拡張生態系 生命から照らす人類・地球・科学の未来 』(舩橋真俊著/祥伝社)は、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチディレクターの舩橋真俊さんが書き下ろした、約700ページの大作。「拡張生態系」とは、人間の力で生態系の多様性や機能を高めることによって、食料問題や環境問題を根本から解決しようという一大パラダイムである。舩橋さんインタビュー2回目は、Synecoculture(シネコカルチャー/協生農法)について。

理論と実践の両輪で

日経BOOKプラス編集部(以下、──) 今回の取材では実際にSynecoculture(シネコカルチャー/協生農法)の農園を見学させていただいています。そもそもSynecocultureとは何ですか。

ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチディレクター 舩橋真俊さん(以下、舩橋) Synecocultureとは、生態系が自ら多様化していく仕組み(自己組織化)を活用した食料生産の方法です。無耕起・無施肥・無農薬の農法ですが、他の自然農法との違いは、たくさんの植物を混生・密生させ、人間が介入することで自然の状態より生物多様性の高い生態系を作るところにあります。

こちらではどれくらいの作物を育てているのですか。

舩橋 多様性の基準として、1000平方メートル当たりに約200種類の有用植物が育っています。ざっと見渡しただけでも、スイスチャード、小松菜、そら豆、にんにく、ねぎ…とさまざまな作物があります。

 このローズマリーはすごく丈夫で、たくましいですね。クワの木は植えていなかったのに、鳥のフンに入っていた種から芽が出て育ちました。ウドの地上部分が枯れたものなど、一見、人間にとって価値がなさそうな植物も、昆虫や鳥にとっては重要です。日よけにもなるのでそのまま残しています。収穫量は世界の温帯地域の露地栽培と同じくらいの水準を保っています。

元気に育っているクロマツを指さす舩橋真俊さん(Synecocultureの実験圃場で)
元気に育っているクロマツを指さす舩橋真俊さん(Synecocultureの実験圃場で)
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Synecocultureは無耕起・無施肥・無農薬とのことですが、厳密なルールがあるのですか。

舩橋 無耕起といっても、まったくほったらかしなのではありません。苗を植えるときには地面を掘らなくてはなりませんし、作物を収穫すれば生態系にとっては「撹乱(かくらん)」になります。問題は撹乱自体ではなく、その後に生物多様性が増進するかどうかなのです。いわゆる雑草が出てきたとしても、その特性を有効活用し、どの時点で有用作物に置き換えるか。土作りをする段階では、野菜よりも雑草を育てたほうが早いかもしれない。そうした「植生戦略ゲーム」に人が関与していきます。

 これは将棋に似ています。さまざまな性質の駒があり、それらをどう移動し、どう組み合わせるといいのかという問題を解いているイメージです。生物多様性にとってポジティブなことをしようとすると、結果的に全面的な耕起は必要ない状態になっていきます。

 散水も、必要であれば多少は行いますし、その場にたまってくる枯れ葉を移動するぐらいはします。虫を排除することはあまりありません。害虫に相当する虫はいます。でもSynecocultureの畑は、単一の害虫が大きな悪さをしない生態系になっています。それに、イタチ、スズメ、ネコ、ネズミ、ヘビなどいろんな小動物がやって来ますが、生態系を安定させたり外部との物質循環を促進したりするので歓迎されます。

多くの品種を密集させて植えるという発想はどこから来ているのですか。

舩橋 いくつかあります。1つは生物学における大腸菌の高密度培養実験です。大腸菌をぎゅうぎゅう詰めの状態にして培養すると、多細胞生物の組織分化に近いことが起きます。大腸菌の遺伝子発現が偏り出し、あたかも多細胞生物の誕生のように見えます。

 もう1つはカオス理論です。どんなに系(システム)を均一に保とうとしても、個々の要素がネットワークでつながっていると、わずかな差分(ノイズ)が増幅される現象が生じます。化学の分野では散逸構造論といって、これでイリヤ・プリゴジンがノーベル賞を取りました。長期的な気象予測が難しいように、目に見える自然現象においては相互作用が複雑でカオスが至る所にあるので、一定の状態で安定している「単純系」はほとんどありません。こうした理論がヒントになりました。

 3つ目は、桜自然塾の大塚隆さん(編集部注:三重県伊勢市で協生農法を実践する農家)の畑を見学し、混生・密生の類型が見えたことです。実際の圃場作物における混生密生の多様な効果を観察でき、さらに多様性の高い生態系の構築実験を発展させていくきっかけになりました。このように、Synecocultureは多分野における理論と実験の両輪によって、アップデートしてきました。

