そもそもどうして「介護と仕事の両立」は難しいのでしょうか。理由はシンプルで、事前の情報不足です。突然、非日常の異常事態に直面するから難易度が上がるのです。新刊『上司に「介護始めます」と言えますか? 信じて働ける会社がわかる』から抜粋、いつかやってくる「その日」に備えて、知っておきたい勘所をご紹介します。その第1回。
介護は「突然始まる」から難しい
介護の情報は世の中にあふれています。それでも「介護」と聞くと、有名人の介護での苦労話や、親が認知症になる怖さなど、とにかく見たくない、聞きたくないイメージばかりが強くて「今じゃなくてもいいだろう」と、情報そのものを避けてしまうのではないでしょうか。
でも、「親の介護が始まると、おそらくこういうことが起こる」と、あらかじめ情報を仕込んでおけば、いざというときの精神的な負荷が減り、対応もずっと楽になります。
そこで、まず会社員が介護でハマりやすいケースを再現ドラマ仕立てでご紹介しましょう。これから介護の問題を考えていく方には事前の情報として参考になるかと思います。その上で、両立の難しさを理解して頂ければ幸いです。
再現ドラマといっても架空の話ではなく、延べ4000人近くの会社員の介護に接してきたNPO法人「となりのかいご」代表理事・川内潤さんによる「介護あるある」の事例や、母親の遠距離介護を実践した編集Yの親の介護の実話をたっぷり織り込んでいます。
今回の主人公は男性の会社員、年齢は50歳。バリバリ働いていて、普段は田舎の親のことは思い出しもしません。そんな彼が、介護を始めるきっかけは――。
という、姉からの電話がすべての始まりだった。母は、東京の我が家から電車で2時間ほどの生家で独り暮らしをしている。
自分が50歳になれば、母も80の大台に乗る。母がいつまで独り暮らしできるものなのか、と考えてはいた。だが、実家の近所に住む姉が面倒を見てくれるので、自分は仕事で稼いで経済的なバックアップを担当すればいい、と思っていた。
しかし、そんな甘い希望を現実が容赦なく打ち砕いた。
「高齢者の入院は、体にも精神にもダメージが大きい」と聞いていたが、その通りだった。なかなか骨が付かずベッドで動けないでいる間に母は気力体力が衰えていった。「母さん、どうも記憶がぼんやりしちゃっているみたい」と、姉も気づいて連絡してきた。
きれいだった実家がゴミ屋敷に
ほどなく母は退院し、実家に帰ってきた。「それはいいんだけれど、テレビ通販で止めどなく買い物したり、『家に泥棒が入った』って、警察に電話したりするのよ。毎日振り回されちゃって……」
姉からのLINEにぼやきが増えてきた、と思っていたら、挙動不審な母を介護するストレスのために、なんと今度は姉が倒れてしまった。
「誰か面倒を見てくれないか」と、近くに住む親戚に相談してみたところ、「あなたは長男だし、そんなに遠くに住んでいるわけでもないでしょう? お母さんが大変なんだから、いい機会だし、あなたがときどき帰省して親孝行してあげたら」と言われた。
たしかに、自分はずっと親元を離れて、好きに暮らしてきた。その埋め合わせと思えば納得はできる。本当は会社で自分の新しい企画が通って、毎日残業で疲れ気味なので週末くらい休みたいところだが、ともかく様子を見に行ってみることにした。
土曜日、電車を乗り継いで久しぶりに実家に着いた。
小ぎれいな一戸建てだったはずだが、なんとなく荒れた雰囲気が漂っている。庭の草木が伸びっぱなし、玄関前も吹き寄せられたゴミがそのまま、ポストもチラシが突っ込まれっぱなしで、まるで人がいないような雰囲気になっている。すごく嫌な予感がした。その予感は家の中に入って的中する。
「ただいま」と玄関を開ける。「よく来たね」という母の声が、右から左へ抜けていく。なんだこの散らかりようは。言葉が出ない。履き物があちこちに脱ぎ捨てられてどこに脱いだらいいのか。廊下にも荷物が出しっぱなしだ。リビングに入るとテーブルの上も床も食器や雑誌、通販の箱でいっぱいで、足の踏み場もない。
久しぶりに帰省したら実家がゴミ屋敷になっている件――。
片付けようとすると母、激怒
私を育ててくれた母は、とってもきれい好きだった。自分が子どもの頃は家の中にはちりひとつなく、身ぎれいにしろとうるさくて、着替えや入浴をサボると叱りつけられたものだ。その母が、いったい何日着ているのかと思うようなくたびれた服を着ている。どうも風呂もあまり入っていないようだ。白髪が増えているのは仕方ないとして、だらしなく伸びてほつれ、フケや脂が浮いている。
