その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は古谷賢一さんの『 在庫戦略の教科書 』です。
【はじめに】
本書は、新たなサプライチェーン時代に求められる在庫のあるべき姿を解説した教科書です。よくある在庫管理の実務者に向けた実践手法の解説書ではありません。「我が社の在庫はどうあるべきか」といった在庫の在り方を考えなくてはならない、経営や工場運営を担う管理者に向けて、在庫の意味および在庫戦略を考えるための指南書と位置付けています。
今、企業の在庫に対する考え方に大きな変化の波が押し寄せています。「VUCAの時代」といわれるように、現在の社会情勢は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の度合いが高まり、将来の予測が極めて困難な状況になっています。「在庫」という使い古されたテーマであるにもかかわらず、『日経ものづくり』2022年3月号の特集記事「在庫を再考せよ」は、提起された問題の深刻さ故に多くの注目を集めました。
現在、製造業は「3重苦」によって混乱しています。3重苦とは「部材不足」「部材価格の高騰」「物流の停滞」のことです。これらによって、意図しない減産や操業の停止、自社のコントロールを超えた原因による納期遅れ、そして、あらゆるものの大幅な値上げが引き起こされているのです。
例えば、半導体の事例で考えてみると、本書を執筆している2022年下期においても、いまだに供給不安によって、自動車や家電製品の減産が続いています。その原因は極めて複雑です。新型コロナウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)以前から、米中貿易摩擦や半導体需要の急増などによって供給不足は発生していました。その上で、新型コロナによる生産網や物流網の停滞、国際的な社会情勢に起因したサプライチェーン(供給連鎖)構造の変化、原油価格の高騰、そして相次ぐ自然災害や人災による半導体の主力工場の操業停止などによって、今日のような深刻な事態が引き起こされているのです。
これらによる経営リスクを最小限にしながら生産活動を維持し、そして顧客要望を満足すべく出荷を維持するためには、在庫を従来よりも多く持たざるを得ないと判断する企業が増えているのです。同誌の記事「部材不足が『在庫』の常識変える、繰り返される不測の事態に即応」でも、企業に対するアンケートで実に8割近くが、在庫を増やすことに前向きであることが示されています。
一方、在庫は経営にとって、企業の金を減らし、さまざまなムダ・ロスを生み出す原因になっているとして、しばしば「在庫は悪」と呼ばれることがあります。筆者も経営改善の支援プロジェクトを推進する際には、在庫の存在を安易には是認しない姿勢で議論を行っています。
確かに、「必要であれば在庫を持つ」という考え方は間違いではありません。しかし、「必要だから在庫を持つ」と安易に考えてしまうと在庫が必要以上に増えてしまい、逆に経営を圧迫してしまうことになりかねません。
在庫の議論で悩ましいのは、実務者の立場からは在庫があった方が調達活動から生産活動、出荷活動までの全てにおいて、何かと都合が良いという実情があることです。そのため、「在庫がないと困る」「在庫があれば便利」などとさまざまな理由を持ち出して実務者は在庫を持とうとします。これを私は「必要性を満たすための在庫」と呼んでいます。在庫管理の書籍の中には、(経営上の問題点は指摘しつつも)必要だから在庫を持つことを前提にしているものが多く見受けられます。
このような「必要性の在庫論」に対し、本書は「目的志向の在庫論」をうたっています。何のために在庫を持つのか、その在庫を持つ目的は何か、そして、その在庫は経営の目的を達成するために貢献しているのか、という視点に軸足を置き換えて、在庫の在り方を議論しています。
本書では大きく2つの視点で在庫を議論しています。1つは攻めの在庫ともいうべき「付加価値の向上に役立つ在庫」、そして、もう1つは守りの在庫ともいうべき「リスクの回避・低減に役立つ在庫」です。いずれにしても必要だから在庫を持つという視点ではなく、経営の役に立つか否かで在庫の是非を議論することが「目的志向の在庫論」なのです。
本書は全5章で構成されています。第1章では「本書で考える在庫の定義」として、人によって在庫に対する認識が異なっていることを踏まえて、在庫とは何か、在庫の経営的な意味は何かを明確にするように解説しています。
第2章では「不確実な時代における在庫の課題」として、認識しておくべき在庫を取り巻くさまざまな不確実さを整理しました。第3章では「その在庫は付加価値の向上に役立っているか」として、売り上げや利益といった経営指標をいかに高めていくか、すなわち攻めの在庫としての考え方や評価の仕方を説明しています。
第4章では「その在庫はリスクの回避・低減に役立っているか」として、調達不安によるさまざまなリスクの回避に在庫をどう活用するか、すなわち守りの在庫としての考え方や評価の仕方を解説しています。そして、最後の第5章では「管理者が知っておくべき在庫の基本知識」として、在庫管理の実務経験者とは限らない組織の管理者に向けて、在庫管理の基本的な理論や視点について、最低限知っておくべき内容を取り上げました。
本書は、実際に多くの企業において経営改善や在庫の最適化といったプロジェクトで議論を重ね、実践してきた視点を多く盛り込んでいます。本書をお読みいただき、ご自身の現場、あるいは協力会社や取引先の現場を思い浮かべながら、ぜひ、良い意味での批判的な視点で在庫の「あるべき姿」を考え抜いていただければ幸いです。
【目次】