その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は一般社団法人セーフティグローバル推進機構、向殿政男さんの『 実践!ウェルビーイング 世界最強メソッド「ビジョン・ゼロ」 』です。

 私たちは今、世界的規模で大きな課題に遭遇し、転換期を迎えようとしています。例えば、地球の温暖化問題を抱え、コロナ・パンデミックを経験するなどの一方で、米欧と中ロの対立やロシアのウクライナ侵攻などの政治的な分断の時代に直面しつつあります。すべては、現実の大きなリスクといえます。これらの困難を乗り越えて、未来の世代のために、明るい将来の世界を構築する方向に転換し、今こそ、新しい社会的価値観を見いだして、その実現に向けて私たちは全員で努力したいものです。
 目指すべき新しい社会の価値観とは、どのようなものなのでしょうか――。それは、いつの時代でも、「全地球市民全員が、日常的に、“『安全』な環境に囲まれて、『幸せ』に暮らせる社会”」。これまでのいつの時代でも、そのような願いだったと思いますが、今回のコロナ・パンデミックが、このことを改めて私たちに教えてくれました。今ほど、次の時代の価値観として、“「安全」な環境に囲まれて、「幸せ」に暮らせる社会”の実現が強く希求される時代はないのではないでしょうか。これが本書の第一の提案です。

 ただ、人々が“「安全」な環境に囲まれて、「幸せ」を実感する社会”とは、あまりに対象が漠然としすぎているかもしれません。私たちは生活や現場の視点から、具体的に、確実に、そして地道に、「幸せ」を実現する道を進む必要があります。
 そのためには、まず、働く人を対象にするのがよいと考えます。世界の人口は80億人に到達したといわれていますが、そのうちの半数以上の人々は明らかに働く人またはそれに関連した家族や関係者に他なりません。従って、企業が中心となって安全な環境で働く人の幸せ、すなわち「安全な環境の下で、心身ともに健康で、やりがいを持って仕事をすること」を目指すことから始めるべきだ、というのが本書の第二の提案になります。

 我が国では、1972年に労働安全衛生法が施行され、翌1973年からゼロ災運動が開始されて、労働現場における災害を劇的に減らしていくきっかけとなりました。一方、最近の欧州では、ゼロ災運動にヒントを得て、経営トップが率先して、いくつかの組織や企業に声を掛け、仲間をつくって労働災害を減らす「ゼロ・アクシデント・フォーラム」が発足しました。それが進化して、現在、「ビジョン・ゼロ」活動となり、労働安全衛生の世界的な潮流になってきています。
 事実、2022年5月に我が国で第2回「ビジョン・ゼロ・サミット」が開催され、多くの国際機関、政府機関、大手企業を巻き込んで世界的に注目を集める大イベントとなりました。このビジョン・ゼロ活動のメインテーマは、「安全、健康、ウェルビーイング」です。「安全な環境の中で、心身ともに健康で、生きがい、やりがいを持って仕事をする」――。これを広義のウェルビーイングと呼ぶこととすると、これこそが、前述した目指すべき社会の新しい価値観の着実な一つの目標なのではないでしょうか。ビジョン・ゼロ活動は、企業を中心に働く人を対象に発展してきましたが、今や、企業を超えて社会のすべての人々のウェルビーイングの実現に向けた目標になりつつあります。

 ここで重視されるのは、技術の役割です。これまで社会の革命がそうであったように、そのスタートは、技術の発展から始まっています。今回の第4次産業革命といわれる変革を先導する技術的な発展は、ICT(情報通信技術)です。安全の面にも、健康の面にも、そしてウェルビーイングの面にも、その実現、向上のために、最近発展著しいICTを適用することができます。
 その時のキー概念として、人間と機械と環境がデジタル情報によるコミュニケーションを通して安全を確保する「協調安全」の考え方、そしてそれをICTの利用で実現する「Safety 2.0」と呼ぶ安全技術があります。ここでの重要な発想は、これまでの安全技術とは異なり、人間を中心にした技術の追求という点です。そこで、「ウェルビーイング・テック」という名目の下に、主に技術面から、協調安全とSafety 2.0に基づいた、広義のウェルビーイング向上に関する技術開発をしていこうというのが、本書の第三の提案です。実際、そのいくつかの現状を紹介します。

 ウェルビーイングという概念は、長らく「幸福」の解明のために心理学を中心に研究されてきました。本書で述べるウェルビーイングは、働く人のウェルビーイング、すなわち働くことに対する生きがい、やりがいを含み、その基本は安全と健康に裏打ちされている必要があることを強調しています。働く人のウェルビーイングの向上は、生き生きと働くことであり、それにより、企業の生産性が向上し、企業の発展につながる――。まさしく企業における経営課題と直結するのです。
 新しい価値への転換が求められるこれからの社会では、企業がウェルビーイングを重視する経営が求められています。それが企業の社会的価値を向上させ、社会のウェルビーイングの貢献に直接つながるからです。逆に言えば、社会のウェルビーイングの向上に貢献することが、企業の価値向上に直結する時代に入ったといえます。
 すなわち、企業のウェルビーイング向上の活動が今後、企業価値を向上させ、持続的に社会へ貢献し続けていくことにつながります。これこそが、これからの企業としての社会における在り方の王道になると考えます。これが本書の第四の提案です。
 ここでもう一度強調しますが、企業におけるウェルビーイングの基本は、働く人のウェルビーイングの実現にあり、その基本は、安全、健康、ウェルビーイングに取り組む労働安全衛生活動そのものにあります。

 本書では、働く人の安全、健康、ウェルビーイングの実現を通して、企業のウェルビーイングを向上させ、それを通して社会の人々のウェルビーイングの貢献につながるための考え方 と手法を解説しています。併せて、労働安全衛生における安全、健康、ウェルビーイングを世界的に主導する「ビジョン・ゼロ・サミット Japan 2022」において講演された内容を中心にして、世界の名だたる企業におけるウェルビーイングの先端的な活動を紹介しています。企業においてウェルビーイングをどのようにして向上させることができるのか、それを評価するための指標はどのようなものがあり得るのかなど、生き生きとした実例によって知ることができます。
 さらに、本書では、労働安全衛生活動におけるもう一つの新しい考え方を提唱しています。それは、今までは、「労働災害を減らす」「疾病やメンタル障害を減らす」などのネガティブな領域でのリスク低減の目標を掲げていましたが、今後は、それらに加えて、「どのくらい元気に、安心して、生きがいを持って仕事ができるか」といったポジティブな領域での指標も掲げて、それを向上させ評価していこうとするものです。このように、労働安全衛生におけるマインドセットを根本から変えていこうというのが、本書の第五の提案に他なりません。

 我が国では2025年に、大阪・関西万博を迎えようとしています。そこでのメインテーマが、「いのち輝く未来社会のデザイン」であり、本書が求める安全、健康、ウェルビーイングの向上とは、お互いに共鳴するものがあります。大阪・関西万博を通して、企業の向上の切り札である広義のウェルビーイングが、一般社会の人々に広がり、すべての人々が「安全」な環境に囲まれて、「幸せ」に暮らせる社会の実現につながることを願っています。

一般社団法人セーフティグローバル推進機構
会長 向殿政男


【目次】

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