その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は一般社団法人金融データ活用推進協会の 『金融AI成功パターン』 です。

【はじめに】

 「金融分野でAI・データサイエンスの企画者が最初に手に取る実務本を作りたい」

 金融機関でデータ活用の実務を担う筆者全員の熱い気持ちが原動力となり、本書を執筆するに至りました。本書の筆者らは全員が金融データサイエンスの実務者です。これまで、AI・データサイエンスを金融実務に適用する際、課題に何度もぶつかり、失敗と成功を重ねてきました。その過程で多くの書籍を読み、大いに助けられると同時に、やや物足りなさも感じていました。AI・データサイエンスの教養的知識やプログラミング、あるいは人物伝や歴史のような内容にとどまる書籍が多く、金融業務に即した実践的な内容は少なく感じたのです。

 金融データサイエンスの真のノウハウは、日々の実務を通じてブラッシュアップし続けている金融事業会社にのみ存在し、そのノウハウは外部には公開されずに自社内にとどまっているのだと思います。

 これまでであれば、実践的なノウハウは社外に出さず、自社の競争優位性を保つ重要な戦略と位置付けるのが常識でしたが、自社囲い込みの意識が強過ぎると、金融業界全体が閉鎖的となり、結果として魅力の薄い業界と見られてしまいます。これからの時代は、たとえ実践的なノウハウであっても共有し、業界全体のレベルアップを図っていくべきではないでしょうか。

 そうした思いを形にしたのが本書です。

 本書は、金融各社が会員を務める「一般社団法人 金融データ活用推進協会」において、金融業界を代表するAI・データサイエンスのトップランナーを公正な立場で筆者として選定し、実務適用のベストプラクティスを「金融AI成功パターン」と定義の上、惜しみなく金融事業会社のノウハウを書き記しました。「金融分野のAI・データサイエンティストとして活躍したい」という志を持った企画者が最初に手に取る教科書として、十分な内容になっていると自負しています。

 金融に興味を持ってくれる学生や関連業界の方にとっても本書は役立つと考えています。金融データサイエンスの定石を理解し、実務適用の最短ルートをたどる道標を正しく知ることができるからです。

 「金融AI成功パターン」は、実務者のノウハウそのものであり、常にアップデートし続けるものです。新たな「金融AI成功パターン」が読者の中から生まれ、それが金融業界に還元される循環が起きれば、業界全体が盛り上がっていくことでしょう。大いに期待しています。

2023年2月 一般社団法人 金融データ活用推進協会
代表理事 岡田拓郎


【プロローグ 金融AI成功パターンを活用した金融機関のDX】

●本書の狙いとゴール

 金融業界におけるAI・データサイエンスの適用には、データ分析、統計解析、モデル構築運用などの長い歴史がありますが、機械学習を用いたAI活用は2010年代の第3次AIブームからとなります。2010年代後半まで各金融機関は競うようにAIの実証実験を行いましたが、その多くは行き当たりばったりで、戦略的なAI活用という方針を持たずに進めてしまった結果、実装段階で業務上の課題に阻まれ、実務適用まで至らなかったり、小さな成功で終わったりすることが多く、事業面で大きなインパクトを出せずに終わってしまいます。
 2020年代に入ると過度な期待先行の時代が過ぎ、実務適用されるAI・データサイエンス事案が増えてきます。ただ、その実績やノウハウが公開されることはほとんどなく、先行している金融機関の内部に閉ざされていました。AI・データサイエンス分野はもともとオープン志向で発展してきたにもかかわらず、金融業界にはそうした志向はあまりなかったのです。
 こうした状況において、大手金融機関でAI活用事例を多く持つメンバーが中心となって「金融事業×人工知能コミュニティー」を立ち上げ、2020年1月から定期的にイベントを開催してきました。イベントの目的は、金融業界でのAI活用事例の共有です。参加メンバーの多くは、当初「先進的な取り組みをさらに進めること」をイメージしていましたが、想定したよりも数多くのAI活用事例が集まり、また、非競争分野のAI活用事例も多いことから、やがて「金融業界全体で共有した方がよい」と考えるようになります。そもそもAI・データサイエンス分野はオープン志向であり、後進を育てる意味においても、イベントで共有したAI活用事例を公開するのは有効だと考えたのです。それが本書です。
 また、コミュニティーに蓄積した集合知を広く伝えていくために、データ活用を推進する志を持つ金融機関とスタートアップ企業などが集まって、「一般社団法人 金融データ活用推進協会」を設立します。

