
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第9回。
「書店復興」のシリーズでは、直木賞作家・今村翔吾さんのアクションを起点に、書店業態で新たな挑戦をしている事例を追っています。2023年4月、会計ソフト会社freee(フリー)が東京・蔵前で開いた「透明書店」は、初期費用から月ごとの売り上げ、利益などすべてを文字通り“透明”に開示するという、大胆な運営が話題を呼びました。オープン1年を経て、その手応えをお聞きします。

2023年4月、東京・蔵前にオープンした「透明書店」は、近年、“セントラルイースト東京”として人気が高い蔵前エリアの一画にあります。店内の棚は新刊、リトルプレス、棚貸し(シェア型)と、バラエティーを持たせた約3000冊の品ぞろえ。ギャラリースペースも設置し、店内ではコーヒーやクラフトジンも販売して、店頭のテラスでそれらを楽しむこともできます。
それにしても、本とは関係のないITスタートアップが、なぜ衰退業態といわれる書店を営むのか。その経緯から聞かせてください。
バックオフィス業務の会社がなぜ本屋さんを?
岩見俊介さん(以下、岩見):freeeは12年の設立で、クラウド型の会計ソフトをはじめ、バックオフィス業務全般のソフト開発・提供を行っています。僕たちのメインユーザーは、個人事業主や中小企業主と、いわゆるスモールビジネスを担っている方々です。ほかならぬ当社も、創業した当時は社員数も少なくて、自分たちで経理や給与計算を行い、それをソフト開発に生かす、というサイクルでやってきました。

現在は従業員が1000名を超える規模になり、大企業化する中で、メンバーが創業時のチャレンジングな体験をする機会が減っています。そこで、自分たちの原点であるスモールビジネスに立ち返ろうという話になったんですね。
ということは、書店業というよりスモールビジネス支援業、と、とらえた方が正確ですか。
岩見:本質はそこになります。freeeのビジネスはITの無形産業で、店舗や在庫を持ちません。だったら、そこから一番遠い存在である小売業、店舗運営業を手がけることで、普段の業務では気づけないことが学べるんじゃないか、と考えました。
スモールビジネスの支援という時に、カフェや雑貨、アパレルではなく、書店を選ばれたのはなぜでしょうか。
岩見:そこは今村翔吾先生がお話しされている課題感とも通じるのですが、全国で書店の閉店が続いたり、大型書店でも苦戦していたりというニュースがある一方で、独立系書店、セレクト書店といわれる、個人の価値観を打ち出した書店は、むしろ増えています。
そうなんです。そこはすごく多様化していて、存在感のある書店がたくさん登場しています。
岩見:従来の書店というくくりでは、ちょっと表現しきれない状況は、僕たちfreeeが掲げている「スモールビジネスを、世界の主役に。」という、ミッションに通じていると考えたのです。
また、透明書店をやる前から、僕たちは「freee出版」という出版レーベルを持っていて、本を出す文脈も社内にありました。書店をやってみよう、というアイデアは自然な発想だったんです。
freee出版は、どのような本を出しているんですか。
岩見:大きく2種類あって、「起業時代」という雑誌と、スモールビジネスのヒントになる書籍です。書籍は超ニッチなビジネスを紹介する『ウルトラニッチ』(川内イオ・著)、倒産社長8人から学ぶ対談集の『倒産した時の話をしようか』(関根諒介・著)、子供時代の夢中体験をテーマにした『こどもの夢中を推したい 小中学生の遊び・学び・未来を考える7つの対談集』(佐藤ねじ・著)という3冊を出しています。