 この実験圃場の向かいに見える高麗山(こまやま)には、神奈川県最大の自然林が残っています。私が子どもの頃、この山道をかけずり回り、滑って落ちそうになったときに岩の上に根っこを張った木につかまって、「自分の命は支えられているのだな」と思ったのを覚えています。

幼少期に舩橋さんが遊んでいたという高麗山。神奈川県最大の自然林が残っている
幼少期に舩橋さんが遊んでいたという高麗山。神奈川県最大の自然林が残っている
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 慣行農業(編集部注:農薬や肥料を用いる一般的な農法)をしている人からは「無農薬や無施肥では育たないでしょう」と言われます。でも、あの自然林の中では、農薬も肥料もないのに木々は豊かに茂っています。私は大磯の森や海に囲まれた場所で育ったので、それが原風景としてあり、「拡張生態系」の原理とも通じるものです。この圃場は周囲の自然生態系とも共通の植物が生育していて、周囲生態系をモニターする拠点にもなっています。

大磯農園のルーツ

舩橋さんは大磯出身ですか。

舩橋 生まれたのは茅ヶ崎で、すぐ大磯に引っ越して以降は大磯がベースです。実はこの実験圃場の土地も舩橋家のもので、近くには実家があります。一般社団法人シネコカルチャーの事務所も、もともとは戦後に舩橋家が地域の寡婦の雇用支援のために建てた工場で、最近ではカフェやギャラリーに改装され、コロナ禍以降は研究拠点として使っています。

 舩橋家は、最初は京都にいたらしいのですが、応仁の乱で京都から逃げ延びて大磯にやって来た最初の28軒の集落の1つと伝えられています。私で20代目ということが分かっています。もともとは京都の藤原家の分家の清原家、そこから大磯にやって来て、網元や庄屋などいろいろな商売をしていたようです。昔は大磯駅から海岸まで舩橋家の土地だったそうですが、戦後の農地改革で没収され、今はポツポツと土地が残っているぐらい。その1つを実験圃場として使っています。

15年経過した拡張生態系の森

舩橋 こちらは、大磯で初めて拡張生態系の実験をした所です。最初は砂利が敷かれ、キョウチクトウが1本あるだけの公園のような場所でしたが、たくさんの植物を植えて15年がたち、畑から森林へと遷移してきています。高麗山の森にはない、オリーブなどの有用植物も育って木になっています。

15年が経過した拡張生態系の実験圃場
15年が経過した拡張生態系の実験圃場
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ここではどういう研究をしてきたのですか。

舩橋 5年ぐらいごとにテーマが変わっています。最初の5年はSynecocultureの研究、次の5年が農園を超えて2次林がどうできていくかの研究。直近の5年は都市部における緑地のプロトタイピング(実証実験)を行っています。遷移がどんどん進んで森に近くなっていくので、植生の発展状況に合わせ研究テーマが変わります。

これからのテーマはどうなりそうですか。

舩橋 いくつかあります。都市の緑化に当たってどの植物を植えると生態系機能がどう変わるのかという観点から、データベースを作っています。また、ここは宅地なので、住居を囲む樹木の研究も行っています。ここにダイニングテーブルを置き、関心のある企業の役員を招いて食事会をしたこともあります。皆さん楽しんでおられましたよ。

都市部の緑地というと、皇居の緑や明治神宮の森も拡張生態系ですか。

舩橋 明治神宮の森は、学術的にも拡張生態系の一例と言えます。鎮守の森とは神社の社叢(しゃそう)を指しますが、明治神宮では約110年前、将来、広葉樹林へと発展することを見据えて人工林が造成されました。(詳しくは『 明治神宮100年の森で未来を語る Mの森連続フォーラム全記録 』[明治神宮国際神道文化研究所編/鹿島出版会]を参照)。日本人は「森」と聞くと映画やアニメに出てくるような雑木林を思い浮かべますが、そうしたイメージの背景には、このような広葉樹林の景観があります。

 よく「Synecocultureは里山農業ですか」と聞かれますが、違います。実は一時期、僕は里山を研究しようと思って真剣に探したことがあります。能登半島の世界農業遺産「能登の里山里海」も見に行きましたが、いわゆる物語に出てくるようなところは見つかりませんでした。日本人の里山信仰はメディアによって作られた部分が大きいようで、実際にそのような森があるのなら見てみたい。

 私は学生時代、明治神宮の境内にある武道場で、合気道と鹿島神流の武術を習っていたことがあります。門が閉まった後、誰もいない真っ暗な明治神宮の森を一人歩くようなことを毎週していました。だからそういう経験も拡張生態系のルーツの一つになっているのかもしれません。

文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子