「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」(フライヤー、グロービス経営大学院共催)が2023年2月16日に発表されました。2021年12月から2022年11月に発刊されたビジネス書を対象に、ビジネス書要約サービス「flier」の会員やグロービス経営大学院の社会人学生・教員を中心とした一般投票で選出されています。共催者であるフライヤーの大賀康史代表取締役CEOに、今回の受賞作から見えるトレンドを聞きました。

困難の中でも前向きさを感じられる本

 「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」では、一般投票によって全6部門(イノベーション部門、マネジメント部門、政治・経済部門、自己啓発部門、リベラルアーツ部門、ビジネス実務部門)から6冊の書籍が部門賞に選出され、その中から総合グランプリが選ばれました。また、特別賞として「ロングセラー賞」「グロービス経営大学院賞」が選定されています。受賞作は以下の表の通りです。

「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」の受賞作品
部門名 受賞作品 著者 出版社
総合グランプリ/ビジネス実務部門賞 『佐久間宣行のずるい仕事術』 佐久間宣行 ダイヤモンド社
イノベーション部門賞 『リスキリング』 後藤宗明 日本能率協会マネジメントセンター
マネジメント部門賞 『だから僕たちは、組織を変えていける』 斉藤徹 クロスメディア・パブリッシング
政治・経済部門賞 『22世紀の民主主義』 成田悠輔 SBクリエイティブ
自己啓発部門賞 『言語化の魔力』 樺沢紫苑 幻冬舎
リベラルアーツ部門賞 『13歳からの地政学』 田中孝幸 東洋経済新報社
<特別賞>ロングセラー賞 『生き方』 稲盛和夫 サンマーク出版
<特別賞>グロービス経営大学院賞 『限りある時間の使い方』 オリバー・バークマン/高橋璃子訳 かんき出版

 まず、今回を総括したいと思います。2022年は、人間1人の力では「いかんともしがたい不条理さ」を感じる年だったのではないかと思います。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻、安倍晋三元首相の銃撃事件など不安をかき立てられる事件が起き、また、アフターコロナのマスク着用問題など、それぞれの立場から見たときに、「どちらが正しい」「どちらが間違っている」と一言ではいえない、難しい状況に置かれた人が多かったのではないでしょうか。私自身も、SNS(交流サイト)で意見を発信すると、誹謗(ひぼう)中傷を受けることが多いため、自由に意見を発信することが難しくなりました。

 そうした「分断」や「迷い」を感じた1年だと思うのですが、今回の受賞作品を見ると、困難な状況の中でも前向きさを感じられる本が多かったように思います。私は、全体的に「迷いの中に差す光」だと感じました。

 例えば、総合グランプリ(兼ビジネス実務部門賞)の『佐久間宣行のずるい仕事術』(佐久間宣行著/ダイヤモンド社)。過去の総合グランプリは、どちらかというと、「スタートアップ」や「イノベーション」といったジャンルから選出されていました。一方で、今回の著者は、テレビ東京という企業の中で長年実績を積み、最近独立してフリーのプロデューサーとして成果を出している佐久間さんです。もし、受賞作がイーロン・マスクの本だったら、多くの読者は「自分とはかけ離れているな」と思ってしまうかもしれませんが、「身近にいる頼れる先輩」というべき存在の佐久間さんだったら、素直に「あんなふうになりたい」と憧れる人も多いはずです。

 それにタイトルには「ずるい仕事術」とあるのですが、実は全然ずるくない。確かに普通のやり方ではないかもしれませんが、周囲の気持ちを推し量りながら、いかに円滑に物事を進めていくかの極意が書かれています。読者にとって、「こうすれば社会の中で自分の能力が生かせるのでは」と思える点で、まさに「迷いの中に差す光」のような本だと思います。

総合グランプリを受賞した『佐久間宣行のずるい仕事術』(佐久間宣行著)と編集担当のダイヤモンド社・石塚理恵子さん(写真提供/主催者)
総合グランプリを受賞した『佐久間宣行のずるい仕事術』(佐久間宣行著)と編集担当のダイヤモンド社・石塚理恵子さん(写真提供/主催者)
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 また、イノベーション部門賞の『リスキリング 自分のスキルをアップデートし続ける』(後藤宗明著/日本能率協会マネジメントセンター)も、著者の後藤さんが大変な苦労をされてスキルをアップデートしていった過程が書かれています。ポイントが整理され、かつ体系的にまとめられているので、これからリスキリングを目指す人にとっては道しるべになるような1冊です。

 政治・経済部門の『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(成田悠輔著/SB新書)は、民主主義と資本主義が渾然(こんぜん)一体となった現代の民主主義に対して問題提起をした本です。何が正解か分からない世の中で、「こうした見方もある」という気づきになるのではないでしょうか。

今年の受賞作のキーワードは「迷いの中に差す光」だというフライヤーの大賀代表取締役CEO(写真/フライヤー提供)
今年の受賞作のキーワードは「迷いの中に差す光」だというフライヤーの大賀代表取締役CEO(写真/フライヤー提供)
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「分かりやすい本=軽い」ではない

 それから全体的な傾向を見ると、「分かりやすい本」が増えたように感じます。読書というと、かつては「格調高く」「読解力のある人だけが体験できる世界」──今後もそうした世界観は残ると思いますが──でしたが、今回の受賞作は、「難しい思想・理論を分かりやすく」「多くの人に届ける」ように構成が工夫されたものが多かったですね。

 例えば、リベラルアーツ部門の『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(田中孝幸著/東洋経済新報社)、マネジメント部門賞の『だから僕たちは、組織を変えていける やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』(斉藤徹著/クロスメディア・パブリッシング)もそうです。

 これまでは、「地政学」というと「その世界の権威が語るものでなくては」という思い込みがあったかもしれませんが、『13歳からの地政学』は、かなり分かりやすく説明されながらも、国際政治のリアルが学べる内容になっています。

 「組織論」も、かつては経営者や人事部門向けの分厚い翻訳書が多かったイメージですが、『だから僕たちは、組織を変えていける』は、組織論に体系的に触れつつ、「自分が所属している組織をどうしていくか」と自分事化して解説しています。

 今までは「分かりやすい=軽い」というある種の誤解があったように感じますが、分かりやすい日本語、伝わりやすい表現で書かれているから「軽い」わけではありません。やはり本というものは自分で読み、しっかりと内容を咀嚼(そしゃく)してこそ役に立つもの。そういう意味では、今回の受賞作は本物の中から導き出されたエッセンスが凝縮されており、役に立つ本ばかりだと思います。

「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」の受賞作品の著者や編集担当者らが集まり、授賞式が開催された(2023年2月16日)(写真提供/主催者)
「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」の受賞作品の著者や編集担当者らが集まり、授賞式が開催された(2023年2月16日)(写真提供/主催者)
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取材・文/三浦香代子