(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第10回。

 2023年4月、会計ソフト会社freee(フリー)が東京・蔵前で開いた「透明書店」は、開業から1年間、月ごとの売り上げ、利益などすべてを“透明”に開示してきました。オープン1年を経て、その手応えをお聞きします。

(写真=猪俣 博史、以下同)
(写真=猪俣 博史、以下同)

「透明書店」では開業から丸1年、「お金まわり公開記」として、売り上げや利益など、自社サイトに連載されてきました。開業1年目(2024年4月)に、岩見さんは振り返りとして、「1年前の自分に教えたい! 代表・岩見の『15の気づき』」で、これまた赤裸々に実際を語っています。(リンクはこちら→https://note.freee.co.jp/n/n735d5102e7e5

岩見俊介さん(以下、岩見):これは僕もやってみて初めて分かったことですが、店舗の立地や広さについて、事前にもっと考えてもよかったですね。蔵前という場所は正解でしたが、駅からの人流をもう少しチェックすべきだったなあ、と。フェアやイベントが大きな収益源になったので、今から考えればオープンする前から人とのつながりをつくっておくべきだった、という反省もありました。

岩見俊介(いわみ しゅんすけ)/透明書店代表取締役
岩見俊介(いわみ しゅんすけ)/透明書店代表取締役
1989年、愛媛県生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、広告会社「iPLANET」を経て、アパレル会社「ストライプインターナショナル」へ。ライフスタイルブランド「koe」のブランドプロデューサーとして、アパレル・飲食・ホテルの複合施設の企画プロデュースとホテルマネジメントに携わる。2022年freee入社。ブランドチームで新規ブランドアクションを担当。22年、同社子会社「透明書店」の代表取締役に就任。同社の出版レーベル「freee出版」の責任者も務める。

収益を支えるのはイベント

「出版・書店業界はまだFAX文化が根付いているので、FAXを置いてよかった」とか、「完全キャッシュレスより、現金があった方がやっぱり安心」とか、細部に「そこか!」というリアリティーがありました。利益率という点での気づきに絞ると、やはりイベントですか。

岩見:はい、収益の柱になっているのは継続して行っているイベント事業です。もともと透明書店の認知拡大と集客のためだけではなく、イベント単体でも収益をつくることを目的にしていました。いいテーマ設定、ゲスト、企画であれば、通常の書店営業ではつくれない売り上げがつくれるところですので。

開店1周年記念には、マガジンハウス取締役の西田善太さんと、NUMABOOKS代表でブック・コーディネーターの内沼晋太郎さん、岩見さんと3人で「これからの本屋と透明書店」についてトークをされました。西田さんは雑誌『BRUTUS』の元名物編集長、内沼さんは独立系書店の代表格「本屋B&B」(東京・下北沢)の共同経営者。本好きにはたまらない組み合わせです。

本棚の下に収納された丸椅子が、イベント開催時に活用される
本棚の下に収納された丸椅子が、イベント開催時に活用される

岩見:ほかにも「透明書店」が推したい本の著者によるトークなどいろいろ催して、本好きの方に来ていただくことができました。

アーカイブを見たいと思うイベントがいくつかありましたが、期限が切れていて見られず、残念でした。

岩見:そうなんですね、すみません。実はアーカイブ販売の売り上げもアテにしていたのですが、そこは思ったほどいかなかったんです。アーカイブ販売は粗利率100%だ、みたいに皮算用していたのですが、現状では1コンテンツで数本売れるぐらいで、まだそこを充実させることができていません。

そんなものなんですか。

岩見:イベントは、やはりリアルタイムの、その瞬間の鮮度、ライブ感が大きいんですね。それ以前に、イベントは「やれば人が集まる」わけではないことも、実際にやってみてよく分かりました。中身を磨くことは、とても大事ですし、発信方法も、継続方法も改善の余地がいっぱいあります。

「日経ビジネス電子版」も、オンラインのライブイベントなどを催していますので、参考になります。

岩見:利益を支えたもう1つの柱は、レンタルスペースの売り上げです。「透明書店」にはギャラリーと棚貸しという、2つのレンタルがあり、ギャラリーは主にクリエイターや法人に、棚貸しは個人のお客さまに向けています。スペースは仕入れなどの原価がかからないので、売り上げがほぼ粗利になります。ここが埋まる、埋まらないとでは、経営に大きな違いが出てきますね。

 ギャラリーはスペースの賃貸料にとどまらず、展示を見に来たお客さまが、ついでに本や関連グッズを買ってくださったり、ドリンクを頼んでくださったりします。その「ついで」の積み重ねが意外と大きかったです。

