その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は村木厚子さんの『 あきらめない 働く女性に贈る愛と勇気のメッセージ(日経ビジネス人文庫) 』。「文庫版まえがき」と「はじめに」をお届けします。

【文庫版まえがき】

 『あきらめない』が出版されてから、約3年が経ちました。郵便不正事件で逮捕されてからは5年以上が経過しました。私自身にもいろいろな変化がありました。

 仕事の面での大きな変化は、2013年の夏に厚生労働事務次官に就任したことです。人事の内示をいただいたときには、戸惑いもありました。でも、その時、すぐに頭をよぎったのは、『あきらめない』や講演の中で、若い女性たちに「昇進のオファーがあったら受けなさい」「昇進とは階段を上ることです。背が伸びなくても、それまで見えなかったものが見えるようになるのです」と言い続けてきたことです。だから、自分も「ノー」と言ってはいけないぞと言い聞かせ、次官のポストに就きました。自分が発した言葉というのは必ず自分に返ってくるものだということを実感した出来事でした。

 悲しい出来事もありました。『あきらめない』が出版される少し前に母が亡くなりました。裁判で無罪が確定し、職場復帰をした後であったことがせめてもの救いでした。もし、事件の最中だったら、もし、裁判が長引いていたらと思うと、自分がおかれていた当時の状況の危うさを改めて実感しました。もう一つの悲しい別れは、比叡山の大阿闇梨酒井雄拭先生が亡くなられたことです。勾留中、酒井先生の書かれた『一日一生』に救われました。そのことを様々なところでお話していたところ、『日経ウーマン』編集長(当時)の麓幸子さんのお引き合わせで、お目にかかって直接お話を聞くことができました。悩める女性のためのトークセッションも『日経ウーマン』の主催で実現しました。再度比叡山でお目にかかる約束をして、その日を心待ちにしている中で、「先生がご病気のため延期を」というご連絡、そして訃報が届きました。酒井先生にはたくさんのことを教えていただきました。私一人が、そのありがたい時間と先生の言葉を独占したことをもったいなく思っていたところ、麓さんや関係者の御尽力により、先生から悩める女性への様々なメッセージを対談本の形で出版することができました(『自分の「ものさし」で生きなさい』日経BP社)。このことは、せめてもの救いでした。

 一方で、とてもうれしい出来事もありました。長女が結婚し、子どもを産んだことです。娘たちには、共働きである我々夫婦に本当に協力してもらいました。特に長女は、家事も万能で、子どものためにあまり時間を割けない親に文句も言わず、時には親を励ましてくれました。そうして「働く両親」を身近に眺めてきた彼女が、結婚し子どもを産み、「働く母」として、第一歩を踏み出してくれたことは、とてもうれしい出来事でした。

 まったく新しい貴重な経験もしました。法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員に選任され、取り調べの可視化をはじめとする刑事司法改革の議論に参加したのです。この特別部会は、郵便不正事件などで刑事司法に関する信頼が大きく揺らいだことなどを契機に設置され、新しい時代にふさわしい刑事司法制度のあり方を議論しました。専門家だけではなく一般市民の感覚を審議に取り入れることとなり、私も「非専門家」の一人として委員に選ばれました。専門外の分野で悪戦苦闘しましたが、普通の市民がある日突然刑事事件に巻き込まれることがあること、今の刑事司法制度があまりに取り調べや調書に依存しすぎているために、時として無理な取り調べが行われ、事実と異なる調書が作られてしまうことの恐ろしさについて、経験者として積極的に発言しました。

 3年かかった議論は14年7月に終わり、一定の事件については取り調べの全過程を可視化すること、また、将来に向けて、さらに制度の見直しを進めていくことなどが取りまとめられました。次の国会に法案が提出される予定ですが、一日も早く法律が成立し、施行されることを願っています。

 私ももうすぐ、60歳。公務員としてはじき卒業を迎えることになります。その後、どんな暮らしになるのかまだ想像はつきませんが、新しい環境の中でも、今まで通りゆっくり歩いていければと思います。

