その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小林弘幸さんの 『整える習慣』 です。
【文庫化にあたって】
2020年、世界を襲った新型コロナウイルスの感染拡大。
私たちはこの大きな試練に、どのように向き合えばいいのでしょうか――。
私は医師として、それも自律神経の専門家として、はっきり伝えておきたいことがあります。
それは、本当に恐れるべきは「感染ではない」ということです。
三密(密集・密接・密閉)を避け、新しい生活様式を実践する中で、感染を回避する最低限の注意は必要です。それは間違いありません。
しかし、新型コロナウイルスの実態があきらかになってくるにあたり、医学的な意味での「このウイルスとの向き合い方」も見えてきています。
ワクチンや特効薬が完成し、普及するまでにはもう少し時間を要しますが、このウイルスが人を強く攻撃し、即座に死に至らしめるのではなく、多くの場合、長く、弱くとどまり続けるという「生存戦略」を選んでいることも見て取れます。
本当に怖いのは知らず知らずのダメージ
繰り返しますが、新型コロナウイルスに感染しないよう気をつけることはたしかに大切です。
しかし誤解を恐れずに言えば、過剰に感染を恐れ、人々の生活を極端に制限してしまうほうが問題だと、私は捉えています。
これは何も「経済を優先すべき」という立場からの意見ではありません。
あくまでも医師として、過剰に不安や恐怖を煽り、人々の生活を制限することは、私たちに別な意味でのダメージを与える懸念があるからです。
これまでと「まったく違った生活」を余儀なくされる。
この状況は知らず知らずのうちに、私たちの心と体に大きなダメージを与えます。
「なんとなく体調が優れない」「落ち込むことが多くなった」「つい、鬱々としてしまう」などの症状を訴える人は実際増えています。状況が長期化する中、この傾向はますます高まっていくでしょう。
「コロナ鬱」という言葉も一般的になりました。
「生活が変化して、ストレスが増した」「さまざまな側面で息苦しさを感じている」「体を動かす機会が減った」「人と会って話す機会が減った」「経済的な面でも、先行きが見えなくて不安」などの状況は心と体の状態を大きく乱します。
こうした状況が続くと、人間の醜い部分が露見しやすくなり、攻撃的になることは医学的にも証明されています。
DVやネグレクト、いじめ、差別、自分勝手な振る舞いが増えていくのは、医師の立場から見れば、ある意味必然です。
自律神経が乱れ、体の不調も増える
直接人と会っておしゃべりをしたり、心地よく感情のやりとりをすると、オキシトシンという「幸せホルモン」が豊富に分泌されます。それだけ「幸福感」を得られるわけです。
ところが、コロナ禍によってこうした人とのふれ合いは減ってしまいました。
また、家の中だけで過ごす時間が増えれば、当然筋力は衰え、転びやすくなったり、階段から転落するなどの事故も増えます。
コロナとはまったく関係なく入院することになった患者さんでも、病院内で転倒・転落する事故が増えています。運動不足を起因として、高血圧や糖尿病の状態が悪化している傾向も見られます。
新型コロナウイルスの問題では「感染リスク」や「重症化リスク」あるいは「経済の問題」が多く取り沙汰されますが、実際には、より多くの人に関係している要素として、
・自律神経の乱れ
・メンタル不調
・筋力低下
などが挙げられます。ここを忘れてはいけません。メンタルが不調になれば、自死を選ぶリスクも高まります。
新型コロナウイルスの問題が長期化する局面で、本当に恐れなければならないのは、むしろこうした部分だと私は捉えています。
「新型コロナウイルスから人類への手紙」
世界中に新型コロナウイルスが蔓延した2020年春、ヴィヴィアン・リーチという人が書いた「新型コロナウイルスから人類への手紙」という一通の手紙(一編の詩)が話題となりました。ご存じの方も多いでしょう。
これまで人類がさまざまな「間違った行為」を行い、「間違った方向」へ突き進んできた。それに対して、地球が悲鳴をあげ、人類に警鐘を鳴らしてきたにもかかわらず、人々はまったく耳を貸そうとはしなかった。だから「私」(すなわち、手紙の書き手である「新型コロナウイルス」)が人類にメッセージを送っている。
そんな体裁でこの詩は書かれています。
ちなみに、この詩の最後には「自由にコピーして、シェアしてください」との一文が添えられているので、最後の一節だけ、ここで紹介させていただきます。
私はあなたを罰しているのではありません
私はあなたを目覚めさせるためにここにいるのです
これがすべて終わったら私は去ります
どうか、これらの瞬間を覚えておいてください
地球の声を聞いてください
あなたの魂の声を聞いてください
地球を汚さないでください
争うことをやめてください