選書は書店チームが独自に行う

「透明書店」はスモールビジネスを支援する、という強いメッセージの下で経営されています。原点としての質問になりますが、書店として棚に並べる3000冊の選書は、どのように行われたのですか。 

岩見:書店プロジェクトをfreeeで立ち上げた時は、内沼晋太郎さんにコンセプト、棚作りのご協力をいただきました。現在、「透明書店」で店長を務めている遠井大輔も「本屋B&B」で修行させてもらい、そこで学んだことを基礎に、オープン後は僕たちのチームが独自に品ぞろえを開拓していきました。

サブカルチャーやリトルプレスの本も多いが、起業、ビジネスに役立つ品揃えもしっかり
サブカルチャーやリトルプレスの本も多いが、起業、ビジネスに役立つ品揃えもしっかり

本の仕入れは取次を使っていますか。

岩見:「透明書店」では新刊だけでなく、書店と直取引を行っているトランスビューやミシマ社のようなユニークな小規模出版社や、リトルプレスやZINEと呼ばれる個人出版本も充実させています。ただ、まずは本に関する全般的な商流通を把握しておきたかったので、トーハンさんと取引をさせてもらっています。

大手の取次を使うと、いらない新刊までが抱き合わせ販売みたいにどっさり届いて、本当に欲しい本は配本してもらえないという声を、地方の書店経営者が上げていました。そういう問題はありますか。

岩見:いわゆる「見計らい配本制」ですね。うちではそのやり方ではなく、こちらで欲しい本を発注して、委託販売で売る「申し込み配本制」を採っているので、その問題はありません。

なるほど。しかし、申し込み配本制にすると、書店側の手間が大きくなるのでは?
岩見:はい。毎日、新刊チェックを行って、この本を〇冊配本してください、みたいなことをやっているので、時間と手間はかかります。

その新刊チェックは、どのようにされているのでしょう?

岩見:例えば「版元ドットコム」というサイトでの新刊情報や、出版社からメールやFAXで送られてくる新刊案内、個別で「透明書店」に来てくださる書店営業の方の情報などをチェックしています。あとSNS上で作家や本好きが発信している情報も常に注意して見ています。

きめ細かくされているんですね。書店にとって手間のかかる「申し込み配本」を採るメリットは、どこにありますか。

岩見:「透明書店」ではコンセプトを明確にして、ブレのないように棚を作っているので、見計らいで、どの棚にも挿せない、置けない本がぼーんと届いて、返品をするとなると、手間とともに物流のコストや環境への負荷がかかってしまいます。

慣習が労働負荷や環境負荷につながることは、書店にとっても、世の中にとっても、よくないですね。

岩見:そういうことの改善も、「透明書店」を経営する意味だと考えています。

その上で、大手の取次と取引する利点は、どこにありますか。

岩見:例えば買い取り前提で、仕入れの掛け率を下げられないだろうか、ということも念頭に置いて、様々な取引先を考えたのですが、やはり広くあまねく本を仕入れられることで大手にはアドバンテージがあると思います。大手取次は、書店ビジネスの現状についても課題を把握して、さまざまな取り組みをされています。ビジネスにとっては、最新の動向や情報交換も大事なことですので、その点でも大手の力を感じています。

書籍の利益配分はどうなるのが理想だろう

本の利益配分は現在、著者10%、出版社60%、取次10%、書店20%という相場になっています。既存の構造で、ここがもうちょっと改善されれば、町の本屋さんはやりやすくなる、という点はありますか。

岩見:僕は前職がアパレル業界でしたので、そちらと対比してみます。アパレル、雑貨は、仕入れの掛け率が55%から70%が相場ですので、それと比べると書店の取り分は少ないと思いますね。アパレルは単価、上代をある程度高く設定できます。でも、単行本の売れ筋は、1800円ぐらいまでです。今村翔吾さんもおっしゃっていたように、そもそもの本の上代が安すぎる問題が、そこにはあるかもしれません。

厳密な計算でなく、直感で結構ですが、本の単価と掛け率は、どれくらいだといいでしょうか。

岩見:書店にとって、うれしい掛け率……ということですよね。「透明書店」の遠井店長に聞いたところ、「60%ぐらい」ということでした。ただ、これは本の上代にもよってきますよね。ジャンルにもよりますが、本体価格が2200円を超えると、やはり本の売れ行きは途端に鈍り出します。

本をつくるほうの立場から言うと、著者を守るために本の価格を引き上げるアイデアも肯定したいのですが、自分が本を買う時に価格が2000円以上だと、やはり考えてしまいますね。

