その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は戴正呉さんの 『シャープ 再生への道』 です。
【はじめに】
私の一生を時間軸で回顧すると、いくつかの段階に分けられる。
高校までの期間は世の中のことをよく知らず、ただただ楽しい思い出をたくさん作ってきた。大学入試から就職して間もない時期には、いくつもの挫折を経験しながら勤勉に努力し、現在に至る自分のあり方を定義した。
最初の職場である台湾の大手電機メーカー、大同(ダートン)で日本に駐在する機会に恵まれ、鴻海(ホンハイ)精密工業への転職後もしばらくは日本企業と仕事し、日本式の経営管理の能力を身につけた。鴻海グループでは副総裁まで上り詰め、2016年には再び日本へ赴任し、経営危機に陥っていたシャープを立て直すことになった。
私の社会人としての四十数年は経営幹部・経営者として重責を負い、社会で学習したことを実践し、自分の能力を証明してきた時間だったと言える。
中国の古典『春秋左氏伝』の一節に「立徳・立功・立言」という言葉がある。「最上の徳を備えた聖人は立派な徳を立てて世に残し、その次の大賢は立派な功績をあげて世に残し、その次の賢人は立派な言葉を世に残す」といった意味だ。中国哲学において、人としてあるべき姿、人としての理想を示した言葉である。
私も引退が近づくにつれ、この立徳・立功・立言の理想に照らしてこれからの時間を使い、社会に恩返しをしたいと思うようになった。そのタイミングで、母校である大同大学より理事になってもらいたいとの要請があった。光栄なことに、母校に恩返しするチャンスを与えられた。同じタイミングで、シャープでの経験を書籍として残すことを思い立った。
私が経営トップとしての6年間に実践した経営の手法、とりわけ社長就任と同時に示した「経営基本方針」の精神についてまとめることを考えた。
私はシャープでの在任中、「勉強会」と呼ぶ社内研修を頻繁に行った。幹部に特定のテーマを与え、一緒に学習しながら意見交換をし、ともに知見を深化させてきた。シャープが危機から再建・再生へと向かった過程・教訓を書籍として記録しておけば、将来、研修の教材として使えるのではないか。そう考えた。
もともと私は引退後、シャープの業務に一切干渉しないことを決めていた。何らかのサポートをするにしても、ボランティアの形で行うと考えていた。本書『シャープ 再生への道』の出版は、シャープに対する私なりの恩返しの1つである。
本書にはシャープの社員のみならず、日本の一般のビジネスパーソンにも参考になる情報があると思う。台湾からやってきた日本企業の経営トップが何を考え、何をやってきたのか。日本の皆様に幅広く知ってもらえればありがたい。
本書は、第1章から第8章で構成している。
第1章「シャープとの出会い」では、あえて2016年当時の鴻海と産業革新機構の間の、いわゆる「シャープ争奪戦」について書かせてもらった。当事者しか知り得ない交渉内容も記している。書こうと思った動機はただ1つ。日本の皆様に、鴻海のことをもっと理解してほしいと感じているからだ。
そもそも、私も鴻海もシャープ争奪に参戦したつもりは全くなく、「買収」という言葉を公式に使ったこともないはずだ。鴻海側の考え方は、あくまで「鴻海によるシャープへの戦略的投資」であり、シャープの成長を信じたうえでの投資、という位置付けだった。私はシャープがこの投資の助力を受け、継続的な成長と発展を遂げていく未来を信じたのだ。
当時、日本のメディアでは日本国内で得られる情報を中心に記事が作られる傾向が強く、鴻海に対する誤解が生じているのではないかと感じることがしばしばあった。
本書を通じ、真実を理解してほしい。
どうか私の、鴻海の、そして台湾人の日本や日本人に対する思い、愛情を受け止めてほしい、と切に願っている。
第2章から第4章では、私がシャープで行った経営革新の具体的な手法を記した。
私の経営手法には、時代を経ても変わらない本質的な考え方が含まれているはずだ。それを多くの皆様に知ってもらいたい。そして参考にしてもらいたい。
第5章から第7章は幼少時からシャープ入社に至るまでの、私の個人史である。今まで他人に語ったことのない思い出も含まれている。これは私のことを知ってもらいたいからではなく、私の経営手法をより深く理解してもらうことが狙いである。
私の手法がどんな契機や経緯で私の中で形成され、私の血となり肉となっていったのか。それを知ってもらいたい。
第8章ではシャープの経営に戻り、今後の事業発展の方向性やキーワードについて書かせてもらった。「シャープは日本の宝である」という思いのもと、シャープがさらなる発展のため、どんな戦略をとるべきかを考察した。本書は私の回顧録のような形式をとっているが、日本の皆様にも何らかの役に立つ内容が含まれていると信じている。
私は行動とは結果を出すためのものであると考えている。
本書でも繰り返し触れるが、「有言実行」ではなく「有言実現」が大事である。
そのために、私がモットーとするキーワードが2つある。それは、「挑戦」と「スピード」だ。どんなに素晴らしい考え方も「挑戦し続ける姿勢」と「『早く』『速く』の2つの『はやく』による行動」がないと成就しない。つまり「有言実現」は成し遂げられない。これは私の強い信念でもある。
ぜひ、この2つのキーワードを念頭に置いて本書を読み進めてもらいたい。
【目次】