物質的なことに気を取られないでください
そして、あなたの隣人を愛し始めてください
地球とその生き物たちを大切にし始めてください
何故なら、この次、私はもっと強力になって帰ってくるかもしれないから……
この「手紙」を読んで、私が一番に感じたのは「私たちは本当の意味で、もっと強くならなければいけない」ということでした。「強く」というと誤解を招くかもしれませんが、ここで言う「強い」とは、
「一人ひとりが、いかに毎日に希望を持って、イキイキと生きていけるか」
という意味です。
新型コロナウイルスが本当の意味で私たちから奪っているのは、まさにこの「毎日、希望を持って、イキイキ生きること」ではないでしょうか。
たった一枚の写真、たったひとつのストレッチで心身が整う
毎日、希望を持って、イキイキ生きる。
生活様式が一変し、さまざまなストレスを抱え、不安の中で生きている現代人には特に大事な要素です。
しかし「希望を持って、イキイキ生きましょう!」と言われても、具体的にどうすればいいのかわかりません。元気のない人に「元気を出せ!」と言っても意味がないのと同じです。
そこで大事なのが、コンディショニングに対する意識と具体的なノウハウです。
たとえば、本文中でも紹介している「一枚の写真を撮る」という習慣。
一日たった一枚でいいので「自分が気に入った瞬間」を写真に撮り、できたらSNSにアップする。そんな習慣を持つことで「散歩に出かけよう」と思えたり、会社への行き帰りでも、周囲の景色に目を向けるようになります。もしかしたら、自分が食べるものにも、少しだけ意識が向けられるようになるかもしれません。
じつにちょっとしたことですが、日常生活の中に「これっていいな」「おもしろいな」と感じる瞬間をつくり出す。
そんなことで自律神経は整い、気分は上向いていきます。
漫然と日々を過ごすのではなく、その瞬間に小さなリセットができる。コンディショニングにとって非常に大切な部分です。
リモートワークをしているなら、1時間に一度、5分でいいので体を動かすのもオススメです。ストレッチをひとつだけやって、ゆっくりと10回だけスクワットをする。これだけでも体のコンディションは整います。
心と体はつながっているので「元気が出ない」「希望が持てない」というときは、メンタルでなんとかしようとするのではなく、まずは動いてみる。そんな具体的なノウハウが必要です。
体を動かしたり、深呼吸をしたり、部屋の一部分でもいいので整理整頓をしてみると自律神経は自然に整ってきます。そうやって体のコンディションがよくなれば、少しずつでも前向きな気持ちになれます。
「毎日、希望を持って、イキイキ生きる」状態に近づく
本書は2015年に発刊された『一流の人をつくる 整える習慣』(KADOKAWA)という「コンディションを整えるための本」に、時代に合わせた大幅な加筆をして文庫化したものです。
人々のライフスタイルが大きく変わることを余儀なくされた今、あらためて刊行することに大きな意味を感じています。
今ほど「自らのコンディションを整える意識と具体的なノウハウ」が求められている時代はないからです。
体の状態が整えば、心の状態も整ってきます。つまりそれは「毎日、希望を持って、イキイキ生きる」状態に近づくということです。
何かと窮屈な現状ではありますが、環境に引きずられるのではなく、主体的にコンディションを整え、本当の意味での「強い自分」をつくってください。
本書がその一助になることができれば、著者として望外の喜びです。
2021年1月 小林弘幸
【はじめに】
あなたは今、自分の実力を何割くらい発揮できているでしょうか。
思い通りに仕事が進み、何をやっても疲れないような理想的な状態を10割とすると、おそらくは7割くらい、下手をすると5割程度しか発揮できていない、そう感じている人も多いのではないでしょうか。それはじつにもったいない話です。
しかし、なぜ多くの人がせっかくの力を十分に発揮できないのか。
答えは簡単です。
それは、力を発揮するための「整え方」を知らないからです。
世の中には「実力をつけたい」「スキルアップしたい」という、いわゆる「能力アップ」においては意識を高く持っている人が大勢います。
ところがその半面、「今持っている力を十分に発揮する」という「能力を出し切る」部分に意識を向けている人は本当に少ないように感じます。
はっきり言って、100ある力を120にアップさせても、日常的に70しか発揮できていなければ何の意味もありません。
そんなことにお金と時間と労力を費やすくらいなら、100ある力を「安定的に90出せる」準備、コンディションづくりをするほうがはるかに効果的です。
仕事のクオリティを高めたいなら「実力をつける」より「今の実力を出し切ること」に意識を向けるほうが圧倒的に近道です。
「力の出し方」を知らなければ、いくら実力をつけても無駄!