そして口を開けば「息子(孫)はもう小学校かい?」。とっくに大学生だよ、とその都度答えながら気持ちが冷えていくのを止められない。これが、親が老いるということか。
せめてリビングだけでも人の住む家らしくしたいと、目に付いたゴミを袋に放り込み始めると、母は突然怒り始めた。
「ちゃんと整理しているんだから、余計なことをするな」「私の大事な物ばかりなのに、なんで捨てるなんてひどいことをするんだ」と、話がまったく通じない。
これはただごとではない。ほうほうの体で東京に帰ってきたが、どうにかしなくては。知った以上放ってはおけない。週末ごとに実家へ行き、そのたびに親の言動に驚き、怒り、悩む日々が始まってしまった。
NPO法人「となりのかいご」代表理事・川内 潤(以下、川内) 高齢の親御さんがいたら、いずれは介護を考えなければならないのですが、「介護は突然始まる」という印象を持つ人はとても多いです。これは主人公のように「介護になっても別の親戚が面倒を見ている/見るはず」と考えがちなことも、原因のひとつです。
自分は一人っ子なので逃げる余地がなかったから、わりと早い時点で「自分がなんとかせねば」と覚悟を決めざるを得なかったわけですね。
川内 それはある意味一人っ子のメリットですね。多くの場合、他の人をアテにしていながら、その人が倒れたときのことまで考えなかったりするわけです。
ああ、お姉さんに戦線離脱されちゃっていきなり苦しくなる、みたいな。
川内 ところでこの話、かなりYさんの体験に近いですよね。
そうです。でも自分の場合は「介護の本を作る」という仕事で、親に会う前に「老いによって、記憶が怪しくなったり、部屋が散らかったり通販の買い物が爆増したり、他責が目立ったりする」という知識を得ることができたので、「ああ、これか」と思えました。
川内 強制的に介護について学習する機会があった。それはラッキーでしたね。
本当にそう思います。でなければ何が起こったのか、誰にどう相談すればいいのか、何もわからずに、自分で抱え込んだでしょうね。
川内 そして、親の介護はなかなか個人で抱えきれるものではありません。「日経ビジネス」の調査結果を見ても、親の生活の様々な場面で、仕事をしながら介護をしている人が奔走している様子がうかがえます。
本当に大変だと思います。おまけに、これは自分もたっぷり味わいましたが、「着替えができない、入浴していない」といった、親ができないあれこれのことが、なぜか自分の中で怒りやいら立ちに変わってしまうんです。そして親を責め、責めた自分を、老いた親に対してなんてことを、と、また責めてしまう。
だが、実際には「老いたな」と感じさせる母を見たくない気持ちを押し殺して週末のたびに実家に戻り、そのたびに些細なことが気に障って、けんかして帰ってくる。そして「今週こそは優しくしてあげようと決めていたのに」と、自分にがっかりしてしまうのだ。
こんな調子では、気持ちも体調も落ち込む。仕事へのモチベーションを維持するのが正直難しくなってくる。上司や同僚からも「ちょっと疲れているんじゃないか?」と気遣われた。
だが、「親が困ったことになって」とは言いにくい。介護があるなら、これ以上は働けないね、と思われて、やっとつかんだやりたい仕事から外されるかもしれない。
そのうち母から「お父さんからもらった大事な指輪がなくなった」「家の中が誰かに見張られている、盗聴器があるみたい」などという電話が、昼夜問わずにかかってくるようになった。
最初は真に受けて「警察を呼んだほうがいいのか」と思ったが、どう考えてもおかしいので「今度行ったときにじっくり聞くから」と言い聞かせた。しかし、とうとう「○○県警の者ですが、お母さまから家に泥棒が入ったと通報がありまして」と、警察官から電話がかかってきた。母が勝手に110番してしまったのだ。
こういう想定外の電話が、仕事の最中だろうが夜中だろうがかかってくるのではたまらない。電話に出た後は気疲れと脱力感で、アタマも気持ちもまともに動かない。もはや、母からの電話は着信拒否にするしかないのかも、と悩んだ。
が、ある日、ぱたっと電話が来なくなった。
さすがに落ち着いたのかな、やれやれ、と安堵していると、先にお世話になった病院から電話が。母が買い物先で転倒し、また入院しているのだという。姉は「もうお母さんの面倒はこりごり!」と宣言してきたので、やむなく自分が行く。