日経と「ほぼ日」が融合したようなテーマ設定ですね(笑)。出版物は取次を通して流通させているのでしょうか。
岩見:日販アイ・ピー・エスに営業・流通のご協力をいただきながら、各種取次経由で商業的に流通させています。
なるほど。スモールビジネス・スピリッツで、まさに出版と書店の両方に携わっているんですね。
スモールビジネスのサンプルとして収益をすべて公開
岩見:「透明書店」では実験的な店舗として、書籍とグッズ販売に飲食も加え、さらにギャラリーや棚貸しも行い、イベントも催しています。書店という業態は、物販や不動産業的なテナントリーシング、イベント業と、いろいろな業種、事業との親和性が高く、カルチャーのハブになるところも魅力ですね。
サブカル好きな知り合いが、最近、個人事業主としてオウンドメディアを回し始めました。各社のバックオフィス支援ソフトがある中で、「透明書店」をやっているからfreeeにした、と聞きました。
岩見:それはうれしい、ありがとうございます。「透明書店」の活動を知った方が、「freee、推せるわ」という気持ちになって、うちのソフトを選んでくださるというのは、僕たちのブランディング活動の1つの目的ですので、実例を伺うとうれしいです。
うちのようなBtoB企業がつくるソフトは、他社競合も含めてコモディティー化していく過程で、どうしても価格競争になります。その時に、多機能や使い勝手で勝負するとともに、情緒的な価値を付けて、顧客から愛着を持っていただきたい。その最新の活動が「透明書店」とも言えるのです。
「透明書店」はオープンから1年にわたり、初期投資から月ごとの売り上げ、利益をその名の通り全部開示して、透明性を打ち出されました。これは、すごくラジカルな試みです。
岩見:はい、包み隠さず、あけすけにやってきました(笑)。
なかなか踏み出せることではないと思いますが、社内で議論はなかったんですか。
岩見:もちろんありました。IRの観点で言えば、赤字続きの時に投資家から批判がきてもおかしくありませんし、リスク管理の観点から言っても、簡単な決断ではありません。でも、僕たちは書店事業以上に、ブランディングとマーケティングのためのアプローチと捉えていたので、議論を事前に全部行った上で事業に踏み出しました。
その推移はfreeeの公式note(https://note.freee.co.jp/n/n735d5102e7e5)で「お金まわり公開記」として、ひと月ごとに公開されていきました(「蔵前で小さな書店をオープン。1年経って気づいた15のこと」)。
例えば、初期費用1500万円の使いみちは、表や図を使いながら、次のように記されています。
〇設備取得費用(内装や電気・空調設備など):5,450,144円
〇仕入れ:3,861,251円
〇会社の設立費用:276,914円
〇その他(ロゴのデザインや販促費など):667,768円
〇当初の運転資金:2,388,113円
……本当に赤裸々ですね。そして、この連載で今村翔吾さんがおっしゃった通り、書店の開業には1000万円単位の初期費用がかかることが分かります。
「1年以内に単月黒字」宣言を達成
岩見:何かビジネスを始める時に、一番もやがかかっているのはお金周りだろうな、と。書店をやってみたいけど、お金周りが分からないので、一歩を踏み出せないのであれば、最初にこのぐらい費用がかかるとか、現実的に本はこれぐらい売れるといったリアリティーを届けることが大事だと思いました。
さらに、僕たちは最初に単月黒字化を1年以内に達成する、という目標を宣言しました。これは、ちょっと高いハードルだったと思います。
オープン月である23年4月は8日間の営業で、売上高は目標を大きく上回る130万円強。しかし、その後は書籍の売り上げが伸び悩んだり、突発的に費用が発生したりして、低迷する月もありました。
岩見:新しくビジネスを始めると、思いもよらぬことが、次から次へと出てくるんですよね。例えば内装は当初、借りた時のままでやっていけると考えていましたが、やはりそれでは成り立たないことが分かって、初期費用がかさみました。また、オープン3カ月ぐらいで運転資金が底を尽きそうになって、7月に親会社から500万円を借りています。そのときはやっぱり、キリキリしていましたね。
アップダウンを描きながら、11カ月後の24年3月に、売上高が過去最高の135万円に到達しました。そして24年4月、売り上げが265万円を超えて、宣言していた単月黒字を達成されています。
岩見:高めの目標に何とか1周年で到達できましたが、24年5月以降はまたちょっと赤字が出たりしましたので、この先は定常的に黒字化できることが目標です。
同時にnoteを使って、「透明書店店長・遠井の透明日報」という題で、遠井大輔店長が毎日つけている営業日誌も公開されています。透明書店に行ったことがなくても、それらの発信をハラハラしながら追うことで、いつの間にかシンパになっていました。
岩見:1年を振り返ってみると、書籍は月平均で70~80万円ぐらいの売り上げがありました。売り上げベースで言うと、書籍の構成比が高くなっています。
それは書店としては、健全な状況と言えますよね。
岩見:その通りです。ただ、粗利の構成比で見ると、書籍以外がぐっと大きくなって、そこは逆転してくるんです。粗利ベースでいうと書籍の部分はだいたい2割から3割程度で、イベントやグッズ販売、ギャラリースペースと棚貸しのレンタル代が7割、8割ぐらいになります。ちなみに24年4月に単月黒字を達成したときは、イベントがらみで販売したアートの売り上げがどーんと伸びました。
そうか。本は利益率が低いですからね。
新刊書を売るだけでは成り立たない
岩見:最初に事業計画を立てた時点で、新刊を売るだけだと成り立たないだろうことは、分かっていました。ですので、当初から書籍、物販、イベント、飲食など、プラスαは考えていましたね。
「透明書店」では、「素敵な本屋のつづけ方」というタイトルで、独立系書店の先輩を招いて経営相談をする会のようなイベントを催しているのですが、人気のある書店のオーナーさんは、正攻法だけでなく、多彩なプラスαを持っていることを実感します。
例えばどんなプラスαなのですか。
岩見:倉庫のような物件を借りたことで、不動産の初期費用がほとんどかからなかったとか、本屋とは別に仕事を持っているとか、それぞれの仕掛け、工夫とともに回しておられます。
「透明書店」はいまのトレンドである棚貸し事業「シェア型書店」も導入されて、新刊とハイブリッドで品ぞろえをしています。ただ、棚貸しはスタート時はなかったですよね。
岩見:23年12月にギャラリースペースの壁面を使って、棚貸し用の54棚を設えました。その内装費約120万円のうち半分をクラウドファンディングで募ったところ、ありがたいことに80万円以上が集まりました。

