(写真=日販)
(写真=日販)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第7回。

 書店を復興するために何が必要か。当事者としてアクションを重ねる作家の今村翔吾さんは、2つの流れがあると言っています。(「本と書店の未来のために必要なのは議論より『行動』です」)

 1つは書店業態を多様化させて、新しい事業領域を開拓していくこと。もう1つは、出版社、取次、書店と、業界の関係者が知恵を出し合って、構造改革に取り組むこと。

 出版・書店業界のメインプレーヤーの1人、取次大手の日本出版販売(日販)は、本を媒介にした「場づくり」に活路を開こうとしています。

日本の出版・書店業界には、独自の問屋システム「取次」が存在します。書店の閉店が続く中で、取次も傘下に書店グループを組織したり、無人書店を開発したりと、多彩な手を打っています。今日は大手2強の1つ、日販が進める「ひらく」の事業についてお話を伺います。まず「ひらく」がどのような背景で、どのような事業をされているか、教えていただけますか。

染谷拓郎(そめや・たくろう)
染谷拓郎(そめや・たくろう)
1987年、茨城県出身。麗澤大学外国語学部卒業。2009年、日本出版販売株式会社入社。17年に日販グループ会社「株式会社ASHIKARI」取締役に就任し、24年より代表取締役社長。22年、日販の100%子会社「株式会社ひらく」代表取締役に就任。プランニング・ディレクターとして、本に関連した企画プロデュース、事業開発、サービス設計を行う。(写真=猪俣 博史)

染谷拓郎さん(以下、染谷):株式会社「ひらく」は日販が2022年4月に設立した子会社です。前身は15年に日販の中で立ち上がった新規事業を取り扱うリノベーション推進部です。ちなみに、その時の事業部責任者が、現在の日販グループホールディングス社長の富樫建でした。書店への来客数や売上高の減少は、その頃から大きな課題で、取次の立場から状況を変えていくにはどうしたらいいか、社を挙げてトライアルを重ねていました。

書店業界には「作家」「出版社」「取次」「書店」というステークホルダーがいて、大きなビジネス・エコシステムを構成しています。書店数の減少問題を、書店だけで解決しようとしても、限界がありますよね。

染谷:その通りです。サプライチェーンの一環である取次がアプローチすることによって、状況が変えられるのではないか。ということで、リノベーション推進部では日販グループの書店のリノベーションや、新しい業態開発を手がけていました。その中でエポックになった事業が18年にスタートした「箱根本箱」と「文喫」の2つでした。

「箱根本箱」は1万2000冊の本を内にそろえたブックホテル。「文喫」は喫茶や企画展スペースを備えた入場料制の書店で、いずれも “心置きなく本に浸れる空間”に焦点を当てて、開業時に話題になりました。

ブックホテル「箱根本箱」
ブックホテル「箱根本箱」
入場料制の書店「文喫」(写真=猪俣 博史)
入場料制の書店「文喫」(写真=猪俣 博史)

染谷:取次会社がホテルや入場料制書店の経営に乗り出すのは、それまでになかったことで、目新しいトレンドとして、いろいろなメディアに取り上げていただきました。この2つが話題になったことで、社内でこの事業を深掘りしていこうと、方向が見えたのです。

事業部から子会社になったのは、どういう理由だったのですか。

染谷:課題点が分かっていても、私たちの業界は、構造として大きく変化することが難しい現実があります。それは、これまでのビジネスモデルが、あまりによくできていたからでもあります。

 このシリーズで今村翔吾先生がお話しされていた通り、出版・書店業界は1990年代から2000年代前半まで、雑誌を中心に出版物がめちゃくちゃ売れた時代があり、それによってステークホルダー全員が潤いました。

 特に漫画誌ですが、売れている雑誌、ベストセラーになっている本を、いかに大量に、かつ効率よく届けられるか、その流通システムの追求が、当時の取次事業においては非常に重要だったわけです。

効率と収益が両立しやすい装置産業的な環境だったわけですね。

染谷:そうですね。そして装置産業はいったんシステムが回り始めると、その後はシステムをメンテナンスすることに、労力が集中されるようになります。その結果、システムは正面から押しても、ビクともしない大きな岩みたいに強固になっていきます。

