※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第18回。

 青森県八戸市にある「八戸ブックセンター」は、八戸市の直営による公設・公営書店。その珍しい形態から話題となり、全国から本好きが、ここを目的に来訪し、観光客も増えた。公共が書店を経営すると、それがコンテンツになる。書店減少、人口減少の中、夢が持てる話の背景を、市の担当の方から聞いていきます。

八戸市観光文化スポーツ部 文化創造推進課 八戸ブックセンター所長 音喜多信嗣さん(肩書は2025年3月収録時)
八戸市観光文化スポーツ部 文化創造推進課 八戸ブックセンター所長 音喜多信嗣さん(肩書は2025年3月収録時)

近年、公共の図書館が、新しい着想や、建築の豪華さなどで注目を集めています。「石川県立図書館 百万石ビブリオバウム」(金沢市)、「太田市美術館・図書館」(群馬県)、「岐阜市立中央図書館」(岐阜県)など、枚挙にいとまがありません。図書館がただ本を借りる場所だけではなく、本を媒介にした市民のサードプレイス、フォースプレイスになっていることを感じます。

音喜多信嗣さん(以下、音喜多):オープン9年目の八戸ブックセンター(以下、ブックセンター)も、まさにただ本を買うだけではない、交流拠点としての役割を担っています。そんな流れの先取りができたかな、と思います。

フォロワーがなかなか現れない理由

ということで、公設・公営の書店という八戸市のモデルは、ほかの自治体からも高い関心を寄せられているわけですが、フォロワーが急増しているわけでもありませんよね。

音喜多:たしかに、ブックセンターへの各自治体や議員さんの視察は多いです。ただ、八戸のような形での直営は、なかなか難しいようで……。

それはなぜでしょうか?

音喜多:まず、人材の確保が第一の壁としてあるかと思います。書店のスタッフは知識だけでなく、選書のセンス、在庫管理といった専門性が必要です。書店経営に必要な力を持った人材は、役所の中にはなかなかいません。となると、ハコは行政が用意して、中身を指定管理で民間に託すという選択が現実的になります。

おっしゃる通り、それが現実的で効果もあるやり方だと思います。でも、八戸市はその方式を採りませんでした。

音喜多:このプロジェクトにクリエイティブ・ディレクターとして参加していただいた内沼晋太郎さん(ブック・コーディネーター、「本屋B&B」店主)には、そういった運営の方法論についても、いろいろと相談をさせていただきました。

 その中で、当初のコンセプトをきちんと反映させるためには、市の直営というスタンスを曲げないことが大事だという認識になり、そのスタンスに沿って人材を、頑張って探していこうということになりました。

市役所の職員から探すということですか?

音喜多:いえ、市の職員に書店経験者はいないので、そこは外からです。内沼さんの力も借りながら、全国に募集をかけたんです。

全国から。集まりましたか?

音喜多:3人の枠に30人ほどの応募があり、東京から2人、県内から1人を採用しました。いずれも書店経験者で、スキルも熱意もある3人が、縁もゆかりもない八戸に移住してくれたのです。

生活を変えてまでやってきた。何が決め手になったのでしょうか。

精鋭書店員、全国から集う

音喜多:八戸ブックセンターが、どこにもない新しい試みをはじめようとしている。そのことが伝わったのだと思います。もちろん内沼さんの発信力も大きく作用していました。

 実は東京からの2人は代官山蔦屋書店で働いていた人たちです。東京の真ん中でブック・コンシェルジュを務めていた人たちですので、ここの選書は東京と変わらないという自負が私たちにはあるんですよ。オープン3年目に、もう1人、人員を拡充しましたが、そのスタッフは札幌からの移住です。

書店が移住促進のきっかけにもなっているんですね。

音喜多:大きい話をしてしまうと、地方都市が人口を一気に増やすことは難しい。でも、文化が栄えているまちだと、移住先の候補地にはなるだろう、という期待はあります。

たしかに。人口減少の中、地方が生き残るには、安心して暮らせる住環境と仕事の有無がカギだと思います。募集したスタッフは市の職員として登用されるのですか。

音喜多:人事異動のない、ブックセンターの専門職員としての採用で、役所の言葉で言うと「会計年度任用職員」になります。年度ごとに更新していく形ですが、オープン以降ずっと更新を続けています。

