その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は渡辺将人さんの『 アメリカ映画の文化副読本 』です。

【はじめに】 本格派の深煎りで愉しむアメリカ映画とドラマ

 ハリウッド映画には不思議な矛盾がある。これだけ世界的に消費されていながら、脚本や撮影・編集は徹頭徹尾アメリカ国内で見せて面白いものを意識していることだ。そのアメリカ臭さを抜くべく〈あらすじ〉紹介は外国人が読んでも感情移入できるように一般化される。

「中年女性がもう一度自分らしさを求め、生き生きと輝こうとする感動ドラマ」とか「孤独を感じながらも社会とのつながりを模索する若者たちの友情と愛を描く青春群像」とか、日本でも想像がつくように「丸めて」表現される。アメリカ産ドラマのことを「海外ドラマ」と呼んでいたのも、ある種の「アメリカの棚上げ」である。だが、どんなに「丸めて」もアメリカはアメリカだし、「文化の漂白」をやりすぎると作品の産地の暗黙の了解から遠ざかる。

 暗黙の了解のニュアンスは、珈琲の「カフェイン」のようなものである。なかには「カフェイン」が薄い作品もある。歴史巨編、アクション、ホラーなどは文化云々があまり気にならない。「デカフェ」で飲んでも十分楽しめる。

 だが、本格派を味わうには「カフェイン」入りで飲んでみたい。「カフェイン」抜きでは喜怒哀楽に直結する本来の風味に欠けるのがドラマやサスペンス、特にコメディだ。「笑い」はステレオタイプを利用した「ローカル」な効果だからだ。日本未公開作品の大半がコメディに集中している。

 コメディはじつに字幕翻訳家泣かせだ。「正確」に字数内で伝えるのはどだい無理で、日本人にわかる別の意味で代用するかスルーするしかない。ドラマでも「設定」の荒唐無稽さは字幕では表現できない。字幕翻訳家にその責をすべて負わせるのは酷である。

 ネット動画配信の簡易化で、日本国内でのアメリカの映画ドラマ消費は、質量ともに新たなフェイズに突入している。映画館やレンタルビデオ店に足を運ぶことなく、オンデマンドで視聴できる手軽さのなか、消費が飛躍的に伸びている。「配信革命」とも言える波のなかで、映画ドラマ好きの目はますます肥えつつある。ざっくりしたストーリー消費に飽き足らず、キャラや設定の背景も知りたい人が増えていることを肌で感じるようになった。

 映画やドラマをめぐってアメリカ文化へのトリビア的な質問に加え、「現実ではどのくらいあり得ることなのか」という変化球の問いかけを耳にするようになったのはその一つだ。

 ネットフリックスの日本上陸の黎明期に、オリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の魅力を伝えるコラムをタイアップ先の版元サイトに寄稿したことがある。

 アメリカ政治サスペンスのこの作品について各方面から寄せられた質問は共通していた。「面白そうなのだが、どこまでアメリカの政界の現実なのか」。

 リアリティショーで有名になったタレント的な不動産王がアメリカ大統領になってしまう時代だ。どこまでがリアルなアメリカ政界を反映しているのか、どこからが非現実的なのか。風刺的な社会派ドラマなのか、エイリアンに地球が攻撃される類の「政治SF」なのか。

 殺人鬼のように邪魔者を次々に消していくのはフィクションならではだが、政治的駆け引きや記者を利用した情報操作などは下手なドキュメンタリーよりもはるかにリアルである。この位置付けや空気感がわかればドラマに入り込みやすい。

 映画でアメリカを学ぶためのテキストは豊富に揃っている。しかし、アメリカ映画を愉しむのに役立つ知識、それも辞書的ではない盲点に焦点を絞り込んだ解説はまだあまりない。

 そもそも映画ドラマと文化は表裏一体だ。医療ドラマ『ドクターX』(テレビ朝日)では、主人公の外科医の破天荒な手術も報酬の請求額も非現実的である。だが、患者が抱える不安や医局の空気感には現実のエッセンスも皆無ではない。『釣りバカ日誌』(松竹)を見た外国人に「日本ではサラリーマンが社長と釣りに行く」と思い込まれても困るが、趣味の世界では立場の上下が逆転するからこそ面白い。『北の国から』(フジテレビ)は東京や札幌という都市、富良野の農村の対比で、学歴や職業をめぐる誇りや偏見など赤裸々なモチーフが胸に突き刺さる。ドラマでしかあり得ない設定がリアルな家族愛や恋愛劇と溶け合っているから泣けるし笑える。

 ハリウッドの映画やドラマでもこの「泣き笑い」を心から愉しみたいという視聴者が増えている。見えない文化差はビジネスや生活習慣に遍在するやっかいな代物だが、押さえておけば映画ドラマを数倍愉しめる。自己啓発書やビジネス書など海外発の翻訳書の「読み方」にもメリハリがつく。「スタンフォード流」「ハーバード流」など、アメリカ人著者が「彼らの文化」だけを前提にしたベストセラーでも、「文化変換」の回路を通すことで日本の生活や仕事に役立てる工夫の手がかりにも近づける。

 文化の「カフェイン」入りの本格派で堪能するお手伝いができないか。そう考えてアメリカの映画ドラマについての「文化ネイティブ」へのジャンプシューズないしは3Dメガネの企画を練った。しかも、自文化との「差分」も二段階でエンジョイできるのは我々外国人だけの特権的ボーナスでもある。初回はアメリカ文化を意識しないで視聴するのも一興。文化を知ってから味わうと「なるほど」感や面白さも格別だ。

 本書では、〈7つの文化〉を紐解いていく。章末ではテーマに関連した作品をレビュー形式で紹介した。著名な作品から日本では劇場未公開の作品まで幅広く推薦している。巻末には映画ドラマの「脱線エッセイ」も加えた。つまみ食い的に乱読していただければ本望である。

 それではご一緒に、アメリカの映画ドラマの旅へ!

*注 本文では物語の核心となる「ネタバレ」は避けていますが、各章末尾「Movie Tips」には「ネタバレ」が含まれている場合があります。作品を視聴してみたい方は「Movie Tips」の該当欄は読み飛ばしてください。本文中の作品名は邦題で統一していますが巻末作品に原題を付しました。未公開作品は独自訳です。

【目次】

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