ただし、時代が変わると、その強固さが変化への足かせになります。

染谷:まさしく、それが私たちの業界の大きな課題になっています。ただ、そのような岩でも、脇に小石を挟んで押してみたら、ごろっと動いた、みたいなことって、あるじゃないですか。「ひらく」は日販の幹とはちょっと違った、オルタナティブな方向からのテコ入れになります。

従来の取次のビジネスモデルとは違うアプローチなんですね。

染谷:はい。「自社で投資して、経営も行う」という直営モデルと、「クライアントからお仕事をいただく」という、いわゆるクライアントワークの2方向で事業を行っています。

御社では「箱根本箱」を“ブックオーベルジュ”と呼んでおられます。館内の部屋数は18室で、すべての部屋が温泉露天風呂付き。食事は神奈川、静岡産の食材を生かした“箱根のローカルガストロノミー”と、それに合わせたワインのセレクション。圧巻は、大きな吹き抜けの壁一面に本が並ぶインテリア。いずれもメディア映えするもので、そこはずいぶん狙っていますね。

染谷:「箱根本箱」の建物は、もとは1984年にオープンした日販の保養施設です。建物はちゃんとしているのですが、ただオープンから30年以上ともなると、内装もコンセプトも古びて、稼働率も下がり、保養所としてはもう役目が終わっている。とはいえ立派なものだし……「どうしよう?」みたいな状況があったんですね。

立地は箱根登山鉄道「強羅」駅から箱根登山ケーブルカーに乗り換えて、「中強羅」駅から歩いて4分という、非常に箱根らしさを感じる環境にありますね。

染谷:だとしたら、建物を今の時代にアップデートして、それを当社の新規事業の象徴的なプロジェクトにしよう、と。

「箱根本箱」のデザインには斬新だな、と驚くと同時に、「本当に本で集客ができるのだろうか?」という疑問も持ちました。

染谷:「本」と「居心地」を最上位に置いて、部屋数を18室に絞り、エクスクルーシブなホテルに転換して、集客、稼働する。従来、BtoBである私たちにとって、BtoCでいくことは、1つのチャレンジでしたが、現在、お客さまの単価は1人4万5000円ぐらいで、稼働率は約80~90%で安定して推移しています。

え、それは意外なほど高い稼働率ですね。決して安い価格帯ではないのに、それで稼働率90%ということは、常時満室といっていいぐらいですか。

染谷:はい、そうなります。

宿泊客は日本人がメインでしょうか。

染谷:コロナ自粛が本格的に明けて以降は、約3割がインバウンドのお客さまです。

売り上げの構成比が気になります。本の売り上げは大きいのでしょうか。

染谷:館内にある1万2000冊の本は、新刊、古書、洋書からセレクトして、お客さまはそれらを自由に読めて、お買い上げいただくことができます。ただ売り上げ構成としては、やはり宿泊と飲食がメインで、本や雑貨の比率は小さいです。ただし、体験の比重としては「読書」の占める割合は非常に大きいと考えています。

収益の柱はホテル業であり、ブックホテルという特徴を打ち出すことで、アッパーマス以上の層に来館の動機づけを行っている、ということですね。

染谷:今、箱根はアフターコロナで観光客が大きく戻っていて、周辺のホテルの稼働率も高くなっています。実際、アクセスの拠点となる小田原駅で降りると、外国人観光客でいっぱいです。競合の中で特色を打ち出していくことは大事なことと考えています。

会社の保養所のリノベーションなら、外資でも、国内企業でも、既存のホテルブランドを運営に持ってくる方が、事業として採算を描きやすくはありませんでしたか。

染谷:そこは確かにそうです。会社の単純な資産活用と、ROIなど投資比率で考えれば、すでに名前を知られたホテルブランドを導入する方が効率はいいかもしれません。でも、私たちは自分たちで独自にソフトを開拓する道を選びました。書店来客数や売り上げ減少に、取次の立場から向き合ってきた新規事業として、単にホテルにつくりかえるのではなく、多くの生活者に新しい「本との関係性」を見つけていただける場所をつくる方が、望ましい選択になると考えたからです。

