多様性の時代といわれて久しいが、期待されて職場に入ったのに、いまひとつ評価が上がらない人がいる。理屈ではなかなか理解ができない人たちの深層心理を分析し、その思考法を受け入れるヒントを提供する。今回は心が折れすぎる人に対して、どのように対応すればよいかを解説する。日経プレミアシリーズ『「指示通り」ができない人たち』(榎本博明著)より抜粋。
落ち込み方が激しくなかなか回復しない
いつの頃からか「心が折れる」という言葉を耳にするようになった。かつてはそのような言い回しはなかったと思うが、それだけ落ち込みやすい人が増えているということなのだろう。
頑張ったのに思うような成果が出ない場合、だれだって気分は落ち込むはずだ。それは、何も仕事に限らず、学校時代の勉強や部活でも、だれもが経験したことがあるのではないだろうか。だが、その落ち込みが極端な人がいる。
そうした落ち込みやすい従業員の処遇に困っている管理職や経営者も少なくないようだ。そのような極端に落ち込む部下がいるという管理職は、その人物に対する思いを次のように語る。
「極端に落ち込む人の話を聞いて、まさに私の部下のことじゃないかって思いました。彼女は、とてもまじめで、やる気もあって、その仕事ぶりを期待を込めて見ているんですけど、うまくいかなかったときの落ち込みがひどくて、困ってしまうんです」
何かうまくいかないことがあると、ひどく落ち込む、ということですね。
「はい。ふだんは明るく元気なんですよ。何をするにもすごく前向きで、やる気満々っていう感じで取り組んでくれるから、日常業務をするにはとても良い働き手なんです。でも、たまに目標が問われるような仕事に携わらないといけないことがあって、それがうまくいってるときはいいんですけど、うまくいかないとものすごく落ち込むんです」
そうですか。まあ、うまくいかないときはだれでも多少は落ち込むものですけど、その落ち込みっていうのは、仕事に支障が出るくらいなんですか?
「そうですね、支障が出ますね。っていうか、ひどいときはぼうぜんとして、心ここにあらずっていうような感じになって、声をかけても上の空みたいな反応で、困ってしまいます」
うまくいかなかったことのショックでそうなっている、ということですね?
「状況的に見て、そうとしか思えません。普段はやる気がみなぎっているタイプなのに、何かがうまくいかなかったときにそんなふうになってしまうので」
ひどいときは1週間も回復しない
普段はやる気がみなぎっているということは、そこまで落ち込んでも、そのうちすっかり回復して前向きになっているわけですよね。回復までにどのくらいかかるんですか?
「それが結構尾を引くんです。その瞬間だけ落ち込むならまだいいんですけど、ひどい場合は、その週はもうダメでほぼ仕事にならないって感じなんです。ボーッとした感じになったり……そうそう、翌日から何日か休んでしまったこともあります」
そんなに尾を引くんですか。一時的に落ち込むだけでなく、何日もその影響が出てしまうというんじゃ、仕事に支障がありますね。
「そうなんですよ。困っちゃいますよ」
確かに落ち込み方が極端ですね。
「それで困ってるんです。本人もきついと思うんですよ。何とかしてやれないものかと思って……心が弱いんですよね」
うまくいかなければだれでも一時的には落ち込みますが、ふつうはまもなく立ち直れるのに、なかなか立ち直れない。いわゆるレジリエンス(後述)が低いんでしょう。それを高めてあげられればいいんですけど。まずは失敗への望ましい対処法を教えてあげる必要がありそうですね。
「失敗への対処法? どういうことですか?」
うまくいかなかったとき、つまり失敗したとき、極端に落ち込むのは、失敗をひたすらネガティブに受け止めるからですよね。
「そうですね、ネガティブに受け止めるから落ち込みすぎちゃう」
その受け止め方を修正していければ変わるのでは。その方は、失敗の受け止め方のせいで、ひどく落ち込みすぎるという面があるんでしょう。そこを修正できれば、もっとタフな心になっていくことが期待できると思います。
「ちょっとイメージが湧かないんですけど、具体的にどうしたらいいんでしょうか?」
心を回復させる力を身につける
そこで、まずはレジリエンスについて解説してから、失敗の受け止め方をポジティブな方向に修正するにはどうしたらよいかについてのアドバイスを行った。
