その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は半藤将代さんの『 NO JOURNEY, NO LIFE 旅好き7人の“私流こだわり旅” 』です。
【はじめに──旅のすごい力】
子供の頃から旅が好きだった。好奇心に誘われ、ちょっとした冒険に胸を踊らせる。中学生のとき、家族旅行で出かけた温泉地で一人離脱し、そのまま徒歩で山を越えて両親に叱られた。高校2年の春に修学旅行で行った北海道を自由に歩いてみたくて、夏休みを待って初めて一人旅をした。やがて旅の仕事に就きたいと思うようになり、大学時代からガイドブック編集のアルバイトを始めた。それ以来、仕事の内容は何度か変わったが、基本的にずっと旅に関わってきた。
カナダ観光局に勤めるようになって20年以上が経った4年前、『観光の力 世界から愛される国、カナダ流のおもてなし』を上梓し、観光の力で地元の人たちが幸せになった実例をカナダの八つの地域から紹介した。変化を起こしたリーダーたちから話を聞き、カナダ各地で起きた奇跡のような物語について考えるうちに、私の観光に対する考え方は大きく変わっていった。観光業に携わる者として、住民と来訪者が共に幸せになれる、新しい観光を作っていきたいと強く思うようになった。
では、視点を変えて、来訪者が旅することで幸せになるとはどういうことだろうか。私は観光を生業としてきたが、旅することで幸せになった一人でもある。だから、今回は旅好きの一人として、旅を愛する人たちからじっくり話を聞きたい。その対話を通して、訪れる側の目線で旅の価値をより深く考えたいと思ったのだ。
旅することを巡って語り合いたいと私が選んだ方々は、アナウンサー、科学者、写真家、作家、テレビプロデューサー、ミュージシャン、経営者といった、自分の信じた道を行く、地に足のついた生き方が魅力的な7人の著名人だ。それぞれの分野で功成り名を遂げた方ばかりだが、今の自分にたどり着くまでには、旅が大事だった。旅を愛し、旅によって人生を変えてきた人たちである。
「旅を重ねるといい人になれる」と脳科学者の茂木健一郎さんは言う。日本を、自分を、外から客観的に見ることでしか得られなかった問いに向き合った茂木さんは、「旅をしてきたからこそ今の自分がある」と語っている。
旅の中に生きる人、旅で人生が変わった人、旅のために働く人。濃密な旅を重ねてきた7人は、いったいどんな旅をしてきたのだろうか。旅の軌跡を語ることが、人生そのものを語ることになるかもしれない。
彼ら、彼女らの言葉に耳を傾けることで旅の本質に迫り、「旅の力」の一番すごいところをのぞいてみたいと思う。
旅は人生をどう変えるのか
日本人の有効パスポート所有率は他の先進国と比べて低い。円安や物価高、旅行代金の高騰もあって、海外旅行に行きづらくなっているのかもしれない。だからこそ、一つ一つの旅を大切にしたいと私たちは思う。有意義で学びのある体験がより求められているし、自分の興味や関心に沿った目的のある旅が増えている。地域への貢献やつながりを求める人もいる。
私たちは人生の糧となるような旅がしたいのだ。旅先での体験や現地の人たちとの交流で得たものが、生涯にわたって良い影響となり、人生をより豊かにしてくれるような旅だ。
「玄関を出た自分と、帰ってきた自分は確実に変化している」。アナウンサーの住吉美紀さんは、人間として成長するためには旅が絶対に必要だと述べている。旅が思索の機会となり、自分を発見する場となり、次の成長へとギアを上げてくれる。旅をすればするほど共感力が高まり、アンテナが立つ。
作家の西加奈子さんは、遠い国まで旅をしたからこそ、どこまで行っても自分は自分だということを確信した。「この世界は自分の身体を通してしか確かめられない」と感じると同時に、身体感覚がより深まっていった。
自然写真家の高砂淳二さんの旅は、見えないものとの魂の交流だった。自然と人間の間に深いつながりがあることを知り、人生のターニングポイントとなった。「旅をしていたら、自分のやるべきことに引き寄せられていった」と高砂さんは語っている。
あなたの知らない目的地へ
旅の目的やスタイルは人によって様々だ。多くの場合は、絶景やグルメを楽しむレジャーが目的かもしれない。きれいな景色を見て、おいしいものを食べて、家族や友人と楽しい時間を過ごす。スマホでそれを写真に撮ったら、SNSでシェアして思い出のアルバムに保存する。
それも楽しいのだが、それだけで終わってはもったいない。なぜなら、その奥に「とっておき」があるからだ。素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすることも、旅の醍醐味なのだ。その土地の自然やそこに暮らす人々の文化へと深く分け入ることになるかもしれない。
「段取りしたことよりも偶然に起きたことを優先する旅こそが、僕にとって理想の旅のスタイルなんです」。『世界ふしぎ発見!』を手掛けてきたテレビプロデューサーの佐藤寿一さんはこう語る。
ロックバンドMONKEY MAJIK(モンキーマジック)のメイナード・プラントさんも同意見だ。旅に出かける前にその土地についてしっかり調べるが、調べたわりには予定は立てない。
「想定外のハプニングやアドベンチャーが大好き」なのだ。
だから、旅にはちょっと余白があるほうがいい。そうすれば、好奇心に導かれて新しい世界への扉を開くことにもなる。出会いや交流によって人間への理解や共感が深まるだろう。
あるいは、離れた場所から自分の暮らしを俯瞰(ふかん)することになるかもしれない。新しい視座を得た自分自身と向き合うことで、知らなかった自分の一面に出会うだろう。
旅がもたらすそれらの驚きや喜びは、あなたの人生をより良い、幸せなものに変えてくれるはずだ。旅の記憶という宝石がいっぱいに詰まった箱のように、人生はカラフルに輝くだろう。
だから、もっと旅に出てほしい。もっと旅を楽しんでほしい。旅の可能性をどこまでも広げてほしい。
「海外旅行に行きたくてもなかなか時間が取れない」「もっとお金があれば行きたいけれど」「リタイアしてからでもいいだろう」などと思っている人たちにも、ぜひ7人の言葉に耳を傾けてもらいたい。今から何年後、もしかしたら数十年後に、あなたは旅をしなかったことを後悔するかもしれない。無理をしてでも旅に出る価値が絶対にある。
「あの旅には、あの出会いには、こういう意味があったのかと、後でわかることが多いのです」と、経営者の柴崎聡さんは振り返る。旅が人生の転換点となり、新しい物語が始まっていく。
やはり旅を愛していたイギリスの詩人T・S・エリオットはこんな言葉を残している。「我々は探求をやめてはならない。そして、我々のすべての探求は、最終的に初めにいた場所に戻ることであり、そしてその場所を初めて理解することである」──「探求」はそのまま「旅」と置き換えることができる。本書が、そういう旅を実践する手引となれば幸いである。
【目次】