私は医師として、多くの一流スポーツ選手のコンディショニング・アドバイザーをしています。彼らに共通しているのは「いかにして、本番で自分の力を出すか」という高い意識を持っていること。
Jリーガー、野球選手、ゴルファー、バイクレーサー、ラグビーの日本代表選手など、私は世界の第一線で活躍する選手たちからアドバイスを求められますが、なぜ彼らが私の意見を聞き、指導を受けたがるのか。その理由は明白です。
彼ら、彼女らは「実力をつけること」のみならず、「今の自分の実力を100%発揮すること」の大切さとむずかしさを痛いほど知っているからです。
まさに「力の出し方」の部分。
そもそも、スポーツの世界には次の3つのトレーニングアプローチがあります。
1.ストレングス
2.コンディショニング
3.ケア
1のストレングスとは、文字通り筋力を強くしたり、技術を向上させるなど「スキルアップ」を目指したトレーニング。そして、3のケアとは、ケガをした箇所を治したり、従来通りのパフォーマンスが発揮できるようリハビリをするなど「マイナスからゼロに戻す」トレーニングです。
ストレングスやケアも、もちろん大事です。
しかし、それに加えて「持っている力を発揮するために状態を整える」というコンディショニングをきっちりやらなければ、真の力を発揮することはできません。
だから一流のアスリートになればなるほど、徹底した準備をしますし、メンタルの整え方を工夫し、集中力を高めるトレーニングを欠かさないのです。
じつはこの一流アスリートたちがやっているコンディショニングの意識こそ、多くのビジネスパーソンにもっとも欠けている部分だと私は感じます。
一般の人でもケガや病気になれば回復するためのケアをします。それは当たり前でしょう。あるいは冒頭で述べた通り、「実力をつけたい」「スキルアップしたい」という思いを持って、ストレングスに励んでいる人は大勢います。
ところが残念ながら「実力を出し切る」というコンディショニングの意識を持っている人は非常に少ない。
せっかくすばらしい能力を持っていながら、それを5割か、6割しか出せていない人が本当に多いのです。これでは宝の持ち腐れです。
あなたもそのひとりではないでしょうか。
ちょっとした意識や行動を変えるだけで「出せる力」の質が変わる
私はこれまで40冊以上の本を出版し、それらの本の中で主に「自律神経」について語ってきました。
自律神経をひと言で表現するなら、体の状態を(自動的に)整えてくれている器官。
つまり「自律神経をいかに整えるか」とは「体の状態をいかに整えるか」と同義です。まさにコンディショニングの意識そのものです。
ところが、これまで「自律神経」というと「健康」の側面ばかりがクローズアップされてきました。
健康になるために自律神経を整えることはもちろん大事です。しかし、むしろ「自分のコンディションを整え、今ある実力を十分に発揮するため」に自律神経を整える。
人生を切り開くには、そんな意識が大事だと私は痛切に感じています。
本書は、そのためのちょっとしたコツや考え方をまとめました。
ぜひ本書をきっかけにして、世の中の多くの人がコンディショニングの意識を持ち、「今の実力を十分に発揮するための整え方」を身につけてほしいと思います。
とはいえ、本書で紹介する方法は非常にシンプルかつ簡単なことばかりです。
体に負担をかけているもの、ストレスになっていることを一つひとつ丁寧に取り除き、体の構造に即した「行動パターン」を身につけ「意識づけ」をするだけの話です。
・鞄の中を整理する
・服や靴の選び方を変える
・時間の使い方を少しだけ工夫する
・寝る前の習慣を変える
・想定外の問題が起こったら、次の予定をあきらめる
・飲み会の誘いにはすぐに答えず、一日考える
など、一つひとつは今すぐに実践できることばかりです。
大事なのは、そのちょっとした意識や行動を積み重ねること。
そうやって常にちょっとだけ意識して、よいコンディションをつくっておくこと。
もし、あなたが「今の自分の実力」を100%(あるいは100%に近い状態で)発揮することができるようになれば、仕事のクオリティは確実に変わります。
それだけで周囲に差をつけることができます。
必要なのは「実力アップ」ではなく「実力を出し切る方法」を知ることです。
ぜひ、あなたの中に眠っている力を呼び起こし、能力を十分に発揮してください。
それだけでも、あなたの人生は大きく変わるはずです。
2015年6月 小林弘幸
【目次】