本書の対象読者と主な内容
 本書は、主に以下の方々を想定して書いています。

これから金融分野でデータ活用を検討している方
金融業界(銀行・保険・証券・リース・カードなど)に勤務している方
IT企業、コンサル会社などで金融分野を担当している方
様々な業界のデータサイエンティスト(IT・製造・小売・製薬など)
AI・データサイエンスや金融に関心のある学生

 本書は金融業界におけるAI活用の実践的なノウハウを記載しています。特殊な業務に適用する特殊なノウハウではなく、よくある金融実務で広く適用できることを優先し、それを「成功パターン」として整理しました。第1部は汎用性の高い基本編、第2部はやや使い方が限られる上級編となっています。
 本書はAI開発に必要なプログラミングなどを自動化するツール「AutoML」を使ったケースを想定しており、第1章で基本的なAI活用の流れを説明しています。本書にはAI・データサイエンスの専門的なアルゴリズムの解説などはありませんので、それらを詳しく知りたい方は他の専門書をお読みください。なお、本書を読む前提知識は多くありませんが、必要に応じて次に示すウェブサイトを参照してください。

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〈用語〉
•DataRobot AI機械学習Wiki https://www.datarobot.com/jp/wiki/
•AVILEN AI Trend https://ai-trend.jp/
〈参考書籍〉
•『文系AI人材になる―統計・プログラム知識は不要』 著者 野口竜司 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 AutoMLは新しい領域であり日進月歩で進歩しているので、一部のツールには複数特徴量を用いた合成変数作成、特定の属性におけるバイアスを軽減した機械学習モデルの自動作成(男女差別を軽減した機械学習モデルの構築)、リーケージ(本来得られるはずのないデータを学習の段階で使用してしまうこと)の自動検知などの機能が備わっていますが、本書ではそうした機能は使いません。
 本書ではAutoMLを「数クリックまたは数行のコードで以下の処理を自動実行するツール」と定義します。

・統計的データ変換を自動化(欠損値処理、正規化、エンコーディングなど)
・一部の非構造データ(テキストや画像)への対応を自動化
・問題のパターンを自動認識(二値分類問題や回帰問題、多クラス分類問題など)
・複数の機械学習アルゴリズムを自動実行し、最適なアルゴリズムを選定
・ハイパーパラメータの自動チューニング
・AIモデル(機械学習モデル)の性質を可視化
・AIモデル(機械学習モデル)のAPI化

 たいていのAutoMLなら備わっていると思いますので、使い慣れたツールがあるようでしたらそれをお使いください。GUI(Graphical User Interface:アイコンなどを使用して操作を行う)ベースのもの、CUI(Character User Interface:文字を使用して操作を行う)ベースのもの、それら両方に対応したものがありますが、本書は特定のAutoMLツールを紹介することやコードサンプルを紹介することを目的としないため、特定のツール操作に言及することはありません。

●金融AI・データ活用の可能性

 金融機関は、顧客の入出金データをはじめ、他業界にはない重要なデータを大量に保有しています。お金の「入り」と「出」の情報というのは、企業や個人の現在の状態や未来を類推できる強力なデータになります。そうしたデータを用いて、金融機関は昔から財務分析による融資審査、収入や職業によるローン審査、顧客の財務状況に対するコンサルティング、クオンツ市場分析などを実施してきました。これらの高度なデータ活用は計量経済学や金融工学の知識が求められるので、これまでは専門家でないと分析できませんでしたが、AI活用が身近になったことにより、マーケティング部門や営業部、リスク管理部門などでも高度なデータ活用ができるようになりました。

