真山仁氏の小説「ハゲタカ」シリーズは、ファンドマネージャーの鷲津政彦を軸に、投資ファンドとそれを取り巻く人とカネを描く。シリーズ第6弾として日経ビジネスで連載されていた『 チップス ハゲタカ6 』(日経BP、上下巻、リンクは上巻)が発売された。8年ぶりの新刊の舞台は台湾、そしてテーマは半導体。シリーズ開始から約20年。ハゲタカはなぜ、「半導体」に向かったのか。真山氏はなぜ台湾・米中・日本の思惑が激しくぶつかる現実世界を、現在進行形として描くことを選んだのかを聞いた。

ハゲタカシリーズを「歴史小説」として捉える読者は多い
最新刊『 チップス ハゲタカ6 』のテーマは「半導体」です。以前から温めていたテーマというわけではなく、練り上げた構想があったわけでもありません。さまざまなタイミングが合わさって、まさに今も現在進行形であり地政学も絡むような大きなテーマを題材にすることになりました。
『
ハゲタカ
』(講談社文庫、リンクは新装版、上巻)1作目は2004年に発売され、2007年2月〜3月にNHK「土曜ドラマ」枠で放送されました。
放送当時は「お父さんが部屋にこもって見るドラマ」だったようです。当時を知る世代が、ドラマを見て目を真っ赤にして部屋から出てくる。
まだSNSなどなかった時代ですが、番組の掲示板を見ると、ドラマの感想とともにバブル時代の思い出が書きつづられているのが印象的でした。物語の舞台だったバブル当時、金融の第一線で働いていたビジネスパーソンが、当時を思い出していたのでしょう。私自身はそのつもりはありませんでしたが、「ハゲタカを歴史小説として捉えている人も多いのだ」と気づかされました。
その後、2作目の『 ハゲタカ2 』(原題は『バイアウト』、講談社文庫、リンクは新装版、上巻)を経て、中国資本による大手自動車メーカーM&Aを扱った3作目『 レッドゾーン 』(講談社文庫)連載中に、リーマン・ショックが起きました。すると、「ハゲタカでリーマン・ショックをどう描くのか教えてほしい」との取材依頼が増えたのです。「歴史的に大きな事件が起きると、それをハゲタカで取り上げることを期待されている」と感じ、「ハゲタカは今後、世界的な大きな経済事件が起きた後に、それをテーマに書くべきだ」と思うようになりました。
実際にリーマン・ショックをテーマに書いたのが、2013年発売の『
ハゲタカ4 グリード
』(講談社文庫、リンクは上巻)です。連載を開始したのは2012年の頭ですから、リーマン・ショックからすでに4年近くたっていました。
歴史小説は、発生からしばらく時間経過があり、ある程度総括できていないと書きにくいものです。「今起きていること」を取り上げると、執筆中にどんどん状況が変化し、場合によっては設定を一から見直さねばならなくなりますから。
そして第5弾となる2018年発売の『
ハゲタカ5 シンドローム
』(講談社文庫、リンクは上巻)は、2011年の東日本大震災と原発事故をテーマにしましたが、それ以降、ハゲタカで取り上げるべきだと思える歴史的な大事件とはなかなか出会えずにいました。
もちろん、それがマストというわけではないし、ハゲタカで未来志向のテーマを取り上げてもいいはずなのですが、「歴史小説として読まれている」「歴史的経済事件を取り上げることを求められている」と思うと、簡単には踏み出せなかったのです。
『チップス』執筆のきっかけは半導体地政学との出会い
そんな中、日本経済新聞社編集委員兼論説委員(当時)の太田泰彦さんから著書『 2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か 』(日本経済新聞出版、書影・リンクは増補版)をいただきました。地政学と半導体の関連に興味を引かれて読んだところ、「これは歴史的な大事件だ」と驚かされました。2022年のことでした。
そもそも私自身の半導体に関する認識が、1980年代の「半導体王国・日本」で完全に止まっていることに気づきました。もちろん汎用半導体はとっくに台湾や中国、韓国に負けていることは理解していましたが、先端半導体については日本がリードしている、少なくとも競争のテーブルには乗っていると思い込んでいたのです。
現実は異なり、台湾企業が半導体専業ファウンドリとして世界を握っており、それを中国、アメリカが虎視眈々(たんたん)と狙っている。そして日本でも、国内大手8社が出資するラピダスが、政府支援の下で設立されるなど、明らかに半導体が世界でホットなテーマになっていると分かりました。
