
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第17回。

2016年12月、青森県八戸市に開業した「八戸ブックセンター」。全国でも珍しい“公設・公営書店”、つまり、行政が直営する書店なのです。開業9年目を迎えた現在、ここを目指してくる本好きの存在が、まちの活性化にもつながっているとのこと。このアイデアがいかに実現し、そして継続可能となっているのか。その背景といまを、八戸市役所のご担当の方にいろいろお聞きしました。

こんな書店をお役所がつくれるのか?!
こんにちは。「八戸ブックセンター」(以下、ブックセンター)にはじめてうかがいますが、店内に入った瞬間に、あ、ここは本好きな人がやっているな、と感じて、うれしくなりました。
音喜多信嗣さん(以下、音喜多):ありがとうございます。まずはこちらの「読書会ルーム」にお入りください。ここでお話をさせていただきます。

あ、書棚が扉になっていて、その奥に隠し部屋がある! お屋敷モノの映画みたいな仕掛けで、ワクワクします。
音喜多:ここはその名の通り読書会用のスペースで、うちが主催する会だけでなく、読書会であればどなたでも無料で使えるようになっています。書棚扉を閉め切れば静かな雰囲気にもできるし、逆に開放してにぎやかさを出すこともできるんです。
店内はハンモックがあったり、書棚の奥に執筆向けの「カンヅメブース」が設けられていたり、楽しいコーナーがいろいろあるんですね。八戸出身の作家、三浦哲郎ゆかりの小座敷は、文豪気分の読書席になっています。

音喜多:私たちはここで本を売っていますが、「公設・公営の書店機能を持ち合わせた施設」というとらえ方をしていて、来店した方が本に親しむことを第一に考えています。約95坪の店内に、約1万冊の本があり、多様なジャンルをセレクト・ブックストア的に並べています。テーマ別に興味が広がり、本との偶然の出合いができるように意図しているんです。店内のいろいろなコーナーで、本が自由に読めることも特色の一つですね。
こういっては何ですが、お役所がつくった店とは、まったく思えません。市の直営という全国的にも珍しいケースで、ホームページには「視察申込」というボタンがあります。きっと、これまでに何回も聞かれたことでしょうが、この新しいモデルは、どのような背景で生まれたのでしょうか。
音喜多:最初のスタートは、いかにも役所っぽいのですが、2015年度に市が制定した「第6次八戸市総合計画(計画期間は16~20年)」になります。八戸市の小林眞・前市長が政策公約として「本のまち八戸の推進」を掲げており、その戦略プロジェクトの一つとして、子どもから大人まで、本に親しめる事業を進めることになったのです。
たしかにいかにもお役所的な立て付けですが、アウトプットが市営の書店というのは、かなり意表を突く展開です。
音喜多:総合計画というのは行政組織としてのきっかけで、それ以前からまちの書店の減少や、人々の本離れは、文化的・商業的な課題として、役所でもずっと意識はしていました。
八戸市は人口が約21万人。臨海部では水産業、工業、内陸は農業という基盤があり、東北新幹線の「八戸駅」は観光の起点になっています。地方の中では、相対的に力を保っているほうかと思います。
音喜多:県庁所在地の青森市(人口約26万人)と比べると八戸は面積が半分以下で、きゅっとコンパクトな市です。人口減少の時代には、そのコンパクトなところが利点になって、だからまだ頑張っていられるのかな、と思うところはあります。
「売れ筋」ではない本も手に入るように
最近まで、まちには10軒以上の書店があったそうですね。
音喜多:八戸には23年までは12軒の本屋さんがあり、それぞれに頑張っていました。ただ新型コロナ禍を機に、創業96年という老舗の「木村書店」さんが店じまいをされ、昨年はイトーヨーカドーの中にあった書店さんも閉店されました。時代の流れの中で、まちがさびれてきていることは確かで、中心部の活性も行政の課題としてあります。
いま頑張っている書店さんも、個性を維持する以上に、生き残るためには売れ筋本を扱わざるを得ず、どこも品ぞろえが似ていくことは、商売上しょうがない。そんな中で、それとは違う本の文化も残していくべきだ、という考え方が市にはありました。
八戸には、もともと読書好きな風土があるのでしょうか。
音喜多:実は、そこはよく分かりません。でも、市内には読書会を催している団体が10以上あるんです。そういった活動は50年ぐらいの歴史があって、市民レベルで本を読む素地はあると思います。
ブックセンターは16年12月の開業ですが、政策としてはその前から始まっていた。単純な疑問ですが、「本にまつわる施設をつくるなら、図書館を拡充すればいい」という話にはならなかったのですか。
音喜多:そういう議論は、もちろんありました。ただ「借りて読む」ことと、「買って読む」ことはまた体験の質が違ってきます。本を自分のものにして、自由に読むことの意味を失ってほしくなかったんです。
図書館では幅広いジャンルの本に触れることができますが、借りた本は自分の自由にはできませんよね。私は本を読む時、気になった箇所にバンバン折り目を入れます。文庫本を片手でつかんで寝転がって読んだり、お風呂に入りながら読んだりもします。そうやって愛読書を“自分仕様”にしていく喜びは、買わないと手に入れられませんね。
一方で、市内の書店さんから、競合してしまうといった反対はなかったんですか。
音喜多:そこは書店さんからではなく、議会で必ず言われたことでした(笑)。民業を圧迫してはいけない。それは行政の基本ですので、私たちは計画が出た段階で、市内のすべての書店さんに出向いて、「市としてこういうものを考えていますが、どうですか?」と、聞いて回りました。