岩見:とはいえ、本の上代が例えば2200円前後になり、仕入れの掛け率が60%になるなら、書店はいろいろなチャレンジが可能になります。

ということは、現在の構造で書店を成立させることは難しいという、そもそもの問題意識に戻っていきますね……。

岩見:規模の大小にかかわらず、書店単体で利益が出ているところは、おそらく非常に限られているでしょう。多くの書店が、別の事業もやりながら、心意気や使命感で店舗を存続させている。それが書店業界の特殊なところだと思います。

ちなみに、日本社会における文化・教養の価値の保全とともに、書店ビジネスを守っているといわれる「再販制度」「委託制度」は、やはり書店にとっていいことなのでしょうか。

岩見:販売予測が立ちにくい本の場合、委託制度がありがたいと、現場で感じることはあります。ただ、ここはまだ僕らの中で明確な答えは出ていません。それぞれ一長一短があるな、というのが現在の正直な感想です。

そのあたりは試行錯誤の途中なのですね。さて、質問を変えて最後に「蔵前」という立地について伺えればと思います。渋谷、新宿といったメジャーな商業地ではなく、蔵前を選んだのは、どうしてだったのでしょうか。

岩見:蔵前はゼロ年代から「東京のブルックリン」などと呼ばれて注目されるようになり、まさしくこの町で、面白いスモールビジネスが増えているからです。

今回、「透明書店」を訪れた時に、小さいけれどユニークな店がたくさんできている界隈(かいわい)をついでにお散歩しました。飲食店も選ぶのに迷うほど、いろいろあって楽しかったです。

「蔵前の本屋さんにわざわざ行く意味」をつくる

岩見:ブルックリンは、ニューヨーク・マンハッタンの川向こうにある倉庫街でしたが、ゼロ年代からリノベーションが進んで、若い世代を中心に盛り上がっていきましたよね。蔵前もまさに隅田川のほとりの町。浅草やスカイツリーというメジャーな観光スポットに近いけれど、もともと問屋街で地元感、ご近所感が息づいています。

透明書店は東京・蔵前の裏通り、コインランドリーとインバウンド向け宿泊施設の間にさりげなく構える
透明書店は東京・蔵前の裏通り、コインランドリーとインバウンド向け宿泊施設の間にさりげなく構える

 倉庫跡にビーン・トゥ・バーのチョコレートショップや、リノベーションホステルなども次々とできて、スモールビジネス支援というテーマで僕たちが書店をやるなら、蔵前はリアリティーを持って発信できる場所だと思いました。また、この界隈には「古書フローベルグ」や「浅草御蔵前書房」という、新旧の個性的な古書店がある一方、新刊書店がありませんでした。そのことも、蔵前を選んだ理由の1つです。

日常的でありながら、ハレのスポットにも事欠かない。メジャーな東京の繁華街とは違う魅力がありますね。

岩見:空き倉庫にポツポツと店ができて、エリア全体が変わっていった流れから、商店主さんたちもガチガチに縛り合うのではなく、疎遠でないけれど、何かあれば助け合う、みたいな、いい塩梅(あんばい)のつながりなんです。

 ここに出店する前に、近くのアートギャラリーのオーナーさんが、「今度、本屋ができるらしいよ」と、ご自分のお客さんたちに伝えてくださっていたことを後で知りました。蔵前には「カキモリ」という、「書くこと」に特化したすてきな文具店もあるのですが、そこのご主人も「透明書店」のイベントに来てくださって、その流れで蔵前忘年会にも誘っていただきました。

 その忘年会も、蔵前の小規模なお店のオーナーたちがわいわいと集まって、いい雰囲気で。「どこかのIT企業が、何かやってら……」と、遠巻きに眺めるのではなく、ちゃんと仲間として受け入れてくださったことは、本当にうれしかったです。

スモールビジネスというキーワードだけでなく、地域ビジネスという側面も、書店にはあるんですね。

岩見:売れ線の本を手っ取り早く入手したいのならAmazonがありますし、早く読みたいのなら電子書籍があります。

だけど書店経営には、数字とは別の価値がある、と。

岩見:はい。わざわざ本屋に出かける意味は何か。「透明書店」2周年以降は、そこもより深く考えていきたいです。

書店“冬の時代”に、本屋さんをいかに成立させていくか。経営ノウハウはもちろん大事ですが、書店にはそれとはまた違う次元の、人の心をつなぐ面白さも潜んでいます。

岩見:「透明書店」をやっていく中で、「もうかるからやる」以上に、「好きだからやる」でもいいじゃないかと、そう思うようになりました。好きで始めた書店を、じゃあどうやって成り立たせていくか。その、成り立たせ方について、僕たちがいろいろなチャレンジをして、発信していきたいと思います。

日経ビジネス電子版 2024年10月11日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)