真山仁氏の小説シリーズ「ハゲタカ」。先ごろ発売された『 チップス ハゲタカ6 』(日経BP、上下巻、リンクは上巻)の舞台は台湾、そして半導体――まさに今、非常にホットなテーマだ。真山仁氏インタビューの第2回は、執筆に際して行った台湾取材や、日本の半導体産業はなぜ衰退したのか、そして『チップス』を通して伝えたいことなどについて聞いた。

台湾取材では「ファクト」よりも「ムード」をつかみたかった
『
チップス ハゲタカ6
』のテーマは半導体。台湾の世界最大の半導体受託製造企業「FSC」を巡る買収劇を描くため、台湾取材を行いました。
FSCのモチーフとなったTSMC(台湾積体電路製造)の直接取材はかなわず、元従業員や関係者、大学の先生などの識者、メディアなどに話を聞いたり、現地の人にTSMCの評判や感想を聞いて回ったりしました。ファクトだけでなく、現地の雰囲気、ムードをつかみたかったのです。
盤石といわれる会社をターゲットにするのが、ハゲタカシリーズの重要な要素であり、面白さだと思っています。この時代に盤石なんてあり得ないから、それを崩すのが面白い。今回も台湾で多くの人に話を聞きましたが、9割以上の人が「TSMCは盤石」と言っていました。トップから陥落することは絶対にないと。
私が「TSMCがトップに君臨しているのは、アメリカが寄り添っているからでは? ある日突然アメリカから、『もっといいパートナーが見つかった』と言われたらそれで終わるかもしれない」と言うと、みんな「そんなことがあるはずがない」と口をそろえるのです。
「日本企業はダメになったけれど、同じようにならないという自信はあるのか。経験者である日本の状況から学んだほうが良いのでは?」と言うと、明らかに動揺が見えますが、「それでも信じたい」という思いがとても強い。その逡巡と決意こそが台湾の今を物語っていると感じました。
確かに、実際のところTSMCが盤石でないと台湾は困ります。極端なことを言えば、日本なら大手自動車メーカーが1つだめになっても何とかなるけれど、台湾はTSMCが衰退したら相当なダメージを受けるでしょう。
『チップス』各章のタイトルは、「諸行無常」「盛者必衰」など『平家物語』から引用しています。今の台湾のムードは、平清盛が栄華を誇っていた時代に似ているような気がするからです。
いつか清盛は死ぬ。清盛亡き後、平家が滅びたら、源氏が出てくる――。どこの国か分からないけれど、別の勢力が台頭してくるに違いなく、台湾は一掃されるのではないか。そんな栄華の裏にある危うさを、現地で感じました。
『チップス』では、ものづくりの宿命を描きたかった
半導体のような先端企業は鮮度が命ですが、M&Aの世界では、その鮮度が大きなリスクになります。
『ハゲタカ2』では総合電機メーカーの買収を描きましたが、執筆前に10人のファンドのトップに取材したところ、9人に「(先端企業を取り上げるのは現実的ではないから)やめておけ」と言われました。その最たるものが、半導体だと。
確かに、先端企業は設備投資に巨額の費用がかかり、最先端を維持するにも巨額の費用が必要。それを回収する前に次の設備投資が待っている。技術を持つ「人材」も重要になりますが、人件費が高騰すれば補充が難しくなる。過剰品質の追求やコスト増の末に、安価な海外製にシェアを奪われ、国際競争力を失う。これは日本の半導体がたどった経緯でもあります。
TSMC進出で沸く熊本県にも取材に行きました。2024年に第1工場が開所、量産がスタートしています。第2工場は2027年末に稼働予定ですが、街のバランスがおかしくなるぐらい人が増えていて驚きました。現地は活況に沸き、お祭り騒ぎのようになっていますが、半導体は商品サイクルが短い。5年後、10年後に、街がどう変化しているかを考えさせられました。
そもそも、TSMCが熊本で製造している半導体は2世代、3世代前の半導体で、最先端の製品ではありません。日本は汎用製品の生産拠点を支える役割を担っているわけです。これがかつての「半導体大国・日本」の現実です。
歴史は繰り返します。『チップス』では未来を描いていますが、私は歴史小説だと捉えています。半導体大国・日本が失速したように、歴史を振り返れば必ず起こることを、未来をベースに書きました。半導体がテーマではありますが、「ものづくりの宿命」の話であるともいえます。

「ものづくり大国・日本」という思い込みを疑う
『チップス』は、台湾の巨大半導体企業の買収を巡る米中の思惑を、台湾有事の可能性も交えて描いた小説です。この本を通じて「世の中の出来事は、一つの側面だけではなく、いろいろな側面を見ないと正しく理解できない」ことを認識してもらいたいと思っています。
台湾有事が起きる要因は軍事的側面だけではありません。米中の軍拡が一触即発の状態にあるといわれていますが、彼らは別に軍拡競争をしたいわけではないでしょう。
