その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は阪智香さん、水口剛さんの『 サステナビリティ基準がわかる(日経文庫) 』。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
2025年3月にサステナビリティ開示基準が公表されました。適用義務化を前に、すでに多くの企業が準備を本格的に始めています。ビジネス界の関心も高まり、日本経済新聞の紙面に「サステナビリティ情報開示」、略して「サステナ開示」、さらには「サステナ基準」といった言葉が登場するようになりました。著者の二人が学会で出会った頃(約四半世紀前)とは隔世の感です。
その背景には、気候変動の進行が大きく影響しています。2024年夏、世界の平均気温は観測史上最高を記録しました。温暖化への対応はもはや一刻の猶予も許されない状況です。パリ協定では、産業革命以前と比較して平均気温上昇を1.5℃以内に抑える目標を掲げていますが、すでに1.55℃の上昇が確認されています(世界気象機関。2024年の世界の年間平均気温上昇)。
このような気候変動は、ビジネスに大きな影響を及ぼします。自然災害の増加や収穫量の減少、炭素税や環境規制の導入によるコスト負担が予想される一方で、再生可能エネルギーや省エネ商品といった新たな市場の拡大はビジネスチャンスをもたらします。また、ビジネスが直面するのは気候変動だけではありません。ビジネスや社会のサステナビリティを実現していくために、私たちが直面している課題はいくつもあります。
私たちが目指すのは、サステナビリティ課題にレジリエント(強靱)な経済社会への移行です。そのためには、これまでのビジネス・モデルを見直し、新たな産業構造と社会構造への転換を図ることが求められます。その鍵となるのが、資金の流れを変えるサステナブルファイナンスと、どの企業に投資をすべきかを見極めるための情報を提供するサステナビリティ開示です。
2023年3月期からは、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が設けられ、サステナビリティに関する開示が始まっています。この開示の基準として想定されているのが、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が公表する日本基準です。この基準の適用に関する詳細は現在、金融庁金融審議会で検討されていますが、この基準は、適用対象企業だけではなく、バリュー・チェーンを通した幅広い企業に影響を与えます。
では、企業はどのように準備を進めればよいのでしょうか。それは、まず日本基準を取り巻く状況を理解し、基準の「こころ」を摑むことから始まります。次に、基準の内容を理解し、その先に広がる未来の可能性を見据えることが重要です。本書がお伝えしたいのは、まさにこれらの内容です。
サステナビリティ開示基準が求めるのは単なる基準対応ではありません。財務とサステナビリティをいかに両立させ、新たな価値を創造していくかが問われています。様々なサステナビリティ課題が顕在化する中で、100年後、200年後に存続している企業であるためには、リスクを低減しつつ収益機会を最大化する戦略やビジネス・モデルの見直しが必要です。
日本企業には、グローバルなサステナビリティ課題への対応を通じて新たなチャンスを見出すポテンシャルがあります。これまで取り組んできた環境やサステナビリティへの取り組みを、サステナビリティ開示基準で正しく伝えること、そして、基準が目指すところに経営のベクトルを向け、「自社の強み」を自信をもって発信することで、グローバル市場やバリュー・チェーンで存在感を発揮できると考えています。
では、みなさんの企業にとって「自社の強み」とは何でしょうか。経営の神様とよばれるピーター・F・ドラッカーはこう述べています。「重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを探すことである。間違った問いに対する正しい答えほど、役に立たないものはない」。繰り返しますが、サステナビリティ開示基準が求めるのは単なる規制対応ではありません。サステナビリティ課題を前に、あなたの企業にとっての「正しい問い」(例えば、「私たちはどのようなビジネスで社会に価値を提供すべきか」)に向き合うことが求められています。この基準の「こころ」を読み取り、自らのビジネスの「強み」を引き出し、サステナブルな社会に向けた価値を創造すること。それは、読者であるあなたにしかできないことです。
「サステナ基準」は、急に注目され始めたかのように見えるかもしれませんが、それらは環境報告を含む長い歴史と積み重ねの上にできたものです。先人たちのご尽力に深い敬意と感謝を込めて、本書をお届けいたします。本書が、日本企業の競争力強化、我が国の資本市場の健全な発展、そして持続可能な経済社会の実現に少しでも貢献できることを心より願っています(なお、本書中の意見にかかる部分は筆者の個人的見解です)。
最後に、本書の執筆にあたり、多大なご支援をいただいた日経BP日経BOOKSユニット第1編集部の細谷和彦氏に感謝申し上げます。また、原稿の校正を手伝ってくれた公認会計士の卵たちにも感謝いたします。
2025年3月
阪 智香
水口 剛
【目次】



