その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岸和良さん、杉山辰彦さん、下田悠平さん、宮本智行さん、稲留隆之さん共著の 『実践リスキリング』 です。

【はじめに】

 デジタル技術やデータを使ってイノベーションを起こし、顧客に便利な商品やサービスを提供、ビジネスを圧倒的に成長させることが世界的潮流となって久しい。これらはDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれ、多くの企業や団体で導入されたり、検討が進められたりしている。
 DXを進めるうえでのキーワードが、価値創造である。誰にどのような価値を提供するかの観点から細分化すれば、顧客価値であり、従業員価値であり、自治体であれば住民価値である。
 大事な話なので例を示したい。筆者が勤務する保険業界の代表的商品の1つである自動車保険で価値とビジネス実装の関係を考えてみよう。もともと自動車保険は販売店(ディーラー)や町の修理店(民間車検場)などで販売していた。A社は今もこの販売チャネルがメインである。そこにネットで自動車保険を販売するネット損保のB社が現れた。
 両社は同じ保険業界の企業であり、同じ自動車保険を扱うが、A社とB社の顧客価値は異なる。A社は、「魅力的な保険商品」「顧客に近い店舗」「丁寧で親切で迅速なアフターサービス」「早く簡単な支払査定・手続き」などが顧客価値になる。事業を拡大するのであれば、これらのブラッシュアップが必要だ。
 B社であれば、「魅力的な保険商品」「(ネットなので)安い保険料」「スマホでも分かりやすい商品説明」「保険付随コンテンツが魅力的」「登録しやすい申込画面、素早い加入手続き」「丁寧で親切で迅速なアフターサービス」「早く簡単な支払査定・手続き」などになる。顧客価値が異なるので、2社のDXのあり方は異なる。
 A社は全国の販売チャネルで自動車保険を営業担当者が販売するので人の価値を中心に考える。人の価値にフォーカスして、デジタル化し、新しい価値を生み出す方向でDXを考えることが必要だ。
 B社のネット損保は基本、人が介在せず、ネットだけで自動車保険を販売する。DXはデータやデジタルを使い顧客価値を生み出す方向になるだろう。使いやすいシステム、レコメンド機能、人が介在しない分、人がやってきたサービスを代替するバーチャルコンテンツなどが必要だ。あるいは、デジタルでの保険販売に、人を介在させ、Zoomなどのビデオ会議システムで人が遠隔接客し、加入をためらう、または説明しないと分からない客に最後のひと押しする方向性もあるだろう。
 同じ自動車保険ビジネスでも、企業の経営方針、使命感(パーパス、企業のあり方)、商材、チャネル、サービスなどの価値連鎖である「バリューチェーン」が異なれば、実現の手段も出来上がりも異なってくる。これがDXの本質である。バリューチェーンを理解したうえで、デジタルを用いなければならない。
 バリューチェーンや価値創造、ビジネスモデルなどの知識、理解が必要なDXは従来型のビジネス設計や組織体制、人材育成方法では進めることは難しい。筆者はDXを成功させるためには、企画・推進に必要な体制、プロジェクト管理と並んで、特に人材育成の一環である「リスキリング(新しい知識、スキルを身に付けてもらうこと)」が重要であると考える。
 これは自らの経験からくる実感でもある。現在、筆者は所属する住友生命のDX推進にかかわるなかで、顧客価値と「ビジネスの仕掛け」を使ったビジネス発想力養成やプロジェクト管理のための講座を開発、運営している。ビジネスの仕掛けの習得に有用な研修、教材を開発し、社内、グループ会社の人材だけでなく、広く社外人材にも展開し、学会活動も行っている。
 ビジネスの仕掛けとは、筆者が使う言葉で、価値創造やビジネスモデルを構成する要素を指す。具体的には、シェアリング、クラウドファンディング、プラットフォーム、ネットワーク効果などの言葉が該当する。
 本書は価値創造とその手段であるビジネスの仕掛けを使いビジネスの発想方法を再学習すること、ビジネススキルのリスキリングをテーマとする。

4部構成でリスキリングの実践が始まる

 簡単に本書の内容を説明する。本書はリスキリングの実践に役立つことを念頭に置いた4部構成である。
 第1部ではリスキリングのスタートとして、DXの実現、デジタルビジネスの成功には価値創造が最も重要であること、さらに価値創造には17のビジネスの仕掛けが大きな役割を果たすことを記した。17のビジネスの仕掛けは以下の通りである。

▼17のビジネスの仕掛け
① オンライン化
② オンラインマッチング
③ プラットフォーム
④ ネットワーク効果
⑤ クラウドファンディング
⑥ コンテンツマーケティング
⑦ ファンマーケティング
⑧ プロセス体験型消費×SNSマーケティング
⑨ 体験型消費×お試しマーケティング
⑩ 顧客ロイヤルティープログラム
⑪ D2C
⑫ D2Cサブスク
⑬ プロシューマー
⑭ シェアリング
⑮ シェアリング×データ
⑯ IoTビジネス
⑰ 既存資産転用

 見慣れないものがあるかもしれないが、これは筆者が国内および世界のDX、デジタルビジネスの事例を調査し、理論的な完成度の高さではなく、多くの事業会社が実際に取り組みそうなものを、取り組む際の手がかりになりやすい形で示そうとした結果である。あれこれ悩まずに、まずビジネスの仕掛けを理解する。これがリスキリングの実践で最も重要だからだ。
 第2部では、17のビジネスの仕掛けがどういったものかを、具体的にイメージできるように説明した。それぞれに成功するためのポイントをまとめた独自のチェックリストを添付している。
 第3部では、17のビジネスの仕掛けの中から、特によく実際のDXに用いられる9つのビジネスの仕掛けを選び、より理解を深めるための演習問題を作成した。
 第4部は視点を変え、ビジネスの仕掛けそのものではなく、これを学ぶ手法、つまりリスキリングの進め方にフォーカスした。
 前半ではリスキリングによって目指す人材像とリスキリングに有効な5つの手法を紹介する。

▼リスキリングに有効な5つの手法
① 自己学習
② 座学型研修
③ ワークショップ型研修
④ 実践型演習
⑤ 実務での育成(OJT)

 後半では筆者の属する住友生命で実施しているワークショップ型研修の内容と進め方、さらにはリスキリングを成功に導く9つの学びの仕掛けを説明する。学びの仕掛けの具体的内容は以下の通りだ。

▼9つの学びの仕掛け
①「理解していないという自覚」を持たせる
②「学習動機」を高める
③「すぐ調べる」くせをつける
④「多様な人材」で意見交換する
⑤「すでにある知識・経験」を使う
⑥「質問を使って」理解を深める
⑦「テンプレート」を使う
⑧「考えるヒント」を使う
⑨「制限時間を決めアウトプット」させる

 本書が多くのビジネスパーソンやDX、デジタルビジネスにかかわる人材のリスキリングに貢献し、日本企業のDXが加速すれば、これ以上の喜びはない。
 なお本書の内容はJDIRに連載した「DX企画・推進人材のための『ビジネス発想力養成講座』」と「DX企画・推進人材のための『リスキリング実践講座』」の2つを大幅に加筆・修正したものである。

令和4年12月 著者代表 岸 和良


【目次】

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