その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は古谷賢一さんの 『世界レベルの工場の経営・運営を目指す 工場長の教科書』 です。

【はじめに】

 本書は経営に貢献できる強い工場を造るために、深く理解しておくべきことを解説した工場マネージャーのための教科書です。工場長や製造部長といった生産拠点を経営するトップ層はもちろん、製造課長や技術課長など、工場において重要な位置を占める工場マネージャーのための教科書でもあります。また、近い将来に工場を統括する職責に就くべき人にも読んでいただきたい内容が詰まっています。

 工場マネージャーに向けた実務領域の指南書はあまたあります。そもそも、工場マネージャーは、実務者として成果を上げてきた人が、その実績と能力を評価されてマネジメントを担う立場になることが一般的です。そのため、工場マネージャーに対する実務の指南書は、自身の過去の経験で不足している面を補うために読むか、あるいは過去の経験を体系的に振り返って納得するために読むか、といった使い方が主になると思います。このような指南書は、工場マネージャーの実務能力の向上にはとても有益なものだといえるでしょう。

 ところが、経営の視点で「工場運営をどうすべきか」や「工場のものづくりとは、どうあるべきか」を解説した教科書は、私の知る限りほとんどありません。そのために、多くの工場マネージャーは「職場内訓練(オン・ザ・ジョブ・トレーニング;OJT)」の美名の下、「組織を動かすのは知識や理屈ではない。実践で体得せよ(身体で覚えよ)」というもっともらしい掛け声に従って、有効な武器(適切な知識)を持たないまま工場経営という「勝つ」か「負ける」かを問われる激しい戦いに素手で臨むことを強いられているのです。これでは、せっかくの人材が工場マネージャーの任に就いても、期待通りの経営成果を出すことが難しいのは言うまでもありません。

 このような工場マネージャーの育成方法で生き残った人材(工場経営で目覚ましい成果を上げた人材)は、優秀な経営幹部として活躍することでしょう。しかし、いわば10人いる将来の幹部候補者の中から1人の優秀な人材を発掘できたとしても、表現は良くないのですが、人材育成の「歩留まり」が悪すぎます。黙っていても優秀な人材が次々と供給されるような外資系コンサルティング会社などとは違って、特殊な環境にない企業は、限られた人材リソースを最大限に有効活用するしかないのです。そのためには、人材育成の「歩留まり」を高め、より多くの優秀な工場マネージャーを育て上げることが重要な経営課題だと考えるべきです。

 本書は、まさに工場マネージャーが、工場経営という戦場で生き残るために必ず持っておくべき「武器」と「防具」の役割を果たすことを狙いとしています。

 工場マネージャーとして、ぜひ認識していただきたいことがあります。経営に貢献しつつ、世界レベルで戦える強い工場を造り上げるために重要なことは、何も特殊なマネジメントテクニックを身に付けることではありません。工場としてやるべきことの本質を深く理解し、そしてやるべきことを確実に行うことです。

 筆者が座右の銘にしている言葉に「当たり前のことをすれば、当たり前に成果が出る」というものがあります。これは、筆者が住友金属工業(現日本製鉄)で実務者として勤務していた当時に、事業部長であった友野宏氏(後に住友金属工業社長、住友金属工業と新日本製鉄との合併後は新日鉄住金の初代社長)が、筆者の業務論文の発表会でコメントされた言葉です。やるべきことが十分にできていない点を冷静に捉えて、地道に問題を潰し込んだ活動に対するありがたい賛辞でした。私の論文は、活動を派手に報告するものではなかったため、部内では「面白みがない」と酷評する人もいましたが、「こういう活動が大事なんだ」という友野氏のコメントで周囲の反応が変わったことが印象的でした。

 同氏は後に社長に昇格し、危機的な状況にあった会社の経営を引き受けた時に、「我が社は、当たり前のことができていない。従って、当たり前のことを、当たり前にできる会社になる」と宣言され、その後、忠実にその言を実行したことで業績を回復させたことは報道でも知られているところです。

 本書では、工場経営において、「当たり前に理解しておくべきこと」と「当たり前に実行しておくべきこと」を、実務者にとって分かりやすい表現で書くことに努めました。

 第1章では工場管理の基本、第2章ではサプライチェーンを通してきちんと造るための条件、第3章では改善活動を通して品質をより良くするための条件、そして第4章では原価管理を通してきちんと儲(もう)けるための条件と、世界で戦える工場長に必須の知識を包括的に解説しています。

 どの章の内容も、基本的な側面を重視しているため、経験の豊富な人は一見すると平易に感じるかもしれません。しかし、強い工場とは、この基本的な内容を徹底して考え抜き、そしてやり抜くことができる工場のことです。まさに、「言うは易し行うは難し」であり、工場マネージャーは繰り返し自問自答をし続けるべき内容だと考えてください。

 本書に書かれた内容を「知っている」「できている」「やっている」と侮っていても、現実には「知っているつもり」「できているつもり」「やっているつもり」になっているかもしれません。

 本書は、「べき論」ばかりを羅列した机上の議論ではありません。実際に、グローバル市場で戦っている多くの企業の人材育成の現場で何度も議論を重ね、練りに練られた内容が詰まっています。ぜひ、本書を読んでいただき、自身の関わる工場を冷静に見つめ直してみてください。

古谷賢一

【目次】

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