 ただ、そこには課題もあります。典型的な3つの課題を以下に示します。

課題1 AI・データ活用方針の迷走
 AIでデータ分析して何の課題を解決すべきなのかが明確になっていないケースが少なくありません。AI予算が組まれたものの活用方針が示されず、結果的にAIの導入がゴールとなってしまい、「AIを導入しても何も変わらない」という負の体験につながってしまうようなケースです。
 いくつかの活用事例が世の中に公開されましたが、具体的なノウハウはほとんど公開されず、一部のベンダーや金融機関だけが先行し、その他の金融機関においては何から始めるべきか定まらないままデータ活用が停滞していました。まずは「データを収集する」というアプローチはありますが、データ活用の方針が決まっていなければ意味をなさないケースが多く、いざデータ活用をするとなった段階でデータ収集をやり直す金融機関も少なくありません。

課題2 デジタル人材のミスマッチ
 これまで、AI・データ活用人材としてプログラミングスキルを備えた「データサイエンティスト」がもてはやされてきました。その結果、金融機関がAI・データ活用の案件に取り組もうとすると、ベンダーから高額な開発費用を要求されることがあった他、データサイエンティストを中途採用するも金融機関特有のカルチャーになじめず離職するケースも多くありました。ただこの数年で、データサイエンスに関わるテクノロジーは大幅に進化しており、従来必要であったプログラミングスキルはそこまで必要ではなくなっています。必要なスキルの変化に伴ってデータサイエンティストの役割は変わってきているのですが、この変化に追随できない組織はデータサイエンティストを持て余してしまったり、データサイエンティストチームを聖域化して事業部門との乖離を招いてしまったりすることもあるようです。

課題3 組織にデータ活用のカルチャーが根付いていない
 多くの金融機関では、組織にデータを活用するカルチャーがなく、仮に個別の案件が成功したとしても部分的成功にとどまっています。個々の企業の課題というより業界全体の課題です。20年以上前、多くの業務はインターネットを前提にしていなかったと思いますが、現在は多くの業務がインターネットを前提にしています。それと同様に、データ活用が組織に根付くにはまだまだ時間を必要とします。
 継続的なデータ活用基盤への投資、組織的な人材育成およびキャリアの策定、これら全体を統制する組織戦略をバランスよく描いて実行している金融機関はまれです。金融業界だけの問題ではありませんが、金融は高いレベルの組織ガバナンスを持ち続けてきた業界です。データ活用のカルチャーはデータによる効率的なガバナンスにほかならず、組織への定着は金融機関において必須と考えられます。

 これら3つの課題は、いずれもやり方が分からない、定まっていない、理解されていないという「認識」の問題であり、金融機関におけるAI・データ活用は真摯に取り組めば必ず解決できると考えられます。

成功パターンの類型化と分析手法の進化
 金融データ活用推進協会ではこれら3つの課題に対応する委員会を2022年6月に設置しました。データ活用手法である「データ活用スタンダード」の整理に着手しており、各課題に対する解決方法は次の通りです。

解決1 成功パターンの類型化
 「AI・データ活用で何をどうすべきか定まっていない」という課題に対する解決策の1つとして、AI・データ活用の「成功パターン」を類型化しました。それが本書の「金融AI成功パターン基本編」です。これは、各金融機関に共通する課題とそれらを解決するAI・データ活用の汎用的な方法で(図表0-1)、様々な場面で活用できるノウハウとなっています。どのような業務で活用できるかは「金融AI成功パターン一覧」にまとめています。

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 成功パターンとともに押さえておきたいことは、技術の進展によりAutoMLの実用度が上がり、データサイエンティストが担ってきたことの一部をツールで代替可能となってきたことです。例えば、成功パターン1の「ターゲティング」を営業で使う場合、顧客リストと成約データがあれば、AutoMLで簡易にターゲットを優先付ける(ターゲティング)AIモデルが作成可能で、それから営業リストを作成してアクション(営業活動)に活用できます。従来は人手によるスクリーニングが必要でしたがそれが自動化され、これまでは見つからなかった候補先を洗い出すことができるようになります。また、スクリーニングにかかっていた時間が短縮され、抽出されたターゲットにきめ細かなアプローチ(顧客体験の向上)を施すことが可能になります。

