(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第12回。

内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)
内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)
ブック・コーディネーター。NUMABOOKS代表取締役。バリューブックス取締役。「本屋B&B」共同経営者、「日記屋 月日」店主。散歩社代表取締役。1980年、東京都生まれ。一橋大学商学部でブランド論を専攻。大学卒業後、本にまつわるイベントやコンテンツ制作、選書に携わる。2012年東京・下北沢に、ビールが飲めて毎日イベントが行われる新刊書店「本屋B&B」を開業。主著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)、『本の逆襲』(朝日出版社)など。現在、東京と長野県御代田町市の2拠点生活を営み、新しいワーク&ライフスタイルも実践中。(写真=猪俣 博史)

内沼晋太郎さんのお話を下北沢「BONUS TRACK(ボーナストラック)」のオープンスペースでうかがっています。ここのテーブルには大きなパラソルがあって、少しばかり雨が降っても大丈夫な仕様になっています。気持ちいい空間ですね。内沼さんはこのボーナストラックにある「本屋B&B」の店主で、かつボーナストラックそのものをプロデュースしたまちづくり会社「散歩社」の社長でもあります。なぜ書店主がここまで仕事を広げるのでしょうか。

内沼晋太郎さん(以下、内沼):すごい極論になりますが、僕からすると散歩社も本屋みたいなものなんです。

え?

内沼:でも、この言い方では、ちょっと、さすがに伝わりにくいだろうな、と(笑)。

極論しないで言うと、散歩社は何の会社になりますか。

内沼:小さなデベロッパーと言うか、より平たく言うと、施設の企画・運営・管理会社です。

デベロッパーが書店を経営する例は、あまり聞かないですね。

手間とお金をかけて文化を創る

内沼:そうかもしれません。ただ、どちらも代表は僕ですが、会社は別にしています。散歩社は小田急電鉄からマスターリースした土地と建物をテナントにサブリースすることで、ボーナストラック全体の企画・運営・管理に関わっていますが、同業の中でも散歩社は、場の編集ができるスタッフを揃(そろ)え、そのコンテンツづくりに最大限お金をかけるところに特徴があります。

それはどういうことですか?

内沼:サブリースとは、借りた土地や建物をさらに貸して、その差額を利益にするビジネスです。単純に言うと、テナントはリスクの低い店の方がいいし、共用部でのイベントはあくまで集客を目的にして、できるだけ低い経費でできるのが良いですよね。

そうですね。

内沼:でも散歩社では下北(シモキタ)らしい個人店やユニークなお店を誘致したり、場合によっては一緒にイベントを企画したりします。共用部でもマルシェや展示、トークやワークショップをたくさん催して、フル稼働させています。手間とお金をかけることで、売り上げも確保しつつ、文化を創ろうという、かなり攻めのモデルなんです。

コストよりもクオリティーを上位に置き、リスクは共用部の積極的な活用で低減している、ということですか。

内沼:そうとも言えますね。一般的な商業施設はテナントのラインアップだけでブランディングすることが多いのですが、ボーナストラックでは、テナントを巻き込みつつ企画するコンテンツがその役割を果たします。

 イベントには毎月開催されている本のマルシェ、「BOOK LOVER'S HOLIDAY」のような自主的なものもあれば、テナントが主催のもの、または企業や自治体と一緒に企画するものもあり、それら全体でボーナストラックという施設を雑誌のように編集していく、というスタンスでやっています。

そういう催しがあると、まちへの愛着は深まりますね。それをビジネス的に言うと、広場の収益化でしょうか。

「本屋さん」がやれることを狭く考えない

内沼:その通りですが、僕の言葉で表すならば、「まちの余白のメディア化」ということになります。そのメディアに載せるコンテンツの編集を通じて、本屋B&Bが立地する下北沢や世田谷代田というまちの魅力を高めていく。そんな役割も担っていければ、ということです。

わざわざボーナストラックに出かけて、本屋B&Bで本を買う。まちに来る人たちに、そういう大きな動機付けができるということですね。

内沼:僕は本を売っている人間ですが、自分にとってはイベントもブックマーケットも物販マルシェも、すべて「本」なんです。

イベントが本?