国のいざこざの背景には、必ずお金が絡みます。宗教戦争でも、その裏にはエネルギーや鉱物などの経済的要因がある。報道の裏に経済的理由がないかという視点を持って考えるようにすれば、より複合的な構図が見えてきます。
『チップス』が、その視点を持つきっかけになるかもしれません。世界情勢が目まぐるしく変化している今こそ、鷲津のように一つの側面に固執せず、いろいろな側面から世の中を見てみるのは大切です。
また、本書を通じて、ものづくり大国・日本という幻想に気づいてほしいという思いもあります。「ものづくり日本」を復活させるために国が投資を加速していますが、この方針には正直疑問です。「夢をもう一度。これこそ日本の成長戦略だ!」と声高に言う人がいますが、誰も「本気?」「無理では?」と異論を唱えない。
日本が勝つには、集中的にすでに現在技術力を磨いているスタートアップに投資すべきです。日本の行く末を支える成長産業や戦略は、過去の栄光の延長線上に設定するのではなく、世界の潮流の中で努力し工夫して生まれた「時代に即した成長産業」を主役にすべきです。その中心となるのは、これからの日本を支える若手世代です。
20代から40代ぐらいまでの人には、「今の日本に何が足りないのか、どうすれば日本が成長軌道に乗り、その中で自分も生き生きと働けるようになるのか」を考え、行動してほしいですね。何を考えどう行動すればいいのか、ピンとこないという人もいると思いますが、『チップス』のように世界を舞台にした小説を読むことでも、気づけるものがあるのではないかと思います。
「絶対がない」時代にはチャンスも大きい
『チップス』では、世界をけん引するような巨大企業で、盤石といわれていても、揺らいだり潰れる可能性があることを描きました。世の中に“絶対”はないからです。
『チップス』に限らず、「ハゲタカ」シリーズではこれまでも、世の中に絶対も不可能もないと言い続けてきました。鷲津政彦がたった一人でも、「信じられない」と言われることを考えつき、やり遂げてきました。金融のプロほど「こんな手法はあり得ない」「こんな会社は買わない」と常識にとらわれがちですが、そんな常識もどんどん変化しつつあります。
「絶対がない」ということは、それだけチャンスも大きいといえます。競争に加われない昔ながらの大企業にはその役目を終えてもらい、新しいチャンスの場を自ら作るのは若い人の役目であり特権です。将来性がある面白いことをやっている人に、もっと人もお金も集まる社会にすべきだと、声を上げてもらいたいですね。
「どうやって声を上げればいいか分からない」という場合は、まず「自分はこれをやりたい」という目的意識を持つことが重要です。私は大学生や若手ビジネスパーソンと定期的に勉強会をしていますが、「目的が見つからない」「この会社でやりたいことがないから辞めたい」などと言う人がいます。組織が息苦しくてしんどい、組織に幻滅したなんて声もよく耳にしますが、それが理由なら、転職しても同じことです。
組織のせいにするのではなく、まずは自分でやりたいことを見つけないといけない。目標やミッションが見えれば、仕事はどんどん楽しくなるはずです。
「それが見つからないから辞めたい」と言う人には、今の会社で3年は頑張ってみるように伝えています。しんどくても3年間がむしゃらに目の前の仕事に取り組み、外に出ても通用する技術を身に付ける。その間にビジネスパーソンとしての経験値が上がり、人脈もできます。その過程で「やりたいこと」の芽も見えてくるでしょう。3年後、今の会社で新たな目標ができているかもしれないし、環境を変えて挑戦できるかもしれません。
小説は自身の「経験値」を上げる装置になる
小説は、登場人物を頭の中で動かし、状況をリアルに想像できます。本を読みながら、追体験を重ね、人生の経験値を間接的に増やせます。彼らと自分を比較することで、「今、活躍できていない理由は、自分にあるのだ」と気づき、足りないものが見えてくることもあります。そのうち「こんなとき、主人公ならどうしたか?」と振り返るようになります。
さらに読書体験を重ねると、「自分が主人公なら、こんな考え方や行動はしない」と思うシーンも出てくるでしょう。そして「自分ならばどうする?」へ。読むほどに視点が広がり、行動のヒントが得られると思うのです。
面白いのは、同じ小説でも、読み手の性格や属性、年代などによって受け止め方ががらりと変わること。例えば「ハゲタカ」シリーズなら、鷲津と同世代ならば「60過ぎてよくやるな」と感じるかもしれませんが、20代、30代なら「自分もこうなりたい」と思う人もいるでしょう。
背負っている人生と物語が融合するとき、化学反応が起きます。『チップス』を機に「こういう方法ならば世界が変わるのでは?」と発想するなど、一歩踏み出す力になればうれしいですね。
取材・文/伊藤理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/的野弘路