解決2 データストラテジストの育成
 AutoMLの実用度が上がり、AI・データ活用においてプログラミングスキルの必然性は薄まってきました。テクノロジーの進化によって、企業では「データサイエンティスト」より、データを活用してビジネスにどう生かすかを企画できる「データストラテジスト」の必要性が高まっています。「データストラテジスト」に必要な知識は、データサイエンティストに必要とされる3つのスキル(①ビジネス力、②データサイエンス力、③データエンジニアリング力)の中から、①の比重が大きくなったものです(図表0-2)。

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 必要となる人材スキルの変化は、金融機関におけるデジタル人材の採用・育成方法にも大きな変化をもたらしています。従来は「データサイエンティスト」を中途採用するケースが多かったですが、「データストラテジスト」はビジネス力の比重が大きいことから、社内で既にドメイン知識を保有している人を育成する方針が一般化しつつあります。ただし、全くデータ活用の知見がない人を自社内で育成するには時間がかかりすぎます。ここで注目されているのが、社内でデータサイエンスの素養を持った人材を探すためのデータコンペティションです。データコンペティションとは、企業のデータ分析課題に対してAIのアルゴリズム精度を競い合う競技会のことです(図表0-3)。日本最大のデータコンペティションプラットフォーム「SIGNATE」には約8万人が登録しています(2022年12月時点)。

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 最近では、三菱UFJフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループなどがグループ横断で社内データコンペティションを開催して注目されており、金融データ活用推進協会においても、金融業界のデジタル人材の発掘・育成を目指して、2023年1月より金融業界横断データコンペティションを開催しています(参加は無料です)。

解決3 AI・データ活用する組織変革
 成功パターンを活用し、データストラテジストを育成したとしても、その人材の孤軍奮闘では組織にAI・データ活用は定着しません。経営陣を含む全社員がデータリテラシーを上げ、組織そのものを変革していかなければ、持続的かつ大きな成果に結び付けることは困難です。金融データ活用推進協会の標準化委員会では、金融機関がAI・データ活用で組織変革することに必要な評価項目を定義しています(図表0-4)。

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●データ活用の今後の注目点

 欧米をはじめ、金融機関における海外のデータ活用のトレンドを見ていくと、AIにおけるガバナンス対応に注目が集まっています。金融機関におけるデータ活用は強力な効果を生み出す半面、公平性を求められる金融機関では不透明なデータ活用や差別的なデータ活用などを是正する必要があります。
 欧米諸国においては、先進的な技術を徹底的に活用する攻める文化があることからも、非倫理的なデータ活用の事例も多く存在しています。そのため、ガバナンスルールが必要となり、各金融機関はそれらのルールへの対応も余儀なくされています。
 データ活用におけるガバナンスは、デジタル人材のリテラシー教育に始まり、利用するデータの特性、データ活用へのアプローチに対しての新たなチェックポイントの追加など、単純なデータ活用以上に求められるものが多くなります。日本においては、欧米ほどルールの際まで果敢に攻める文化はないものの、データ活用における各金融機関のガバナンスルール整備も求められると考えられます。
 今後は実験的なAI・データ活用フェーズをいち早く抜け出し、社会的信用を満たすAI・データ活用のガバナンス強化を実現していく必要があります。実験的なAI・データ活用のフェーズを抜け出せない状態でAI・データ活用のガバナンスが当たり前になってしまうと、AI・データ活用の参入障壁がとてつもなく高くなり、その金融機関においてはAI・データ活用を内製化する夢が途絶えることになってしまいます。今が、データ活用カルチャーを浸透させるチャンスであり、踏ん張りどころでもあります。


【目次】

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