内沼:はい、人がその経験から何かを読み取り、感動したり学んだりする。それをもとに、話したり考えたりする機会になる。そういう意味で、広義の「本」だと考えているんですね。本屋B&Bを一歩出ると、広場でマルシェをやっていたり、ギャラリーで展示をやっていたりする。それはお客さんにとっても地続きの経験で、そこまで含めて「本屋」であると捉えてもいいんじゃないか、ということですね。

コンテンツを楽しむ、という意味においては、確かにその通りですね。

内沼:つくり手の目線から言っても、人が生み出す表現、芸術や批評、研究成果、企業活動や社会運動などあらゆるものは、必ずしも紙の本という形を取らないですよね。パフォーマンスかもしれないし、展示かもしれないし、何かをまずつくってみてマルシェで売ることかもしれない。そして、それが後から紙の本としてまとまることもあります。ボーナストラック全体を、それらを発信するメディアと捉えているという感じです。

このインタビューの第1回で、内沼さんが新刊書店とともに、ネット古書店「バリューブックス」の経営にも携わっていることをうかがいました(「新刊書店は成り立つ。本屋B&Bはそのモデルです」)。ビジネスの領域を書店業界からリユース業界にリフレーミングすることで、新しいビジネスの芽を育てる意図でしたが、まちの開発も内沼さんならではのリフレーミングですね。

内沼:散歩社では他に小田急電鉄など数社と組んで、世田谷区の中学校跡地施設の企画・開発を行い、これから運営会社を立ち上げてそちらも編集していきます。訪れた人たちが、自らの内なる声やクリエイティビティーの発露になるような場にできればと思っています。

 現実的に言うと、書店経営とまちづくりは、事業内容も一緒にやるべき人たちも違うので、会社を別にしているわけですが、自分が関わっている仕事はすべて地続きだと考えています。

その点で、内沼さんは本の持つ意味、役割をまさしく拡張しておられます。

「日記屋 月日」の外観(写真=猪俣 博史)
「日記屋 月日」の外観(写真=猪俣 博史)

内沼:ボーナストラックではもう一つ、「日記屋 月日」という、日記に特化した小さな書店を経営しています。日記屋月日はもともとNUMABOOKSの一部門でしたが、23年に分社化して株式会社にしました。

こちらはなぜ、新たな会社にされたのでしょうか。

内沼:まず書店の延長で考えられるものでしたので、当初は小さく始めましたが、いよいよ日記の事業として独立した広がりが出てきたからです。僕はもともと日記に可能性を感じていまして。

それは、日記文学への偏愛的なものですか。

店内には「日記」ジャンルの本がずらりと並ぶ(写真=猪俣 博史)
店内には「日記」ジャンルの本がずらりと並ぶ(写真=猪俣 博史)

日記を「事業化」する試み

内沼:はい、日記は読むことも、書くことも好きでした。その面白さや可能性を伝えていくには、拠点が必要だと思ったんです。

 きっかけは17~18年ぐらいの文フリ(文学フリマ)でした。様子を見ていると、以前より日記の本が増えてきていて、かつ、実際にそのあたりのブースが盛り上がっていると感じたんですね。

 ちょうどその頃にボーナストラックのプロデュースのお話があり、広場にコーヒースタンドがほしいな、と思っていたことと重なって、だったらコーヒースタンド兼日記屋を自前でやろうと、アイデアが出てきたのです。

「日記屋 月日」のコーヒースタンド(写真=猪俣 博史)
「日記屋 月日」のコーヒースタンド(写真=猪俣 博史)

周囲の人は賛成されましたか?

