですね。文字通り、段ボールに本を詰めて送ってもいますが(笑)。
その、ワクワクしたりとか、うれしくなったりとかの事業化が、前編で伺った「文喫」「箱根本箱」でした。入場料制の書店である文喫は、入場料が損益分岐点にいけば持続可能なビジネスモデルだ、ということでよろしいですか。
染谷:基本はそうです。それに加えて、文喫を通して私たちがつくってきたブランドイメージを「のれん」にして、さらに幅広い事業に発展させる考えです。

2024年4月に原宿・表参道の明治神宮前交差点にオープンした「東急プラザ原宿 ハラカド」では、交差点に面した2階・3階共用部分に、雑誌の図書館「COVER」をプロデュースさせていただきました。「文喫」「箱根本箱」は、書店とホテルの新しい形の開拓であるとともに、「ひらく」のパイロットプロジェクトという意味を持たせています。
コアではない人々に本との接点をつくる
「ひらく」の事業は、大きく「文喫」「プロデュース」「公共プレイス」に分かれています。3つ目の公共プレイス事業とは、どういう仕事になるのでしょうか。
染谷:「文喫」や「箱根本箱」は、本好きの中でもかなりコアな層が対象ですが、同じ本を読むにしても、そこまでコアじゃなくて、身近に本があれば触れるし、賞をとって話題になれば読みたい、という方は多くいらっしゃると思います。というか、そのような方々が、一番厚い層として存在している。そこにきちんと本をつなげていくことを目的とすると、公共空間が大事な領域になるんです。
そうか。活字中毒ぐらいの本好きって、放っておいても自分から本を探して、能動的に読んでいますよね。
染谷:はい、そのようなコアな方々は、東京・神保町の書店街や、有名書店、独立系書店など、いろいろな接点がすでにあります。ですので、この層でパイの奪い合いはしなくていいと考えていて、そうであれば、違う接点をどう広げていくかが課題になります。公共プレイス事業では、新規、既存を問わず、図書館、公民館、公園などの基本構想策定やプロデュース、運営などを担います。
実際の事業には、どのようなものがありますか。
染谷:図書館という存在を通して、人々に地域の魅力に触れていただくことを目的とした「Library Book Circus」というイベントパッケージを、全国各地の図書館に提供しています。また、静岡県長泉町とは、今年2月に日販として「本を起点としたまちづくり」を目的とした包括連携協定を締結していて、文喫の出張形態「文喫 ハナレ」を長泉町の社会実験に展開したりもしています。茨城県常総市では、令和5年・6年のまちなか再生事業を受託しました。
出版流通やブックディレクションのノウハウがある私たちが、こういった公共プレイスのプロデュースを受託することで、まちづくりの中に「本が身近にある豊かさ」を提案していけると考えています。
今、国内外を問わず、世界のまちづくりで図書館を核にする再開発が注目されています。群馬県太田市の「太田市美術館・図書館」は、建築家の平田晃久さんによる建物が話題ですし、福井県敦賀市の「ちえなみき」では丸善雄松堂と松岡正剛さんが率いた編集工学研究所が指定管理者チームに入り、迷路のような棚作りで発信力を高めています。
染谷:その潮流はとても意識しています。
ただ、まちづくりの事業は、行政からの受託になりますよね。受託事業って、収益になりますか。
本のための「茶室」を用意する
染谷:いや、そこは結構ならないというか(笑)、なりづらいことは確かです。行政の受託事業の範囲だけで終わってしまうと、受託費は少ないし、手間数が多いしで、ビジネスは疲弊してしまいますね。
ですよね。公共プレイス事業については、どのあたりに収益の可能性を考えていますか。
染谷:まだ開拓の途中ですが、受託してまちづくりに関わったその後、その町や地域が発展する中で、実店舗を出す、あるいは地域事業にプロデュースで入るというように、民間ビジネスに参入していく2段階を考えています。
競合との差別化は、どのようにお考えでしょうか。
染谷:ちょっと変化球の視点になりますが、私自身の体験がヒントになっています。というのは、自分の毎日が仕事と家庭ばっかりで、行き詰まっていた時があり、それを変えたいと思って、子どもと一緒に茶道・裏千家の稽古に月1回、通い始めたんです。本当に体験教室ぐらいのレベルなんですが、茶室に入ると、やっぱりモードが変わるんですね。この季節なら花はこれで、器はこれで、掛け軸はこれだ、みたいなルール、約束事の中にいると、ちょっと背筋が伸びて、深呼吸したくなるんです。
自分が「ひらく」で、本のための場や機会づくりに取り組んでいるのは、本のための“茶室づくり”なのかな、と思いました。
なるほど、面白い。だったら“読書道”ができますね(笑)。日本人が好きそうです。
染谷:AIがこれからどんどん発達して、誰にでもエージェントやセクレタリーが付いているのが当たり前のような感じになったら、スケジュール管理とか、伝達とか、調べものとか、普段やっていることの半分ぐらいは、AIにまかせられますよね。そこで余剰の時間ができた時に、もう一度、本の出番が来るんじゃないかと私は期待しています。
その時は、AI以前に本が持っていた価値、意味はまた変わってくるのではないでしょうか。