 この本を読んでくださるみなさんにも、ゆっくりと、あきらめずに歩いていってほしいと思います。歩いていれば、思わぬ出会いがあり、思わぬところにたどり着くものです。この本を出版するときには、自分が本を出すなんて、と迷いもありました。その背中を押してくださった麓さんや日経BP社の方々に心から感謝しています。出版後、本を読んで元気をもらったと多くの方に声をかけていただき、本を出してよかったと心から思いました。今回の文庫化によって、この本が、また、少しでも仕事や家庭のことに悩む人のお役にたてれば本当にうれしいと思います。

2014年11月 著者

【はじめに】

 “普通の人”のロールモデルになりたい。平凡な自分だからこそ、なれるはず――。

 これが、役所で30年以上働き続ける中で私が初めて見つけた、「私だからこそできる役割」です。

 高知で生まれ育った私は、地元の大学を出て公務員になり、結婚して2人の娘に恵まれました。子育てが始まった30代は、仕事と育児の両立に想像以上に翻弄されました。職場には、自分や伴侶(はんりょ)の親に手伝ってもらいながら仕事と育児をバランスよくこなしている女性がたくさんいましたが、我が家は夫も私も両親が地方にいるため、普段はなかなか頼れません。夫婦2人だけで仕事と家事・育児に奮闘する様子を見て、周りからは「村木さんのところは悲惨だよね」とよく言われたものです。そして、決まってこうも言われました。

 「夫婦2人でやってきた珍しいケースは、後輩にとってもいいモデルケースになるね」

 そういえば、私にはお手本となる先輩がいませんでした。

 職場の女性の先輩方は本当に多士済々。後に大臣や国会議員になった方、大使になった方、最高裁判所判事や民間企業の役員などになった方がいます。役人としてはもちろんですが、ほかの分野に飛び出しても一流という人たち、素敵なスーパーウーマンたちです。

 そういう諸先輩方は自分とはあまりにレベルが違いすぎて、憧れはしますが、「お手本」にはできそうもありません。

 身近なお手本がないというのも、なかなかつらいものです。もちろん、高い目標や理想の追求もいいことですが、「そういえば、ああいうケースもあったな」と思えるような、手の届きそうな存在が一人でもいれば、それを道しるべに頑張れるように思います。

 52歳で厚生労働省の雇用均等・児童家庭局長になった時に感じたことは、「普通の私でもここまで歩いてこられたんだ」ということでした。もしかしたら、特別な能力や条件がなくても普通に仕事ができて、何かのお役に立てるということを見てもらうには、自分はいいケースなのかもしれない。平々凡々な私でも、「ほら、仕事も子育てもなんとかやってこられたでしょう? 大丈夫だよ」と職場の後輩に言ってあげられるかもしれない。「村木さんになりたい」ではなく、「村木さんでもできた」というロールモデルになることができれば、仕事も結婚も子育ても深刻に考えることなく、もっと普通にできることだと思ってもらえるかもしれない。

 普通の女性のロールモデルになることを自分の役割としよう――。いつしかそう思うようになっていました。

 そのためには、仕事をきっちり最後まで勤め上げなければなりません。だから、とにかく仕事は全うしたかった。仕事を無事に卒業して、何の取り柄もない私でも、ここまでこられたんだよ、と言いたかった。

 だから逮捕されたことは本当にショックでした。「普通の人間でもできる」というロールモデルの完成まであと一歩だったのに! 私の唯一の役割になると信じていたのに!

 でも、無罪判決が出て、職場に戻り、少し落ち着きを取り戻した頃、逆に事件をきっかけに、「普通でも大丈夫」ということを職場以外の方にも知ってもらえる機会をいただけたことに気が付きました。これまでは職場の中でのロールモデルになれればと思っていましたが、もっと多くの方に伝えることができれば、それこそが、私がこれまで携わってきた仕事の、そして女性として仕事に携わってきたことの総仕上げになるのかもしれない。せっかくいただいたこの機会をお借りすることで、多くの方に「大丈夫だよ」と伝えることができればと思っています。

 仕事を続けること、家族を持つことはとても大変ですが、とても楽しいことでもあります。「なんとかなるから!」。これが、私が先輩から言われて、結局一番救いになった言葉です。

 なんとかなります。だから「あきらめなくていいよ」と伝えたいと思います。

村木厚子


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示