「本」という文化財を扱ってきた会社として、数値化できないところに注力するというのであれば、「箱根本箱」は一種の文化投資とも取れます。ちょっと振り返りますと、開業2年後にコロナ禍に見舞われましたが、そこはいかがでしたか。

染谷:浮き沈みはありましたが、コロナ対策をした後はむしろ好転して、連泊で使ってくださるお客さまもいらっしゃいました。コロナを乗り越えたことも、私たちとしては手応えになっています。

書店の減少とともに、日本人の本離れがいわれて久しいですが、本はまだ「効く」のでしょうか。

染谷:実はコロナ最中の2020年に、書店業界は全体的に売り上げが伸びたんです。それまで娯楽市場の時間の奪い合いゲームの中で、本は押されていたわけですが、ある条件が設定できれば、今の人たちにも本を読んでもらうことは可能なんだ、という気付きがそこにはありました。

ブックホテル「箱根本箱」はこうして生まれた

「箱根本箱」は、コンセプトや空間づくりに、外部の方も関わっていますか。

染谷:はい。「株式会社 自遊人」社長で、クリエイティブ・ディレクターの岩佐十良さんに、プロデュースをお願いしています。

箱根本箱
箱根本箱

ああ、「里山十帖」(新潟県)のプロデュースで有名な岩佐さんですね。岩佐さんは00年に東京で雑誌『自遊人』を創刊し、14年に「里山十帖」、20年に「松本十帖」(長野県)という、宿泊施設を核にしたライフスタイル事業を展開。雑誌が持つ“編集力”の実業的な応用が注目されています。岩佐さんの起用は、どういう経緯だったのでしょうか。

染谷:日販グループホールディングス会長の吉川英作と社長の富樫が、デザイン系のサミットで岩佐さんの基調講演を聞いたことがきっかけです。同じ出版業界の方が先行的な事例に取り組んでおられるということで、「ぜひ一度、うちの保養所を見に来てください」と、吉川、富樫がお願いし、岩佐さんからもご快諾をいただいて、話が進みました。

トップのフットワークが軽いですね。

染谷:私自身も岩佐さんのお仕事には、興味と敬意を持っていたので、すごくワクワクしました。その時に岩佐さんからご提案をいただいたのが、今のブックホテルの原型となる「本が読めるホテル」というアイデアでした。岩佐さんの企画書は読めば読むほど魅力的で、こんなこともやってみたい、こんなホテルにしたいというアイデアがどんどん膨らんでいきました。

染谷さんには「あのホテルを参考にしたい」といったロールモデルはあったのでしょうか。

染谷:具体的なモデルはなくて、私の想像で「ブックホテルがある1日」というストーリーを構想して、20ページほどの企画書に仕立てたものがありました。その手法は三菱商事勤務時代にスープストックトーキョーを社内創業された遠山正道さん(現・スマイルズ代表)が、起案の際に書かれた「スープのある1日」という企画書をまねたものです。強いて言うと、それがロールモデルですね。

それは面白い。どんな内容を書かれたのでしょうか。

染谷:遠山さんの企画書は、スープストックトーキョーがある未来を日記風のストーリーブックに仕立てたものです。まだ現実にないものを、すでにあるように書かれていて、スープストックトーキョーという店が私たちの日常に必要なのだ、とワクワクするような説得力がありました。私もいつか、その手法で企画書を書きたいと思っていたんです。

染谷さんが書かれた企画書、さわりを見ることはできますか?

画像のクリックで拡大表示

こういう説得の仕方があるんですね!

染谷:すみません、狙っています(笑)。ここでも、プロデュースやディレクションを外部の専門家に丸投げする方が、もしかしたら楽だったかもしれません。でも、それでは自分たちの会社に何も残りませんので、独自のコラボレーションを模索しました。

「箱根本箱」と「文喫」のプロジェクトは並行していたのでしょうか。

染谷:はい、並行で進めていました。

「文喫」はどういう経緯で?

