その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は吉森 保さんの 『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』 です。



【はじめに】

 この本を手にとっていただいて、ありがとうございます。
 さて、あなたはどんな方でしょうか?
 生命科学が好きな人、病気と長生きについて最先端の知見を知りたいという人はもちろん、理科は苦手だったけど、一から学びたいと手に取った人もいれば、「これから何かの役に立つかも」と思った方もいるかもしれません。
 みなさんそれぞれだと思いますが、ひとつ確実にいえるのは、生命科学は現代人にとって必須の教養になりつつあるということです。

 生命科学のことを知っていると、たとえば自分や誰かが病気になったときに、たくさんある選択肢の中から、「自分にとってベストだと思える」選択がしやすくなるでしょう。
 あるいは、「健康に長生きするには何を食べたらいいだろう」という日々の行動や「自分が長生きしたら、そのときの医療がどうなっているだろう」といった長生きの最先端のことが理解しやすくなったり、またニュースで最近よく聞くようになった「抗体」「免疫」「DNA」「遺伝子」などという単語もわかるようになるでしょう。

 一昔前までは、生命科学は、医者や学者などある特定の人だけが知っていればいいものでした。なぜなら、選択肢が少なく、他人に任せていても十分だったからです。しかし、現代はそういうわけにはいきません。
 これまで謎だった生命現象は、光学機器や情報処理の技術などによる研究の高度化もあり、ものすごいスピードで明らかになっています。それに伴って、医療や食品など日常生活に研究結果が応用されることも増えています。
 私たちの生活に、科学は猛烈な勢いで入り込み、その量も目を見張るほどです。つまり、選択肢が多すぎるのです。 そんなとき、生命科学の基礎知識があれば、自分が満足のいくチョイスができるようになるはずです。
 科学的な選択が必要になるのは、病気のときだけではありません。食品を選ぶとき、体にいいとされる新しいグッズを見たとき、ニュースを聞いたとき―驚くほどたくさんあります。
 そんなとき、科学の読み解き方を知っていることほど、役に立つことはありません。それを身につけるのが、本書の大きなテーマです。

 さて、自己紹介が遅くなりましたが、私は大阪大学大学院生命機能研究科と医学系研究科の兼任の教授をしている吉森保といいます。
 専門は細胞生物学で、特に、細胞内の現象である「オートファジー」というものを研究しています。
 オートファジーは、私の師匠でもある大隅良典先生(東京工業大学栄誉教授)が2016年のノーベル生理学・医学賞に輝いたこともあり、知っている方もいるかもしれません。
 オートファジーは、大隅先生が20年以上前に事実上切り拓かれた研究分野で、私はその頃から大隅先生の元でオートファジーの研究を始め、独立後も現在に至るまでこの分野で研究を続けています。哺乳類のオートファジーの研究で、世界的にも少しは知られる存在になりました。

 さて、みなさん、ノーベル生理学・医学賞は、どういう研究に贈られるか知っていますか?
 選考基準は明らかになっていないし、ケースによってさまざまですが、大きな謎を解いたことに加えて、人類の未来の財産になり得べき研究―つまり病気の予防や治療、健康の維持に貢献するものに与えられる傾向があります。
 このオートファジーは、ざっくりいうと、細胞を「自分の力で新品にする機能」です。
 私たちの体は細胞が集まってできており、どんな病気もどこかの細胞が悪くなることから始まります。
 大隅先生が基本となるしくみを解き明かしたことでオートファジーの研究が進むようになりましたが、その後、これがさまざまな病気から細胞を守る守護者であることが次々とわかってきました。それが受賞を後押ししたものと思われます。
 事実、オートファジーは、がんやアルツハイマー病、パーキンソン病、脂肪肝や心不全などいろいろな病気を治せるのではとの期待が高まり、世界中の製薬会社が熱い視線を送っています。

 生命の基本は、細胞です。つまり、細胞を知っておくと、人間の体や遺伝子、病気、その未来のことまで理解できます。この本では、まずは細胞の成り立ちについて、みっちり学びます。すなわちそれが、生命科学の基礎だからです。細胞を知れば生命のしくみがおのずとわかってきます。
 これをベースに、病気について学んでいきましょう。細胞についてわかった後ならば、病気のことも楽に理解できるようになります。また、これを知ることで、この本では扱わないほかの病気の理解も、何となく応用でできるようになっているはずです。
 そして、細胞の重要な機能のひとつであるオートファジーについて学びます。生命科学の中でも今最もホットで旬のオートファジーについて知ることを通して、細胞や病気の研究の最前線に触れることができます。
 最後に、どんなことをすれば健康でいられるのか、という実用レベルの食事などの研究結果もつけておきました。

 つまり、この本は細胞の基礎から、最先端のことまですべて網羅しています。じつは、学校で使う教科書には、「そもそも」が書かれていないことも多々あります。でもそこが、いちばん大切だったりするわけです。
 この本は、普段なら説明を飛ばしていたであろうところも、掘り下げて説明しています。
 読み終わるころには、このちっぽけな細胞を知ることで、視野は大きく広がっていることでしょう。

 そしてもうひとつ、この本では「科学的思考」もぜひ身につけてほしいと思っています。そのために、科学者は研究するときにどのように考えているのか、ということを詳しく第1章でご紹介します。
 科学的思考は、科学者だけのための特殊なものではありません。合理的で、ロジカルな考え方のことであり、誰にでもできます。それを使えば、世の中にあるエセ科学や、数字にもだまされなくなるし、もちろん、たくさんの科学的な情報の中から、自分が後悔のない判断ができるようになります。
 もしかしたら、生命科学の知識そのものよりも生きる上では大きな武器になるかもしれません。科学的思考ができれば、そのあとの細胞の話がより理解しやすくもなります。

 本書には、数式も化学反応式も一切出てきません。専門用語も極力使わず、最低限の用語を使うにとどめました。しかも難しい単語なんて、覚えなくてもかまいません。

 重要なのは、現象自体よりその背景にある理屈です。なぜそうなるのかと考えられる力を持つことが大事です。私は、なぜそうなるのかを意識して説明します。みなさんもその点を意識して読みすすめてください。

 さあ、それでは、一緒に生命科学を学んでいきましょう!

【目次】

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