多様性の時代といわれて久しいが、期待されて職場に入ったのに、いまひとつ評価が上がらない人がいる。理屈ではなかなか理解できない人たちの深層心理を分析し、その思考法を受け入れるヒントを提供する。今回は、仕事ができないことを環境のせいにする人に、どのように対応すればいいかを考える。日経プレミアシリーズ『「指示通り」ができない人たち』(榎本博明著)より抜粋。
雰囲気が悪いからやる気になれない
個を生きる欧米人などと違って、私たち日本人は人との間柄を生きているといった感じがある。仕事をするにも、仕事そのものだけでなく、職場の雰囲気や人間関係がとても気になる。ゆえに、仕事自体には不満はないけれども職場の雰囲気が合わないというようなことも、しばしば起こってくる。
ただし、本人は職場の雰囲気に問題があると思っていても、実は本人の仕事への取り組み姿勢に問題があるということも珍しくない。メタ認知(後述)ができていないため、本人はそこに気づいていないのである。
そのような部下への対応について悩んでいる管理職は、次のように事情を語る。
「いつも不満顔を見せることが多い部下が相談があるっていうから、個別面接の時間を取って話を聞いたんです。すると、仕事そのものには別に不満はないけれども、職場の雰囲気が悪いからやる気になれない、って言うんです」
職場の雰囲気ですか。
「ええ。自分は職場の雰囲気が良ければモチベーションを上げて頑張るタイプなのだけれども、今の職場の雰囲気ではどうしてもモチベーションが上がらず、仕事も適当になってしまう、そんな自分は嫌なので何とかしてほしい、そんなふうに言うんです」
そうですか。職場の雰囲気がどのように悪いっていうんでしょうか?
「いちいちうるさいことを言う人がいる、お局様みたいな人がいつもみんなを見張っていて雰囲気を悪くしているとか言うんです。『私がミスをするたびに、そのお局が鬼の首でも取ったかのように指摘してくるんですよ。それも毎日何回もですよ。やってられませんよ』って言うんです」
お局様みたいな人に見張られ、いちいちうるさいことを言われる、と。
「でも、これまでそんな話は聞いたことがなかったので、他の人たちと個別に面談して、職場に対して思うことがあれば遠慮なく言ってもらうことにしたんですけど、特に職場の雰囲気が悪いとか、うるさい人がいるというような話は出てきませんでした。むしろ和気あいあいとした雰囲気で働きやすいという意見が出るほどで……」
実は雰囲気を壊していたのは当人だった
他の人たちとその相談者では、職場の雰囲気のとらえ方がまるで違ってる、っていうことですね。
「ええ。それで、いったいどういうことなんだろうって思って、特に信頼できる人物を2人選んで、職場の雰囲気が悪くてやる気になれないという相談があったのだが何か心当たりはないかと、個別に尋ねてみたんです。すると、2人とも、『それってAさんのことじゃないですか?』って言うんです。
職場の雰囲気に対する不満を持っていそうなのはAさんだと、だれもが思うような、何かがある、っていうことですかね。
「ええ。それで、どういうことなのか説明を求めると、Aさんは仕事の覚えが悪く、それに加えて不注意によるミスが多いため、しょっちゅう注意しないといけない、特にチューターのBさんがAさんを熱心に指導してるけど、Aさんがあからさまにうるさがってる様子を見せることがある、って言うんです」
そうすると、Aさんが仕事の覚えが悪い上に不注意なため、しょっちゅう注意される、それがAさんにとっては見張られていていちいちうるさいことを言われるっていう感じで、職場の雰囲気が悪いと思ってしまう、っていうことですか。
「そのようです。それに加えて、仕事上のミスを注意されたとき、他の人は『すみません。これから気をつけます』っていう感じで素直な反応なのに、Aさんは不満げな表情でふてくされた態度を取るらしいんです。それで注意した側もイラッとくることがあり、実際雰囲気が悪くなることもあるようなんです。結局、Aさんのコミュニケーション力に問題があるように思えてきました」
そうですか。伺っていると、職場の雰囲気自体の問題というよりも、相談者であるAさんとチューターのBさんをはじめとする周囲の人たちとのコミュニケーションの問題という感じではないか、と。
「私にはそうとしか思えないんですけど、どうなんでしょうか?」
そうですね。コミュニケーションがうまくいっていないのは事実のようですね。でも、その背後に、Aさんが自分自身の問題を自覚していない、つまりメタ認知が働いていないということがあるように思います。
「メタ認知が働いていない?」
メタ認知を鍛えるにはどうするか