内沼:いや当然、「日記屋って、何だ、それは?」みたいな感じですよね(笑)。さすがに僕も、日記屋単体では成り立たないと思っていましたが、ボーナストラックのコーヒースタンドという役割を兼ねるのであれば、あり得ると考えました。

でも、本当に成り立つのかな、とやっぱり思ってしまいます。売り上げはどのようになっているのでしょうか。

内沼:日々の売り上げは、コーヒーと本の二本柱です。同時に、日記のワークショップをやったり、日記を書いたり読んだりしたい人がクローズドに集まるオンラインコミュニティーを運営したりして、関わる人たちを広げています。日記に特化した文フリ的なマルシェと、トークや展示などを組み合わせた「日記祭」も、年に2回開催しています。

本屋B&Bと同じような広げ方なんですね。

内沼:本があって、イベントがあるという点では似ています。ただし、総合書店としてあらゆるものを扱う本屋と、日記に特化して深掘りしていく日記屋のベクトルは真逆かもしれません。

 さらに言うと、日記屋は読み手だけでなく、書き手を増やしていく場にもなっていると思っています。いきなり物語を書こうというのはハードルが高いけれど、自分の日常のことなら書き始めることはできますよね。

簡単に書けるかもしれないけれど、人の心に残る文章を日記形式で書くのは、難しいですよ。

内沼:そうなんですが、実際はその中から、いきなりすごい書き手が現れたりするんです。いまや大手出版社の文芸誌の表紙には、最初は文フリで日記本を出していました、という人の名前が1人や2人ではなく並んでいます。

そうなんですね。月日の店頭からも、書き手は生まれているのですか。

内沼:個人が作った日記の本が店内にはたくさん並んでいますので、ふらっと入った方が、ここで初めてそういうものを知って、実際に本作りを始める、という例はたくさんあります。ワークショップがきっかけという人もいますね。また、僕たちも月日の出版レーベルを作って、24年に『誕生日の日記』という第1弾の本を出しました。これはタイトルの通り、15人の書き手に誕生日の日記を書いてもらったアンソロジーです。

日記の本だけでなく、日記帳そのものも扱っている(写真=猪俣 博史)
日記の本だけでなく、日記帳そのものも扱っている(写真=猪俣 博史)

 そういった意味で、書き手が生まれていく流れをもっと生み出して、出版を活気づけていきたいという思いがあります。あとは並行して、オリジナルの日記帳の制作も考えています。

なるほど、日記帳は定期的な収益が見込めそうですね。「ほぼ日」の手帳みたいです。

内沼:その通りで、日記に特化しようと考えた背景には、ほぼ日の存在もありました。手帳市場で言うと、高橋の手帳とか、能率手帳のような強いブランドがすでにあって、誰も参入を考えませんでしたが、ほぼ日はそこに入っていって、会社は株式上場まで果たしました。

「日記」が呼び込む多角化展開

いや、だったらうちも手帳をやろう、となりそうなところを、日記というジャンルに目を付けたところが内沼さんらしいですね。

内沼:今から手帳はさすがにレッドオーシャンすぎます(笑)。実際、日記に特化したことで、いろいろな問い合わせが来るようになりました。

どういう内容なのでしょうか?

内沼:直接的には、日記帳を作っている会社から「うちの日記帳を扱ってください」「プロモーションを一緒に考えてください」といったご相談ですね。文具業界にも出版業界にも、日記メーカーはたくさんありますので、ご一緒しやすいです。

はい、そこは分かりやすいです。

内沼:それに加えて、ブログやSNSなど、ユーザー自らが発信するサービスを運営しているIT企業とも、相性が良いです。

なるほど。ブログはまさに日記ですし、SNSの投稿もその通り。

内沼:さらに言えば、今はデジタル化社会で、人が生きる意味を見失ったり、心を壊しやすくなったりしています。それに対して、日記を書くという行為が、セルフケアにつながる。そうした時代背景の中で、何かできないかと考える企業もたくさんあると思います。

確かに心の健康という方向からも、日記は需要がありそうですね。

内沼:ここまで、会社が4つ5つと増えてしまっている背景を、長々とお話しさせていただきました。僕の中ではすべてが「本屋」の仕事として、つながっているんです。

(内沼さんのポッドキャスト「本の惑星」はこちらから)

(写真=猪俣 博史)
(写真=猪俣 博史)

(*次回に続きます)

日経ビジネス電子版 2025年1月29日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)