その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は井上哲也さんの『 デジタル円とステーブルコインの衝撃 これから銀行・通貨はどうなるのか? 』です。

【はじめに】

 筆者がリテール領域での利用を念頭とする一般利用型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)をテーマに、主要国の動向を参照しながら、日本での導入の可能性や課題を検討した『デジタル円』を執筆してから約5年が経過した。この間に、日本では30年振りに物価と賃金が持続的な上昇に転じ、株価もバブル崩壊前の最高値を更新し、日本銀行も政策金利の利上げに転じるなど、金融を巡る環境は顕著に変化した。

 支払・決済サービスの領域でも、『デジタル円』の執筆当時の想定を大きく上回る変化が生じた。いわゆる「キャッシュレス化」が、個人のライフスタイルの変化とビジネスや技術のイノベーションの双方に支えられて、様々な経済活動に伴う取引を幅広くカバーするようになった。その中ではQRコードのような支払手段の拡大も顕著だった。支払・決済手段の発行者や提供者の多様化も進み、銀行のなかでもインターネット専業の銀行が台頭したほか、公共交通、携帯電話、大規模な小売りチェーンやSNSといった消費者サービスを提供する事業法人が本格的に参入した。銀行もスマートフォンなどを通じたチャネルの高度化や、事業法人との提携といった新たな対応を見せた。

 こうした動きを反映して、一般利用型のCBDCを巡る議論にも変化が見られた。当初は、米国の事業者による「リブラ」構想などに対抗して、自国の支払・決済を外的な脅威から守る手段としての意味合いが大きかった。しかし、この間には、日本を含む主要国の中央銀行による研究や開発によって技術的な可能性が確認された一方で、民間事業者による「キャッシュレス化」を中心とする支払・決済サービスの効率化や高度化が進行し、デジタル通貨の実際の発行も始まる中で、一般利用型CBDCについては、支払・決済の全体の安全性や安定性、利便性や効率性の観点から、どのような意義があるか、その実現にはどのような仕組みとすべきかを再検討する必要が生じている。

 そこで、本書では、日本における支払・決済サービスの変化やその背景を検討した上で、民間事業者によるデジタル通貨や中央銀行による一般利用型CBDCが相互に補完しつつ、今後どのような役割を果たしていくかを検討することにした。その際には、支払・決済サービスの主たる利用者である個人、店舗や事業法人、政府や地方自治体と、主たる提供者である銀行、事業法人、資金移動業者などの各々の視点に即したメリットや課題を明らかにしていくとともに、政府や中央銀行にとってどのような課題が生じ、考えられる対応はどのようなものかを示すように心がけた。

 本書の構成は、本書で使用する用語の定義や意味合いを序章で整理した後、第1部では前著である『デジタル円』で取り上げた一般利用型CBDCを巡る議論をどう修正すべきか、第2部では近年に進展した支払・決済サービスの顕著な変化はどのような特徴を有しているか、第3部では将来に向けてデジタル通貨の利用による支払・決済はどのようになるか、という各テーマを順に検討するものとなっている。従って、読者はこれらのうちで特に関心の強いテーマから読み進むことも可能である。なお、本書は日本固有の環境の下での支払・決済のあり方を考えているため、前著『デジタル円』とは異なりデジタルユーロを除いては、海外の事例や議論を幅広くカバーするものではない点もご了解いただきたい。

【目次】

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