染谷:「文喫」のプロジェクトは、日販グループが静岡市に持っている古いビルの活用が発端でした。それでスープストックトーキョーに出店のご相談をしたのがきっかけです。

遠山さんは三菱商事の社内ベンチャーとしてスープストックトーキョーを営む「スマイルズ」を設立された後、08年にMBOでその全株式を取得し、独立されています。スマイルズの出資事業の1つに、銀座の「森岡書店」(※)という極めてユニークな書店もありますね。伝手(つて)があったのでしょうか。

※「森岡書店」:同書店オーナーの森岡督行さんが銀座で運営する「一冊の本を売る書店」。ここでは森岡さんが1週間ごとに選書した1冊を販売するという、ラジカルな販売方法が内外で話題を呼んでいる。

染谷:いえ、私たちに伝手は何もなくて、最初は定型通りに、スマイルズのHPのコンタクトフォームからご連絡したんです。それこそ、うちのビルに「スープストックトーキョーの新業態で入居していただけませんか」みたいなご相談です。でも、それにはお返事がなくて、これは、やはりちょっと違うやり方にしなければ関心を持っていただけないな、と思って次はお手紙を差し上げました。

今村翔吾さんが佐藤可士和さんに出したみたいに? (「佐藤可士和を電光石火で動かした作家・今村翔吾の『手紙』」)

染谷:そうなんです。今村先生と同じように直筆で書きました。

今村さんと同じく13枚?

(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

染谷:13枚はいかなくて、3枚ぐらいでした(笑)。そうしたら、「相談に乗ります」というお返事をいただけたのです。話はちょっとずれますが、箱根本箱では谷川俊太郎さんにオリジナルの詩を書いていただいています。それもお手紙でお願いして実現したものです。ここぞという時は、直筆、アナログが結構大事なんだな、と実感しています。

37歳が引っ張る取次の新業態

未来のユーザー物語を記す企画書と、直筆ラブレター作戦という、ビジネスに効きそうな染谷流を教えていただきました。あの、ここで、染谷さんの年齢を伺ってもよろしいですか。

染谷:私は1987年生まれで、今、37歳です。

あ、お若い。まだ40歳にいかない方が、こうやって事業の中心的な役割を担っているのですね。今村さんも今年40歳で、同年代ですね。

染谷:「ひらく」もだいたい、私と同じか、若い世代のメンバーが多いです。

そうなんですね。ちなみに染谷さんは、学校では何を勉強されたんですか。

染谷:大学は外国語学部の英語学科でしたが、その手前に、もともと本、音楽、映画が大好きで、そのようなカルチャーにどっぷり浸かっていた時間がありました。特に音楽が好きで、ずっとバンド活動もしていたんです。何しろ英語学科に進んだのも、外国の歌を歌詞カードなしでも分かるようになりたいという動機だったので。

その延長で、本に関わる会社に入社されたということですか。

染谷:就活の時、日販が掲げていたキャッチフレーズが「本を中心とした文化の総合商社です」みたいなものだったんです。私はよく分からないまま、「そうか、文化の総合商社か」と思い込んで、入社した後に、「あれ? 物流会社じゃん」と、ちょっとショックを受けて(笑)。

染谷さんのその学生的な認識は、世間の認識とほぼ重なるんじゃないかと思います。

染谷:確かに文化の総合商社ではあるのですが、実際は毎日、汗をかきながら物流的にも商流的にも本を全国に送る、という仕事です。

どの仕事も、現実は泥臭いものですが、自分が描いていたイメージとの落差に直面して、だったら自分はこういうところを開拓しようとか、そういうことがあったんですか。

染谷:入社当時は物流の配属で、肉体労働的な厳しさに日々、直面していました。その代わり土日は音楽活動に没頭して、CDを作ったり、ライブをやったりしていました。日曜日に長野でライブをやって、ギターを抱えて夜行バスに乗って、そのまま持って出社する、みたいなことをやっていたんです。

そこは、ビバサラリーマンですね。

「君が土日にやっていることが仕事になりそうだよ」

染谷:当時は生意気にも会社の業務は単調だと思っていて、土日で自分がやりたいことをやって、くすぶりを発散させていたのですが、そんなことを6年ぐらい続けるうちに、仕事も音楽も行き詰まった感が増してきて、だったら会社をいったん辞めようと思って、退職届を上司に出したんです。