反応はいかがでしたか?
音喜多:その時から反対意見はゼロでした。
それは本音レベルで?
音喜多:コンセプトと品ぞろえがまったく違うということが前提にありましたし、また、書店業界が厳しい中で、行政がその業界に力を入れようとしていると、前向きに受け取ってくださったと思っています。
八戸ブックセンターの初期事業費は、おいくらだったのでしょうか。
音喜多:民間のビルにテナントとして入っているので、大きな建設費はかかっておらず、内装工事と初期在庫、備品購入などで1億2000万円です。
財源はどのように?
音喜多:市の一般財源と、国の補助金を組み合わせています。ブックセンターは、中心街活性のための事業プランの一つでもあったので、まちづくり関連で国の交付金を入れることができました。
ブックセンターのあるエリアは、地域中核百貨店の「さくら野百貨店八戸店」がある中心部で、八戸名物の横丁の一つ、「みろく横丁」がブックセンターの隣にあります。中心エリアには11年に「八戸ポータルミュージアム はっち」、18年に「マチニワ」という公共施設が新築されて、そこが市民の交流拠点になっていますね。

この立地と環境なら、ミニ図書館という発想になりそうなものですが、書店の方が運営効率がいいという計算もあったのでしょうか。
音喜多:より多くの方に公共サービスを届けるという観点では、図書館の方が利用者数を見込めることは確かです。ただ、視点を変えると、図書館って売り上げというものはないですよね。
というのが当たり前の認識になっていますよね。
探しにくさを大事にしています
音喜多:はい、それが公共サービスの当たり前です。ただ、書店が減少するいまの時代は、本を借りて読むことだけでなく、買って読むことにも、公共のサポートが必要な状況になっている。そう考えたわけです。
なるほど。
音喜多:公共事業として公金を投入する論理はそこにあります。さらにブックセンターは図書館と違って、本を売ることで一定の歳入が入ってきます。
「歳入」は新しい着眼点です。しかし、ブックセンター単体で黒字にはできないですよね。実際、収支報告を見ると、23年度の歳出は9560万円。一方で、ブックセンターの事業に伴う収入は3252万8000円。そこに一般財源の6307万2000円を加えて収支を合わせています。この年度に限らず、毎年、6000万円ほどの一般財源がブックセンターに投入されています。

音喜多:はい、そこは黒字にできないという前提なんです。
え?
音喜多:といいますのは、黒字にできるのであれば、それはもう公共の役割ではなくなりますので。
そうか。いま、目からウロコが落ちました。
音喜多:売れ筋の本を売って商売を成り立たせることは民間の書店さんにまかせて、それ以外の本に出合う場所をつくることが公共の役割だという考え方です。東京のような大都市には、すべての本がそろっている大型書店がありますが、地方にはそのような店はありません。「何だ、この本は?」という、未知の本との出合いのチャンスがすごく限られているんです。
で、図書館との違いは、どのように出したんでしょうか。
音喜多:図書館、そして一般的な書店もそうですが、本は探しやすく並べることが基本ですよね。あの本を読みたいな、と思った時に、そこにスムーズに行けるシステムが大事です。でも、ブックセンターはどちらかというと、探しにくさを大事にしている。
「探しにくい本屋さん」。なるほど、興味をそそられますね。