なぜそんなに集まったのでしょう?
岩見:リターンとしてシェア棚を1カ月、3カ月、5カ月間利用できるプランを付けたことで、書店経営に興味のある方々から関心を持っていただけたと思います。利用期間を過ぎた後、継続したい方はサブスク契約に移行します。入会金が税抜き1万円で、月額利用料は棚の位置にかかわらず、一律で税抜き5200円。売り上げの手数料は10%をいただいています。
棚貸しの収益貢献度はいかがでしたか。
岩見:54棚に棚主さんが付いて、毎月サブスク代金が入ってくると、ちょうどここの家賃と同じぐらいの金額になるので、棚貸しが安定すると、心理的には相当楽になります。
同時に、いつか本屋を開きたいという方の一歩目として利用していただいたり、棚主さん発案の企画で透明書店のスペースでイベントを開いたりと、スモールビジネスにチャレンジする後押しもできつつある状況です。
イベントが効果的とのことですが、freeeの会計講座、みたいなベタな企画もできそうですよね。

岩見:実は親会社に直結するようなプロモーションは、ここでは積極的には行っていないんです。昨年は秋口にインボイス制度がスタートして、リトルプレスの作家さんや、その作品を発注する個人書店からのニーズがあったので、税理士さんを招いて、いろいろ聞いてみる会を催しましたが、「透明書店」がfreeeのショールームになり“すぎる”ことは、僕たちが考える顧客との望ましいコミュニケーションではないと考えています。あくまでも、自然にfreeeに愛着を持っていただく、ということを意識しています。
こうなったら書店はやめよう、という撤退ラインは設定されているんですか。
岩見:freeeのブランディングに重きを置いていますので、資金的な面ではなく、「これ、freeeがやる意味はないんじゃないか?」といった議論になった場合に、もしかしたらあり得る、という感じです。僕らは社内の議論で「マジ価値」という言葉を、よく使っています。つまり、本質的な価値という意味ですが、書店という業態をfreeeが行うことには「マジ価値」があると感じています。また、書店は経営が難しいから、逆説的にチャレンジのしがいもありますね。

開業2年目に入って、スモールビジネスの手応えは、さらに出てきましたか。
岩見:この4月に単月黒字をクリアできたことは、今後の希望になっているので、秋に読書が盛り上がるシーズン以降を、定常的に単月黒字にしていくことが、当面の目標です。それができると、僕たちの思う「自由な経営」という形の例として無理なく提示できますし、例えばここでの棚貸しをきっかけに、スモールビジネス精神で書店を経営する方が出てきてくださると、とてもうれしいです。
(※後編に続きます)
[日経ビジネス電子版 2024年10月10日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