 みんな前向きで、やりたいことをどんどん企画して、盛り上げてくれています。青森の見知らぬ土地に移住することはハードルが高かったと思いますが、ここでなら売れ筋に惑わされず、本当にいいと思う本を棚に並べていける。書店員にとって、腕の振るいがいがある、と言ってくれるんです。

若い世代や、働き盛り世代の地元離れがいわれる中、チャレンジしがいのある仕事があれば、地方でも人は呼べるということですね。ブックセンターは、カフェカウンターのほかに、書棚の裏の隠し部屋や、ハンモックコーナーなど遊びがあって、書店空間全体にアピール力があります。いいなあ。

音喜多さんの視線の先にあるのは、は店内の奥にひっそりと設けられたその名も「カンヅメブース」。市民作家として登録すれば、極上の執筆環境が手に入る。
音喜多さんの視線の先にあるのは、は店内の奥にひっそりと設けられたその名も「カンヅメブース」。市民作家として登録すれば、極上の執筆環境が手に入る。

音喜多:内沼さんのクリエイティブ・ディレクションのもとに、東京のデザインスタジオ「グルーヴィジョンズ」がアート&グラフィックを、建築家の田中裕之さんが内装をそれぞれ担当してくださいました。そのおかげで、大都市の書店に負けない空間ができあがり、発信力が高まりました。そこも市が直営するメリットで、市とクリエイティブの方々がダイレクトに話を重ね、意思疎通ができたからだと考えています。

市が一番大事にした考えは、どういうことだったのでしょうか。

役所らしからぬ、検索できない書店

音喜多:分かりやすく言うと、とにかく役所っぽくしたくなかった、ということで。

役所っぽくしたくない。それはたしかに、大事なポイントですが、なら、民間委託の指定管理方式にすればいいじゃないか、という話になりませんか。

音喜多:たしかにそうですよね(笑)。でも、直営にした方が、コンセプトにズレが生じないで、さまざまな話が正確に決まっていく利点があります。ブックセンターでは、本を売ることとともに、「本のまち読書会」「アカデミックトーク」「執筆・出版ワークショップ」などのソフトウエアにも力を入れていて、それらを実行するにも直営の方が、話が早い。

 そもそも、ここのコンセプトを十分に理解し、動いてくれるスタッフを確保することができたので、わざわざ指定管理業者を選ぶ必要がなかったこともあります。

そう言えば、ちょっと見たところ、ここには検索端末がないのですが……。

音喜多:はい、意図して設置していません。もちろんカウンター内では検索ができて、スタッフにお問い合わせいただければお教えできますが、あえてそうしているんです。

デジタルは意図して排している、ということですか?

音喜多:デジタルを排するというよりは、紙の本のよさをご自身で探してほしいからですね。そしてお金を払い、所有することの意味を知っていただきたいんです。目的の本にまっすぐに行くのではなく、その途中でいろいろな本に出合ってほしいというコンセプトからです。

 棚の本は入れ替えの頻度も高いので、スタッフにしても「あの本はあそこだ」と、すぐにたどり着くことは難しい(笑)。それぐらいランダムに、文脈棚を作っています。

背表紙を眼で追うだけで知らない世界への好奇心がどんどん刺激されてしまう
背表紙を眼で追うだけで知らない世界への好奇心がどんどん刺激されてしまう

議会に「書店」のメリットをどう訴える?

本当に面白いですね。一方で、そんな書店の特徴を前提にしつつ、市民や議会に「ブックセンターは公金を投入する意味あり」と説得せねばならないわけですよね。数字的な指標は設定していますか。

音喜多:オープン当初から、来館者数は一つの指標にしています。入り口のカウンターで人が通ることを1カウントにして、数字としては1日平均で300人の来館者数を基本ラインとして設定しました。オープン以降、それは無事に達成して、新型コロナ禍の前まではずっと300人以上で推移していました。コロナの期間はそれが200人台に割り込んで、一段落してから、また徐々に戻ってきたところです。直近の24年度でまた1日300人に戻る予測です(取材は25年3月初旬)。

市外の人の割合はカウントできますか。

音喜多:そこは正確には難しいのですが、うちでは館内ツアーというのをやっているんです。「声を掛けてもらえれば、時間に合わせてご案内しますよ」といった看板を立てていて、声を掛けてくださるのは、ほとんどが市外、県外の方です。それが1日2~3人です。行政視察の場合は1回に40~50人ぐらいをお受けしたこともあります。

