「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」(フライヤー、グロービス経営大学院共催)の特別賞「グロービス経営大学院賞」には『限りある時間の使い方』が選ばれました。なぜこの本が選ばれたのか。最近、重要視されている「タイパ(タイムパフォーマンス=時間対効果)」に対する考え方を踏まえて、共催者であるグロービス経営大学院の田久保善彦・経営研究科 研究科長と、フライヤーの大賀康史代表取締役CEOに聞きました。
※他の受賞作については前回
「『ビジネス書グランプリ2023』受賞作品は“迷いの中に差す光”」
を参照
豊かな人生を送るための時間の使い方
グロービス経営大学院・田久保善彦さん(以下、田久保) 今回、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」でグロービス経営大学院が特別賞として選んだのは『 限りある時間の使い方 』(オリバー・バークマン著/高橋璃子訳/かんき出版)です。人生100年時代といわれ、この先も自分が長く生きるとしたら、「どのように時間を使ったらいいのか」と考えるビジネスパーソンは多いはずです。はたして仕事だけしていて豊かな人生といえるのか、長い人生を誰と過ごすのか──そうした疑問に答えてくれるのが、本書です。
グロービスの考え方でいうと、豊かな人生を送るためには「選択肢がある」ことが重要です。自らに高い能力があれば、例えば、「社内で手を挙げて何か新規事業に取り組む」「異動願を出す」「転職する」「独立する」といった選択肢が増えます。加えて、何かをやりとげる「志」、それを一緒に行う「仲間」も大事です。まさにグロービス経営大学院の教育理念である「能力開発(選択肢)」「人的ネットワーク(仲間)」「志の醸成」という3点セットについて、本書では触れられています。「豊かな人生とは」「良い時間の使い方とは」と迷ったとき、ぜひ手に取ってほしい1冊です。
時間の使い方といえば、現在、10代から20代前半のZ世代や若いビジネスパーソンを中心に、タイパを重視する動きがあります。そこで、この本を通じてタイパについて考えてみたいと思います。
「タイパ」だけでよいのか
田久保 グロービスには年間1000人以上の方が入学され、MBA(経営学修士)でビジネススキルを学ばれていますが、MBAと聞くと「生産性の高い経営で業績を上げよう」「効率的に時間を使えるビジネスエリートを育てよう」といったイメージがあるのではないでしょうか。まさに「タイパ」の極みといえるかもしれません。経営と効率は切り離せないものですし、そういった側面は否めません。
しかし、一方で、ビジネスパーソンにとって「今後どう生きていくか」「よりよく生きるとは」は非常に大きなテーマであり、グロービスでは「志系」の科目を必修としています。まさに「限りある時間の使い方」を考える必要があります。
私自身は今年4月に53歳になるのですが、バブルの直後ぐらいに社会人になった世代です。テレビでは「24時間戦えますか」というCMが流れ、ひたすら働いて、とにかく出世を目指して、というスタイルでした。今、そんな働き方を求めたら大問題になりますね。
「心」を「亡くす」と書いて「忙しい」という漢字になりますが、日々の仕事に忙殺されているビジネスパーソンこそ、本書を読んで「こんなに忙しい毎日でいいのか」「限りある人生、この時間の使い方でいいのか」と立ち止まってみてほしいと思います。
もちろん、ビジネスパーソンには、タイパ最優先で時間に追い立てられるように働かなければならない時期もあるでしょう。スタートアップの経営者、社内のプロジェクトに参加している方、期間限定の特殊任務に就いている方などは、特にそうでしょう。多くのケースにおいて、効率は大事ですし、投入した労力から感じられる満足感といったことを意味するタイパを否定するわけではありませんが、人生のふとした瞬間に立ち止まる必要はあると思います。
一方で若い世代は、「未来は明るいのか」と心配する人も多く、仕事や生き方に関する価値観が多様化しています。どの世代にとっても、これからは「時間の使い方」が人生の豊かさを決める時代になるでしょう。
また、本書では、「人は休むのが下手である」「安息日のような日を設けないと人は休まない」と書かれているのも興味深いところです。私は学生時代、理工学部で学んでいましたが、研究室に英国の大学の高名な教授が滞在していたことがありました。当時、電子メールに普及の兆しが見え始めた時期でしたが、その教授は、「コミュニケーションツールが増えて、仕事が減ったということは人類の歴史においてない」と嘆いていました。「手紙から電話、電話からFAXになって、私の仕事が何倍になったと思っているんだ。だから、私は絶対に電子メールを使わない」といっていましたが、今になってみると重みのある言葉です。確かに、電子メールが当たり前になってからは、コミュニケーションが24時間体制になりました(苦笑)。
考えてみると、「人はどちらかに行きすぎる」傾向があるのかもしれません。タイパ最優先なのか、余った時間を楽しむのか。淡々と効率的に働き生産性を上げるのか、非効率的であっても思いやパッションを重視するのか。そうしたどちらかに振り切れてしまいそうな振り子を、真ん中に戻す、逆サイドから考えてみるような働きが本書にはあると感じています。
「1冊10分読書」は深い読書への入り口
フライヤー代表取締役CEO・大賀康史さん タイパというと、時に「ファスト教養」と揶揄(やゆ)されるように、今はさまざまな短時間で学べるコンテンツが登場していますね。私自身は限られた時間で効率的に何かをする、身に付けるといったときに「タイパ」は重要だと思いますし、否定はしません。
ただ一方で、「短い時間でなんでもすませるのが正義」「かかる時間が長いから、タイパが悪い」とはいい切れないはずです。例えば、タイパの分母が「時間」で、分子が「効用」だとします。そうすると、「テーマパークに行って丸1日使ったけれども、すごく楽しかった」「2時間超の映画を見て、感動した」といった場合、確かに時間はかかっているけれど、豊かで充実した時間を過ごせたのであればなんの問題もないはずです。
そして、読書は本来、「時間はかかるけれどもタイパがいいもの」。例えば2000円前後で本を買い、1日かけて読み、新しい知識を得ながら、「自分はどう思うか」という考えを深めていけます。それはすごく尊い時間で、「丸1日もかけて、もったいなかった」とは思わないのではないでしょうか。
ただ、忙しいビジネスパーソンは読書の時間がなかなか取れない、というのが実情でしょう。そのためにフライヤーのサービスがあるのですが、「1冊10分の時短読書」「スキマ時間で幅広い知識を効率よく吸収」というスタイルは、「読書への入り口の提供」だと考えています。そこから、興味を持った本を1冊丸ごとじっくり読んでほしい。フライヤーは、その深く長い世界への入り口を、通勤やランチ、寝る前の時間といったスキマ時間に提供できることに価値があると考えているのです。
取材・文/三浦香代子