染谷:これは今も肌で感じているのですが、本は生活必需品ではなくて、明らかに嗜好品になっていくと思います。
そうか。昭和時代に育った私は、本は「これがなければ生きていけない」ぐらいの生活必需品的なものでした。日本で本が一番売れた1970年代から90年代では、日本人はみな、ほぼそういうふうに思っていたのではないでしょうか。
染谷:私自身も子どもの頃は、実家の近くに図書館があって、小学生の時からそこに通った思い出が、強く記憶に刻まれています。たぶん、紙の本というものに思い入れを持つ最後の世代ではないかと思いますが、ただ、親の世代が持っていた「本を読むべし」とか「本はエラい」という価値観ではなくて、音楽や映画や、そのほかの娯楽の中に本もある、というフラットな捉え方をしているかもしれません。
生活必需品と嗜好品との間に、さらにグラデーションがあるわけですね。
本はワインと同じものになっていく
染谷:今の業界にはそこに大きな隙間があると思っています。今までは生活必需品としての本、雑誌が物理的に存在していたわけですが、スマートフォンなどの新たなデバイスの登場で、モノとしての本は代替可能になりました。
代替可能なものは、この先、さらに便利なものに取って代わられていくでしょう。しかし中身、コンテンツは代替可能ではありません。現在のコンテクストの中では、代替可能でないものは、嗜好品化していくと予測しています。
「本」ではなくて、物理空間としての「書店」「本屋」はどちらでしょうか。
染谷:そこをどう捉えるかが、難しいところですね。リアル書店はネット書店に取って代わられる部分も含めて、なお紙の本を物理的に売っていかねばいけないビジネスです。
その複雑さ、難しさが経営の苦しさの1つになっているとしたら、このあたりで発想を一気に転換して、今後は嗜好品に振ってしまえばいいのではないか。そうすれば、葛藤はなくなるんじゃないかと、私は思うんですね。
嗜好品化という方向性の象徴が、「ひらく」にとって、本を読むための空間事業ということですか。
染谷:そうですね。例えば映画の場合は、映画館に出かける時間も含めて、お客さまの時間を拘束し、それを価値に換えてビジネスを行っています。でも、本はお客さまに買っていただくところまでは、業界のみんなががんばっていますが、その先の読む行為、読める環境については、買った人の自由に委ねている。自由に委ねた結果、本がどんどん読まれなくなっているのだとしたら、そこに対して環境を変えていったり、つくっていったりする。それが事業になると考えているのです。
かつて寸暇を惜しんで本を読む生活を送ってきた私も、今では隙あればスマホを開けてしまっています。
染谷:「箱根本箱」は小田原を拠点に電車やケーブルカーを乗り継ぐ立地です。つまり、そこに行くまでの助走距離が長く、お客さまの拘束時間も各段に増えます。でも、そうやってわざわざ出かけた場所だからこそ、料理とワインと温泉で1泊2日を過ごすことが、価値になっている。
だとしたら、その設定の中で、ゆっくり本も読めますよ、と、そこまでやれば、「今日はちょっとスマホを脇に置いておこうか」という意識設定が可能になるのではないか。実際、そのぐらいの装置がないと、みんな本を読むというところまでリーチできない時代になっていると思います。
ああ……本がワインと同列になっているんですね。
本を必要とする人をどうやって増やすか
染谷:AIによって大きな余白ができた時に、そこを何で埋めるのかという、時間取り競争が、供給サイドから始まるはずだと考えています。それは旅行かもしれないし、いいコーヒー、いいワインかもしれない。その動きを先取りして、本のために場と時間を提供する、ということを私たちは「箱根本箱」と「文喫」で行っているのだと思います。
2023年に親会社の日販は、紀伊國屋書店、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と共同出資した会社「ブックセラーズ&カンパニー」を設立しました。これは大手書店と出版社が、取次を経由しないで、仕入れ数を決める取り組みで、日販は物流部分に集中して関わっています。長く業界を縛っている慣例に風穴を開ける画期的な取り組みとして、業界内の注目を集めていますが、ここと「ひらく」のビジネスはリンクしますか。
染谷:ブックセラーズ&カンパニーは、出版流通のど真ん中を改革するもので、私たちは、そのど真ん中とはちょっとはずれたところで、いかに新しいマーケットをつくるか、価値を届けるか、ということをやっているので、違った形で本との接点を創造しようとしています。私たちは日販の信頼を最大限に活用しながら、自分たちで、あるいはクライアントと一緒に、新しい事業をつくり、運営するモデルですね。
今、おっしゃった“日販の信用力”は、どういうところで実感されますか。
染谷:まだ世の中にない新規のアイデアでも、「日販さんだから」ということで聞いていただける。そのような、えも言われぬ、言語化できない、のれんの強さというのが、まずはあります。また、全国のほぼすべての出版社、全国の約半分の書店とつながっているところは、大きな強みです。新規の企画をいざ動かす段階で、それを実際に展開できる組織力や情報網は、事業のスピードにつながります。
日販は本の取次会社として、出版社、書店に対して最適なアプローチをしながら、本を必要とする人に本を届けるという企業としての使命を果たす。そこは変わらないところだと考えています。その上で、「ひらく」は、本を必要とする人をどのように増やすかに向き合い、本と接する場と機会をつくっていこうと考えています。

[日経ビジネス電子版 2024年10月9日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