仕事生活にストレスはつきものだが、ストレスに強い人と弱い人がいる。ストレスに強い人は概して厳しい状況を乗り越えた経験があるものだが、今の若い人たちは、ほめて育てるといった風潮の中で過保護に育てられてきたため、中高年世代と違って厳しさにさらされずに大人になっている。いわば、過酷なストレスをあまり経験せずに育っているため、ストレスに弱い、傷つきやすく打たれ弱いということがあるのだろう。
それによってストレスの問題が深刻化していることで注目されているのが、レジリエンスという性格特性である。レジリエンスは、復元力と訳される。
もともとは物理学用語で弾力を意味するが、心理学では「回復力」とか「立ち直る力」を指す。つまり、ビジネスの世界で使われるレジリエンスとは、ひとことで言えば「回復力」「立ち直る力」ということになる。
どうしたら打開できるか分からないような困難な状況に置かれれば、だれでもストレスを感じる。「どうしたらいいんだろう」と思い悩み、「もうダメだ、どうにもならない」と絶望的な気持ちになることもあるかもしれない。
そこで問われるのがレジリエンスだ。困難な状況にあっても、心が折れずに適応していく力。挫折して落ち込むことがあっても、そこから回復し、立ち直る力。辛い状況でも、諦めずに頑張り続けられる力。それがレジリエンスである。
様々な定義を総合すると、レジリエンスとは、強いストレス状況下に置かれても健康状態を維持できる性質、ストレスの悪影響を緩和できる性質、一時的にネガティブ・ライフイベントの影響を受けてもすぐに回復し立ち直れる性質のことであるといってよいだろう。
このようなレジリエンスが欠けていると、困難な状況を耐え抜くことができない。そのようなときに口にするのが、「心が折れた」というセリフだ。レジリエンスの高い人は、どうにもならない厳しい状況に置かれ、気分が落ち込むことがあっても、心が折れるということはなく、まもなく立ち直っていく。
レジリエンスが高い人の特徴
もともとレジリエンスの研究は、逆境に強い人と弱い人の違いはどこにあるのかという疑問に端を発している。これまでの諸研究をもとに、レジリエンスが高い人の特徴を次のように整理することができる。
(1)自分を信じて諦めない
(2)辛い時期を乗り越えれば、必ず良い時期が来ると思うことができる
(3)感情におぼれず、自分の置かれた状況を冷静に眺められる
(4)困難に立ち向かう意欲がある
(5)失敗して落ち込むよりも、失敗を今後に生かそうと考える
(6)日々の生活に意味を感じることができる
(7)未熟ながらも頑張っている自分を受け入れている
(8)他人を信じ、信頼関係を築ける
ポジティブに受け止めるクセをつける
レジリエンスを高めるには、このような心理傾向を身につけるように導くことが大切となるが、そのような根本的な対処には時間がかかる。そこで、まずは手っ取り早い対症療法として、失敗の受け止め方を改善するという方法がある。
物事の受け止め方のことを心理学では認知的評価という。
例えば、仕事で目標を達成できなかったとき、「ダメだなあ、こんなんじゃ将来はないな」「きっとこの仕事は向いてないんだ」などと悲観的に受け止める人は、ネガティブな認知的評価がクセになっているのである。ポジティブな認知的評価の習慣が身についている人なら、「もっと工夫して、次は目標を達成しないと」というように前向きに受け止めることができる。
上司から叱られて、「自分はなんてダメな人間なんだ」「こんな失敗をしてたら見捨てられちゃう」などと思ってひどく落ち込む人は、ネガティブな認知的評価のクセを持つ人である。ポジティブな認知的評価の習慣を身につけている人なら、「同じ失敗をしないように気をつけなくちゃ」「失敗は成功の母というじゃないか。これで次からはもっとうまくできそうだ」などと前向きに受け止めるため、モチベーションを維持することができる。
このように、思うような成果が出なかったり、ミスをしたりすると、ひどく落ち込み、やる気をなくすタイプの人物には、レジリエンスを高めるように働きかける必要があり、そのための第一歩としてネガティブな結果をポジティブに受け止める心の習慣を身につけるように導くことが必要と言える。
榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

