その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は武藤滋夫さんの『 ゲーム理論入門(日経文庫) 』。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

 本書は、「ゲーム理論」の入門書です。ゲーム理論という言葉もかなりポピュラーなものになってきましたから、すでにどこかでこの言葉を目にされたことがおありになるかもしれません。ゲーム理論というのは、簡単にいってしまえば、複数の意思決定主体が存在する状況における意思決定の理論です。複数の意思決定主体がいますから、たとえ自分のとる行動が同じであっても、他の人々のとる行動によって結果は違ってきてしまいます。したがって、他の人々がどのような行動をとるかを常に考慮に入れながら自らの行動を決定していかなければなりません。そこに、ゲーム理論の難しさもあり、おもしろさもあります。

 ゲーム理論は、チェスなどの室内ゲームに代表されるような、利害が完全に対立する2人の意思決定主体の行動分析から始まりました。しかしながら、「ゲーム的状況」は、室内ゲームの世界だけではありません。われわれの社会は人と人の間の関係から企業国家などの組織と組織の間の関係に至るまで、様々なゲーム的状況にあふれていますから、ゲーム理論はただちに経済学、政治学、社会学など社会科学の諸分野に浸透していきました。

 特に、1980年代からの経済学、なかでも産業組織論などミクロ経済学への浸透はめざましいものがあり、現在では、ミクロ経済学はゲーム理論なしには語れないといっても過言ではありません。そして、政治学、社会学などの他の社会科学の分野はもちろんのこと、生物学、情報科学、経営工学、社会工学、オペレーションズ・リサーチなどの理工学の分野にも、ゲーム理論は大きな広がりを見せています。

 これらの動きを受けて、英文のゲーム理論のテキストも1990年代に入って数多く出版されるようになってきました。日本でも、1990年代半ばから、翻訳書を含め多くのゲーム理論のテキストが出版されています。

 ゲーム理論がこのような展開を見せるなかで、「ゲーム理論は難しい」という言葉をよく耳にします。確かに、ゲーム理論は数理的な理論ですから、数式がよく出てきます。最近出版されている日本語のテキストも例外ではありません。数式が多いということがゲーム理論は難しいという原因になっているのかもしれません。しかし、ゲーム理論の基本的な部分は+ーX÷の四則演算だけで十分です。

 一方、ゲーム理論の違った観点からの難しさを耳にすることがあります。他の人々の動きを考慮しながら自分にとって最適な意思決定を行うという概念的な難しさです。経営工学やオペレーションズ・リサーチなどの分野でも意思決定を扱いますが、そこでは他の人々など外部の動きはすべて確率的に扱ったうえで最適な意思決定を行うことが普通です。しかしながら、他の人々もそれぞれの意思を持って行動しているわけですから、それでは不十分ではないでしょうか。では、どうやって他の人々の動きを考慮したうえで意思決定をしていくか、そこにゲーム理論の概念的な難しさがあります。

 本書では、ゲーム理論の基本的な考え方そしてそのおもしろさを、できるだけ平易に解説し、読者にゲーム理論は難しくないことを知っていただこうと思っています。したがって、数式による議論はできるだけ避け、簡単な事例を用いて議論を進めていきます。もちろん、ゲーム理論は数理的な理論ですから、数式を全く用いないで議論することはできません。ただし、そのときも抽象的な議論は避け、具体的な数値を入れて日に見える形で話を進めます。さらに、理解を深めていただくために、各章末に練習問題を用意しました。

 本書を読んで、文字通りゲーム理論の門をくぐっていただきたいと思います。そして、ゲーム理論のおもしろさをわかっていただき、本書を橋渡しとして現在出版されている他のゲーム理論のテキストヘと進んでいただければ、筆者にとってこの上もない幸せです。

 本書は、筆者のこれまでの東京工業大学、東北大学、東京都立大学などにおけるゲーム理論の講義ノートをベースに、最近のトピックを付け加えたものです。中山幹夫氏(慶應義塾大学)、松井知己氏(東京大学)、松井泰子氏(東海大学)には、本書の初稿の段階から丁寧かつ建設的なコメントをいただきました。牛尾吉昭氏(東京経済大学)、大西匡光氏(大阪大学)、岡田章氏(京都大学)、船木由喜彦氏(早稲田大学)、丸田利甚氏(大阪府立大学)、大和毅彦氏(東京都立大学)、渡辺隆裕氏(岩手県立大学)からは、最終稿に対してそれぞれのご専門の立場から有益なコメントを多数いただきました。また、東京工業大学大学院学生の石原慎一君、陣内悠介君、武藤正義君、小川竜児君、福田恵美子さん、山田典一君には計算結果をはじめ最終稿を細かくチェックしてもらいました。日本経済新聞社の堀口祐介氏には、本書の企画の段階から完成まで大変お世話になりました。これらの方々に心から感謝いたします。

2000年12月
武藤滋夫


【目次】

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