川内 親御さんが警察や消防署に電話を入れてしまうのは「あるある」です。
これも自分で経験しました。介護本を作ったおかげで「あるあるだぞ」と知っていたので「ああ、本当にお母ちゃん、110番しちゃうんだなあ」と、ある種感慨を持って受けとめることができました。いきなり新潟県警からの電話を喰らったら、「何やってんだ!」と母に激怒したと思います。
川内 親の被害妄想への対応は、子どもには本当につらい。公の機関に迷惑をかけた、という気持ちが加わったらなおさらですよね。でも、本当はそこまで責任感を持つ必要はないと私は思いますよ。親の人生を自分の責任で引き受けるなんて、むしろ不遜というものです。最近の警察や消防署は、こうしたお年寄りの方の対応にも慣れてきましたし。
とはいえ……。
川内 というか、社会の側がいい意味で慣れていかないと、これからの超高齢化社会に対応することができません。でも、現実はまだまだ、「親の面倒は子の、家族の責任」という、“親孝行の呪い”にとらわれているんですよね。
公的支援を母、断固拒否
母の再度の入院でまたがっくりきたが、意外な突破口がそこから開けた。担当医に親と自分の状況を話したところ「それなら、ホウカツに相談しては」と言われたのだ。ホウカツ(包括)=「地域包括支援センター」という、介護保険による支援の窓口になる公的機関が、日本中に、おおむね中学校の学区単位で設置されているのだという。
「そこに相談すると、状況に応じてケアマネジャー(ケアマネ)がケアプラン(介護サービス計画書)を組んでくれて、ヘルパーさんがお母さんの生活を支援してくれるはずです」と担当医。
そんな制度があったのか……恐る恐る料金を聞くと「介護保険はあなたが40歳から払っている保険料で運営されているんですよ」と教えられた。改めて、自分が介護について何も知らないことを実感する。
介護保険を使うには、包括を通して要介護認定を受ける。そこで「要支援」「要介護」(それぞれ段階あり)の認定が出れば、ケアマネの作成したケアプランに従ってヘルパーに支援を依頼できる。なるほど。これなら、仕事と介護を両立できるかもしれない。
ところが、意外なことに支援してもらう本人である母がこれに抵抗した。
母に介護保険の仕組みと、ヘルパーを家に呼んで身の回りの面倒を見てもらうことを提案すると、母は怒り出した。「親をばかにするな、私は自分一人で生きられるんだ」と怒り出したのだ。「家に他人を入れるなんて、とんでもない」と、すっかりかたくなになっている。
川内 ああ、そうなったか。『親不孝介護』で詳しく触れましたけれど、とにかく早く、親御さんが介護の必要がない状況でもいいから、包括と連絡を取って「高齢の親がこの地域にいる」ことを知ってもらったほうがいい、としつこく私が言うのはこのためなんです。
親が元気なうちから相談しておくのは、ヘルパーさんをはじめ“知らない人”が家に来ることになじんでもらうため、でしたか。
川内 親御さんに、健康相談などの口実で介護支援の関係者が出入りすることに慣れてもらうこともありますが、もっと大事なのは、いざ支援が必要になった際に「親を自分でなんとか説得せねば」というプレッシャーが軽くなって、相談しやすくなることです。
「家族だけでなんとかしよう」と思わずに、すぐ包括に相談しよう、と考えることができる。そこが重要なんですね。
川内 そうです。そして、状況がまだ悪化しないうちに相談してもらえるというのは、支援に当たる人たちにとっても、大きなメリットがあります。
「何も困っていないうちから公的機関に相談するなんてずうずうしい」と考えてしまう方が多いのですが、潜在的な要介護者がどこにどんな状態でいるのかをつかむだけでも包括にとってはありがたい。相談が遅くなるより早いほうが、全員にとってずっといい結果になります。私はよくこのたとえを使うのですが、消防だって大火事になってから呼ばれるよりも、ぼやで済むうちに出動できるほうが助かりますよね。それと同じです。
ちなみに、包括に相談する際に親本人の了解は?
川内 要りません。子どもの判断で早めに相談するほうが、本人のプライドを傷つけないためにもいいと思います。
しかしながら「日経ビジネス」の調査によると、公的支援を依頼する前に親本人と話す、という人が全体の78.3%と、圧倒的に多かったです。
川内 困りましたね。介護の支援は、なんなら赤の他人が相談してもかまわないんですが。
他人の親について包括に相談するケースがあるんですか?