メタ認知という言葉はあまり聞いたことがないだろうが、自分自身の認知活動についての認知(自分がどのように認知活動をしているかを振り返ること)がメタ認知である。勉強や仕事などで頭を使うのは、まさに認知活動である。仕事に関して言えば、仕事をするという自分の認知活動を振り返り、その現状をモニターすることにより、問題点を把握するのがメタ認知の働きと言える。
例えば、自分の仕事のやり方や成果に関して、ちゃんとできているか、成果を上げているか、だれかに負担をかけていないか、どこかでつまずいていないか、よく分かっていないことはないか、どんな点でミスを犯しやすいか、もっとできるようになるために改善すべき点はどこか、などと振り返ってチェックするのがメタ認知である。
メタ認知が適切に働いていれば、自分の仕事のやり方のどこはうまくいっているが、どこに問題があり、どのように改善する必要があるかが分かるため、そこを改善するための対処行動を取ることができる。それによって仕事力が向上していく。
そこで、ここで改めて、職場の雰囲気が悪いからやる気になれないというAさんの訴えがはらむ問題点について、メタ認知を絡めて、次のように解説およびアドバイスを行った。
一般に、コミュニケーションのトラブルは、一方的にどちらかに問題があるというより、相互作用の問題であることが多い。今回のケースでは、もしかしたら職場の雰囲気、特にAさんを取り巻く職場の雰囲気が悪くなっているのは事実であるかもしれない。しかし、その雰囲気の悪さをもたらす要因として、Aさんのミスの多さや注意されたときの態度があるのではないか。そこが改善されれば、Aさんを取り巻く職場の雰囲気の悪さも改善される可能性が高い。
では、そのためにはどうすべきなのか。
まず第1に必要なのは、Aさんにメタ認知の心の構えを植えつけてあげることである。Aさんにメタ認知の姿勢が欠けていることが雰囲気の悪さをもたらしていると思われる。そのことへの気づきを促すような対話をしていくのがよいだろう。
相手の立場に立って想像する
例えば、本人の訴えの中に、「私がミスをするたびに、そのお局が鬼の首でも取ったかのように指摘してくるんですよ。それも毎日何回もですよ。やってられませんよ」というのがあった。
自分がミスをするたびに鬼の首でも取ったかのように指摘してくるというのは、確かに気分の良いものではないかもしれない。でも、毎日何度もそういうことがあるということは、毎日何度も仕事でミスをしているということでもある。いくら注意しても毎日何度もミスをする人物がいたら、どんな気持ちになるだろうか。そのような人物をその都度何度も注意しなければならない立場の人は、どんな気持ちになるだろうか。そういったことに想像力を働かせるように促す必要がある。
つまり、職場の雰囲気が悪いと感じる場面を振り返るように導くのである。なぜ雰囲気が悪いと感じるのか。なぜ毎日何度も注意されてしまうのか。注意する人がなぜ感じが悪いのか。つまり、メタ認知を働かせて、自分が注意される場面を振り返る、それに加えて相手の立場に立って毎日何度も注意する側の気持ちに想像力を働かせる。
さらには、ミスをして注意された場面で、自分自身がどんな反応をしているかを振り返るように導く。
このようにメタ認知を働かせることによって、自分の感じている職場の雰囲気の悪さの理由として、以下の2点があることに気づいてもらう。
(1)自分自身のミスが非常に多いこと
(2)注意されたときの態度が良くないこと
これに気づかず、モチベーションが上がらないのは職場の雰囲気の悪さのせいだと思っている限り、決してやる気にはなれないだろう。
だが、自分が感じる職場の雰囲気の悪さをもたらす要因として、自分自身のミスの多さや注意されたときの態度の悪さがあると気づくことができれば、状況改善への一歩を踏み出すことができる。
そうした気づきを前提に、まずはミスを少なくするように気をつける必要がある。それでも一気にミスがなくなることはないので、万一ミスをした場合は、「すみません、これから気をつけます」と謝罪と改善の気持ちを示す必要がある。こうしたことに気づくことができれば、職場の雰囲気の悪さを嘆いていた頃と違って、モチベーションを上げて仕事に集中できるようになるはずだ。
いきなり仕事力が高まるわけではないので、相変わらずミスをすることはあったとしても、ミスを少なくしようと頑張っている姿が見えてくれば、周囲の注意する側の気持ちも和らぎ、Aさんが感じる職場の雰囲気も好転していくことが期待できる。
そうした方向に導くように、丁寧に対話を重ねていくことが大切となる。
榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

