その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤波匠さんの『 なぜ少子化は止められないのか 』です。

【はじめに】

 少子化に歯止めがかかりません。2022年の出生数は、初めて80万人を割り込みました。
 80万人という数字に注目が集まり、にわかに少子化問題が政治の中心的な話題となっています。ただ、心理的な面から出生数が80万人を下回ったことに危機感を覚えがちですが、その数値に特段重要な意味はありません。
 注目すべきは、その減少のペースです。2000年から2015年までは、少子化といわれながらも、減少のスピードは年率で1%程度に過ぎず、比較的緩やかなものでした。それが、2016年以降急加速を始め、年率3.7%程度となっています。
 いいかえると、日本の出生数は、2000年から15年かけて20万人減少し100万人となっていたのですが、それ以降はわずか7年で20万人以上減少してしまったのです。2016年以降の減少のスピード感がおわかりいただけるでしょう。
 ちなみに、2022年に限れば、出生数の減少率は前年比5%と大きなものとなりました。これは、2020年に始まった新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言を背景とした婚姻数急減が、少なからず寄与したと考えられます。しかし、わが国における少子化のペースアップはすでに2016年ごろからみられており、決してコロナ禍による一時的な現象ではないことは明らかで、より根深い日本社会の構造問題に起因しているという理解が必要です。このままの減少率で推移すれば、数年で70万人を割り込み、その後はあっという間に60万人、50万人となってしまいます。
 なぜ少子化は止められないのでしょうか。2010年代には、大都市を中心に待機児童が問題視され、少子化対策とともに女性の活躍支援などの一環として国は保育所の拡充に力を入れてきました。その結果、保育所の枠は確保され、待機児童問題はほぼ解決をみています。しかし、国が保育所の拡充に膨大な予算を投じ始めたのと時を同じくして、少子化が加速し始めました。

 では、現在、国の存亡にかかわる少子化問題に対して、国会や地方自治体でさまざまな取り組みが検討されていますが、それらによって少子化を食い止めることができるのでしょうか。筆者には、とてもそうは思えません。
 岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」をぶち上げると、そのワーディングに批判が集まり、「育休中にリスキリング」といえば、全国からいっせいに「ふざけんな」の声が上がります。
 児童手当の予算拡充とはいっても、経済成長率を上回る社会保障費の伸びが続くなか、大型予算はつけにくい状況です。そもそも、少子化対策という大きな目標は同じであるにもかかわらず、与野党の足並みはそろわず、具体的な政策に落とし込むことは難しい状況にあります。国のそうした事情を見透かすように、東京都では他地域に先んじて独自の手当の給付に踏み切るなど、少子化対策が政争の具となる様相をみせ始めています。
 そもそも、児童手当などの現金給付を引き上げることが、少子化対策の最良の一手なのでしょうか。上げることが望ましいとは多くの人が考えており、筆者もその1人なのですが、では、いったいどこまで引き上げるべきなのでしょう。
 つい10年前までは、現金給付は少子化対策としての効果が小さいという認識がありました。現在においても、研究者の間で、効果のあり・なしに対して定説はありません。

 こうした混沌とした状況の中で、筆者は自ら少子化問題についてレポートを書くかたわら、さまざまな人と議論を重ね、自分なりの考え方を固めつつあります。
 以下に続く各章では、なぜ少子化となるのか、少子化は何をもたらすのか、そして私たちは何をしなければならないのか、ということを、さまざまな立場の人たちとの対話形式で示していこうと思います。そして終章では、そこまでの各章で議論してきた少子化対策のあるべき姿や取りこぼしてきた課題を整理するとともに、私がたどり着いた思いなどを示しました。
 本書が、少子化対策を企画・立案する政策当局者はもとより、子育て世帯の支援にかかわる方々、そして今後、結婚・出産期を迎える若年世代から、すでに社会保障の恩恵を受けている高齢者までのすべての国民に届くことを期待しています。
 なお、本書は、さまざまな人たちとの少子化に関する実際の議論を通じて得られた示唆をもとに成り立っていることは間違いありませんが、本文に登場する人物や設定はすべて架空のものです。

 2023年4月

藤波 匠

【目次】

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