川内 はい、たとえばマンションで、隣の部屋の人が独り暮らしで、認知症の気配がある、といった場合でも、包括に「こういう人がいて心配なのですが」と相談することは可能なんです。
恐れていた退場宣告が
後手に回ってしまった私は、実家通いを続けながら母親を説得し続けた。ストレスで体調はぼろぼろだ。それでも、母は息子が面倒を見ることを、心の中では喜んでくれているはずだ。これも親孝行と思って、自分が頑張るしかない。2カ月ほどかけてようやく要介護認定の申請ができたが、その間は平日も潰れ、もはや仕事どころではなくなってしまった。万策尽きた。困り果てて、「個人的な問題ですみません」と詫びつつ、今の状況を洗いざらい上司に話した。返ってきたのは、恐れていた言葉だった。
「そんなことになっていたのか。大変だね。この際、ゆっくり休んで親孝行してきたらどうだ」──。やんわり退場宣告されてしまった。自分はもはや戦力外なのだと思い知る。しかし母のために受け入れるしかない。
そして私は現場を離れ、通算で93日の介護休業をほとんど使い果たすまで母の介護をした。これでもう辞めるしか道はない、と思っていたところに人事部から呼び出しがかかった。
「親の介護のために退職したい」と言ってくる管理職が続々と現れ、このままでは経営が立ち行かなくなると、緊急の経営課題として対応することになったらしい。
会社に事情を明かさないまま、静かにギリギリの状況に追い込まれている同世代の管理職がそれだけ多いということか。しかし、社員の親の介護について、会社にいったい何ができるというのだろう……?
川内 再現ドラマ、おつかれさまでした。最後はギリギリで介護離職を回避できそうで、よかったです。
いや、会社の経営側が本当に有効な手が打てるかどうか、まだわからないですけど。
川内 企業の個別介護相談に行くと本当にこんな感じで、親の介護を包括や会社などに相談せずに、自分で抱え込んでしまう会社員の方が多いんですよ。時間がたてばたつほど親御さんの状態は悪くなりますから、どんどんしんどくなって追い込まれてしまう。
老化は病気じゃないですから、時間をかけても治らない。むしろ状況は悪化する。
川内 そこは大事なポイントですね。「介護は撤退戦だ」という、介護ルポ『母さん、ごめん。』シリーズの著者、松浦晋也さんの名言をぜひ知っておいて頂きたいです。
そして、「会社に何ができるのか」という言葉に込めましたが、実は、日本の会社員の多くは、自分が介護しているという状況を会社と共有することに強い抵抗感を覚えています。
川内 それは介護相談を通してすごく思います。そして、誰にも相談せずに自分で抱え込んで事態を悪化させてしまう。これからご説明しますが、会社側が「とにかく休ませて自力で解決してもらおう」と思うと、もっと大変なことになります。2025年4月の法改正で、会社は社員に介護支援制度の説明を行うことが義務付けられましたが、これが「休んで自分でやりなさい」ということだと社員が誤解しないか、我々介護業界の人間はたいへん心配しています。
そこで、その危険な流れを食い止めるべく、このほど『上司に「介護始めます」と言えますか?』を刊行しました。
社員が介護という課題を会社に打ち明け、支援を受け入れる気持ちになるには、まず「会社が社員から信頼されていること」が大前提になります。介護離職の発生を抑え、支援制度を活用してもらうべく奮闘しているHR担当者や経営者の生の声をがっつり収録した『上司に「介護始めます」と言えますか?』では、介護支援は経営課題であり、人事部門の力の見せ所であることが、日立製作所や大成建設、コマツなどの企業の事例で分かります。
『上司に「介護始めます」と言えますか?』
第1章 親の介護の間違った常識「自力で親孝行」が悲劇を招く
より抜粋、編集したものです。
また記事中グラフの調査概要は下記の通りです。
【調査概要】日経BPコンサルティングに依頼し、2024年年9月から10月にかけて、2種類の調査を行った。(調査A)介護経験者の実態調査。インターネット調査会社のモニターに対して、介護を必要とする方の実態や、回答者の関わり方、離職状況などを尋ねた。回答数は718人。このうち「現在、介護中」は572人、「介護経験者」は146人。「離職経験者」は330人だった。(調査B)日経ビジネス及び日経ビジネス電子版の読者を対象とする介護に関する意識調査。介護に対する考え方や、職場の雰囲気などを聞き、介護経験者と未経験者の意識の違いなどを調べた。回答数は779人。このうち「現在、介護中」は243人、「介護経験者」は236人、「未経験者」は300人だった。
川内潤+山中浩之(著)/日経BP/1980円(税込み)
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