音喜多:目的の本に行きづらい。ここではそれを特徴にして、棚ごとにテーマを設けて文脈が広がるように本を並べています。面白そうな本を1冊見つければ、その周りに必ず関連する本があるので、そこから読書体験が広がり、だんだんとステップアップしていける。探している本を提供するのではなく、いま、読んでほしい本を提案する書店なのですね。
そうか。繰り返しになりますが、そのような魅力的な本屋さんを、お役所がよくつくれたなあ。
音喜多:「本のまち」の事業を発案し、推進した前市長の存在がやはり大きかったと思います。さらに外部からクリエイティブ・ディレクターとして、ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんがプロジェクトに入ってくださったことが、成功の鍵になったと思います。
内沼晋太郎さんは、この「書店再興」シリーズでもインタビューをさせていただきました。水脈がつながっていますね(「新刊書店は成り立つことを『本屋B&B』で証明したい」)。ブックセンターは構想時にプロジェクトチームのようなものを発足したのですか。
音喜多:プロジェクトチームという大掛かりなものではないのですが、やっぱり役所だけでは限界があったので、地元の書店さんや学識経験者ら、関係する方々と一緒に知恵を出し合いました。
個人が、店が、個人が「書店」で変わる
内沼さんを引っ張ってこられたのはどなたなんですか。
音喜多:「カネイリ」さんという地元の文具店・書店の社長、金入健雄さんです。ブックセンターのすぐ近くにお店があります。三代目の方で、まだ40代の若手経営者です。「八戸ポータルミュージアム はっち」(八戸市)や「角川武蔵野ミュージアム」(埼玉県所沢市)でミュージアムショップも運営されていて、全国的に活躍されています。
そのようなキーパーソンがいらっしゃるんですね。
音喜多:東京・下北沢の「本屋B&B」をはじめ、内沼さんが取り組んでこられた事業は、小林前市長が掲げた「本のまち」のコンセプトにぴったりと合うものでした。
内沼さんのアクションは、書店づくりだけにとどまらず、地域一帯をクリエイティブに変えていくものですね。
音喜多:市の大枠に中心街の活性化という課題がありましたので、中心エリアには回遊性を持たせて、来訪者がいろいろなところで時間を過ごすようにしたかったんです。ブックセンターは、その仕掛けの一つになっています。だから、立ち読みもOKですし、遊び心を持ちながら、各コーナーで本を読めるようにもしているんです。
それらの計画を進めた小林前市長ご自身が、アイデアマンだったということでしょうか。
音喜多:すごく本が好きで、テレビを見るよりも本を読んでいたいというタイプの方でした。まちには本と本屋さんが必要なんだ、という強い信念があったからこそ、ブックセンターが実現できた。それは確かです。
ご経歴を拝見したら、自治省の役人だった時に、埼玉県で浦和、大宮、与野の合併とさいたま市の政令指定都市昇格を担当された。そのような実務的な力も持ちながら、地元ではロマンのあるプロジェクトを推進されたのですね。21年に就任した現在の熊谷雄一市長にも、「本のまち」路線は継承されていますか。
音喜多:はい、現市長も「本のまち」の意義を認めて、いい形で発展させています。
それを聞いて安心しました。音喜多さんも八戸のご出身なんですか。
音喜多:はい、そうです。

音喜多さんがブックセンターを語ってくださる表情がイキイキと明るくて、こちらもつい笑顔になりますが、行政マンとして文化畑を歩まれてきたのでしょうか。
音喜多:いえいえ、まったく違っていまして、私、この部署に来る前は水産にいました。
八戸の基盤産業ですが、書店とはずいぶん違う畑だったんですね。じゃあ、音喜多さんはこのプロジェクトで人生がちょっと変わったとか?
音喜多:はい、だいぶ変わりました(笑)。ブックセンターには、市民の方々だけでなく、全国から本好きや観光の方々が、ここを目指して来てくださるんです。そういった交流が新しい取り組みにつながっていきますし、今日のようにメディアの方とお話しする機会もありがたいことです。
役所が書店を経営すると、それが観光コンテンツになって、人を呼ぶ。そんな時代が来ているんですね。
(後編では、公営書店ならではの運営手法をより詳しく聞いていきます)
[日経ビジネス電子版 2025年4月23日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