「すでに起こったことでないとハゲタカでは取り上げにくい」と思っていましたが、今後数年で世界のIT・製造業の構図が激変すると予想され、待ったなしのテーマだと確信しました。そんな中、台湾を巡る状況も緊迫してきた。これは一段落するまで待っている場合じゃない、ハゲタカシリーズでは過去一度もやってこなかった「現在進行形」で、今すぐ半導体を追いかけてみよう、と決意しました。
タイミングよく日経BPとのご縁ができて、2023年から『日経ビジネス』で連載がスタートしました。おそらく編集部では、現在進行形のテーマを取り上げることに対して不安があったかと思いますが、時代に負けないようどんどん書いていこうと腹をくくりました。気づいたら1年の連載予定が、2年になってしまっていましたが。
現在進行形の作品は「想定外」の繰り返し
現在進行形の小説を連載するのは、予想以上に大変なことでした。1回の連載で取り上げられる文字量は決まっていますが、毎週のようにとても書ききれないほどの大きな出来事が起こるからです。
ハゲタカシリーズは投資ファンドの話なので、もっと経済にウエートを置きたいのですが、経済だけに留まらず、国際政治や政権まで動いてしまう。1つのエピソードを書き終わり、次はこれを書こうと思っていたのに、それを許さないような想定外のことが毎週のように起きるわけです。とはいえ、出来事にいちいち対応していたら設定が破綻してしまうので、基本的には想定通りに書き進めるのですが、「このような激動の状況下で、今後どのように物語を展開させればいいのか」と悩んだことは何度もあります。編集担当もおそらく「ここからどう折り合いをつけるんだろう」と不安だったと思います。
一番怖かったのは、連載中に本当に台湾で戦争が始まってしまうこと。そうなったら小説どころじゃないですからね。
戦争はたった1人の不用意な発言や、1つのアクシデントが引き金になることが往々にしてあるので、ずっとヒヤヒヤし続けていました。小説であり、ノンフィクションではないのですが、国際社会に影響を及ぼすぐらいの大きな出来事が起こったらそれを無視するわけにはいきません。
あり得ないことを「あり得るようにする」のが腕の見せどころ
『チップス』で鷲津がターゲットにする、世界最強の半導体企業「FSC」の時価総額は約130兆円です。買収するには過半数を取ればいいわけですが、半分と言っても国家予算レベルです。じゃあ鷲津はどのような手を打てばいいのか。
これまでに様々なM&Aの技術は使ってしまっているし、金融のプロに取材し相談したところで「こんなことあり得ない。無理でしょ」で終わってしまうから、ここが小説家としての知恵の絞りどころでした。
「あり得ないこと」を「あり得る」ようにできたのは、私が買収防衛策のプロではないからだと思います。常識にとらわれず自由に考えることができるから、プロが思いつかないようなことを発想できるのではないかと。推理小説作家が密室トリックを考えているようなもので、生み出す過程は本当に苦しいですが、そこがこの仕事の面白いところでもあります。
物語を展開するうえで、「ハゲタカ」シリーズのやりやすさを実感するのが、世界中に鷲津の人脈があり、買収した会社が存在する点。『チップス』では、鷲津は途中から台湾からいなくなり、世界中を飛び回ります。そのほうが、日本や台湾にいては絶対に思いつかないような視点やアイデアが得られるはずですから。

人気キャラを登場させるときは「予想の裏をかく」
私の頭の中には、これまでのすべての登場人物がイキイキ生きています。彼らを常に頭の中でふわふわと浮遊させながら、どのタイミングで誰を登場させるべきか考え、ベストなタイミングで引っ張り出すようにしています。
その際に意識しているのは、「皆が予測しているタイミングを外す」こと。スピルバーグの映画『ジョーズ』が面白いのは、皆が「出てくる」と思う時にサメは出てこなくて、安心しているときにいきなり出てくるから。だからドキッとして心がたかぶります。
ハゲタカでも、多くのファンが「この場面なら彼(彼女)が出てくるんじゃないか」と思うであろうシーンではあえて出さず、こんな場面で!と驚くようなところで出すなど、予想の裏をかくようにしています。極力「こんなところでこんなことをするのか!」と思うような場面で登場させる(笑)。読者に愛されているキャラクターも多いですし、決して出し惜しみはしませんが、予想を裏切るタイミングはどこかと常に考えています。
『チップス』でも、意外な人物が思いもよらないタイミングで出てくると思いますので、楽しみにしてください。
(次回へ続く)
取材・文/伊藤理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/的野弘路