結構な数ですね。

音喜多:毎年9月には「本のまち 八戸ブックフェス」という大型イベントを開催しています。中心街にある交流施設の「はっち」「マチニワ」とブックセンターを会場にして、去年(24年)から2日間の開催にしていますが、その時は子どもからご年配まで、全世代が集まってにぎわいます。

市の数値目標に、売り上げは入っていないんですよね。

音喜多:市が公表する収支報告に本の販売額は掲載していますが、お話しした通り、私たちは販売金額を目標にはしていません(前編『「黒字化できない」から始まった八戸市の公営書店』)。

本の販売で黒字が出るなら、それは公共が取り組むものではない、というお考えなんですよね。

音喜多:実はブックセンターの目標の一つに、市内の書店さんの売り上げを上げたい、というものがあります。

公設の書店が、民間の書店の売り上げに寄与する。それはどういうもので?

音喜多:民間書店では取り扱いにくい本をブックセンターが取りそろえて、市民が本に出合う環境を豊かにする。ブックセンターがハブになって、民間書店と連携して、出合いや交流の機会を増やしていく。さらに、市ではブッククーポンを発行して、民間書店での本の購入を促進しています。

 実際の売り上げ拡大という目標まではまだ一歩手前というところですが、本を好きな人を増やすことを公共が担い、好きになった人たちが民間書店に行ってくれる循環を、ずっと意識しています。

これまでうかがってきた、ブックセンターの試みは、慣例を超えた新しい点が多々あります。このような書店形式にとって、一番のリスクは何になりますか。

音喜多:選書を含めたソフトウエアに関しては9年続けてきた経験値があって、大きなリスクは感じていませんが、公営という点で、例えば首長が代わって考え方が変わったり、議会の理解が難しくなったりすることは、リスク要因になります。

23年度の収支では、事業に伴う収入の総額が約3253万円で、そのうち書籍の売り上げ収入は約1200万円。月にならすと約100万円です。収入の項目には「寄付金」の約2000万円がありますが、この寄付金とはどういうものなのでしょうか。

音喜多:それは、ふるさと納税です。

へえ。

「この税金を八戸ブックセンターに使ってほしい」

音喜多:ふるさと納税は、寄付をされる時に使途を指定できるんです。「ブックセンターの運営」「本のまち 八戸事業」に使ってください、と使途指定していただいた寄付金が、この額になります。

ということは、自分でお金を払って、本を買う、ということに対して、価値を認めてくださっていると、捉えることができますね。

音喜多:寄付をくださる方々の細かな意図までは把握できませんが、そのように思っていただけることは、究極の目標ですね。

一方で、ブックセンターの歳出は年間約9600万円で、ここには毎年6000万円ほどが、一般財源から投入されています。

音喜多:ここを市民や議会から問題視されると、ブックセンターの事業全体は揺らぐことになるでしょうね。

ここは結構、スリリングな論点ですね。

音喜多:そうですね。基本的に総事業費というのは、だいたいそんな大きくは動かないようになっているので、そこの中で運営していますけれども。だから8年、9年目に入っていて、ずっとだいたい同じぐらいです。

八戸市の年間財政は歳入、歳出とも1000億円規模です。もちろん地方交付税がそこには入っているわけですが、地方都市の財政としては相対的にそんなに悪くない状況、ということでしょうか。

音喜多:地方自治体はどこも厳しいです。厳しい中で、どの分野に目を向けて、将来を設計していくかが問われています。八戸市では、文化、教育、スポーツという分野が、将来のカギになるという認識です。数字を用いた決算では、「ここで、こういう効果が出ました」という表現はなかなか難しい。でも、数字で表せないから、いらないのかといったら、誰もそうは思わないと思います。

 ブックセンターには視察や取材の方々が多く来てくださっていますが、毎年、卒論のテーマでここを取り上げてくれる学生さんが何人かいるんです。地域の将来をどうしたらいいか、真面目に考えている若い人を見ると、うちのような文化施設は必須だと痛感します。

今後、数字的なツッコミには、どう対応されていきますか。

音喜多:公共サービスとしての書店の意義、目的を維持して、市民のみなさまに支持していただくこと。それに尽きます。

 9年にわたる経験から、公設・公営書店も、やはり「人」がすべての基本だとも思います。うちのスタッフは本当に熱意を持って、日々、新しいこと、よりよい方法を考え、働いています。この雰囲気をずっと継続していきたいですね。

(八戸編、おわり)

日経ビジネス電子版 2025年4月24日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)