 ところが、それが社内で新規事業の構想が出てきたタイミングで、上司から「お前が土日でやっているようなことを、メインでできるようになるかもしれないから、転職する気でそっちに行ったら?」と、言葉をかけてもらいました。当時、私は何も考えてない、情けないやつだったので、「じゃあ、そうします」みたいな感じで、退職届をすごすごと取り下げて……。

青春小説みたい。というか、日販っていい会社ですね。

染谷:懐が深いです。入社から最初の6年間、私は本当に1円も生み出さない社員で、振り返ると恥ずかしい限りです。でも、新規事業に関わる中で、ようやく自分の役回り、責任に自覚が出てくるようになりました。

それで、静岡の物件を機会に、あこがれの遠山さんに仕事をお願いした、という流れだったんですね。

染谷:はい、最初はスープストックトーキョーの新業態でお願いできないか、みたいなご相談をしたのですが、「それでは面白くないから、新しい事業をつくっていこう」というレスポンスを遠山さんからいただき、そこからぐーっと話が転がって、「文喫」の根っことなるアイデアができていったんです。ディスカッションをする中で、遠山さんが「漫画喫茶を『漫喫』と言うなら、文化を喫するのは『文喫』だよね」ということをぽろっとおっしゃって、「あ、そこかも!?」と。

漫画喫茶は例えば90分500円というような、時間・空間の区分所有に対する課金モデルです。本にもそれが適用できるんじゃないか、ということですね。

染谷:いってしまえば簡単ですが、本にとって、そこはなかなかの盲点でした。ただ、静岡の物件は最終的に条件が整わず、遠山さんも私もいったん「文喫」のプロジェクトから外れました。そうこうしているうちに、今度は日販の営業から、六本木の青山ブックセンターが閉店するらしいから、その跡地で何かできないか、という話が来ました。ここで眠っていたあの企画をもう1回考え直そう、ということになり、「文喫 六本木」ができていったんです。

「文喫 六本木」(写真=猪俣 博史)
「文喫 六本木」(写真=猪俣 博史)

六本木交差点の青山ブックセンターといえば、昭和時代を過ごした書店のオールドファンには、本当に思い入れの深いお店で、あそこに行けば最先端の面白い本にいっぱい触れることができて、あと、深夜にコーヒーが飲めるところも最高でした。あのビルは不動産としては日販の持ち物だったのですか。

染谷:いえ、ビルは別の所有者さんのものです。

そうなんですね。文喫の「入場料」は1日1650円(税込み)。しかし漫画喫茶みたいに、滞在する時間にお金を払って、さらに本を買ったり、読んだりする人がいるのでしょうか。

染谷:どこで一番利益が生み出せるかといえば、それは入場料で、その利益は全体の7割を占めています。私たちの業界は、本を売るだけではなかなか成り立たない時代に入っています。本を大切にしながら、そこで過ごす時間や体験など、本の周りで生まれるものでビジネスを成り立たせて、その上で価値のある本を提案したり、売ったりしていく。これからは、その部分の開拓が必須だと考えています。

文喫は、2021年に福岡で「文喫 福岡天神」、今年は名古屋で「文喫 栄」と展開されています。

染谷:4月にオープンした名古屋の栄店は、六本木店のように1日1650円という入場料設定ではなく、時間課金制の料金体系をとっています。予想客数と滞在時間は事前に試算していましたが、実際はそこよりもちょっとアンダーになっていて、その代わり、本、雑貨が予想以上に売れています。

「文喫 栄」(写真=日販)
「文喫 栄」(写真=日販)

収益構造が六本木店とは、また違うんですね。

染谷:想定上の事業計画と現実は、やっぱりギャップがありますね。

「文喫」では、自宅でも職場でも、サードプレイスでもない本空間で、読書や考え事に没頭することができます。ゼロからこのモデルを生み出すのは相当なジャンプだと思います。

染谷:はい、本の売り方、読み方を大きく変える大ジャンプでした。そこは日販の信用力をもとに、無鉄砲に近いような挑戦をさせてもらったと思っています。

(後編に続きます)

日経ビジネス電子版 2024年10月8日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)