その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はワイズマン廣田綾子さんの『 海外投資家はなぜ、日本に投資するのか(日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】 「象徴」としてのバフェット氏来日
近年、日本株式に対する海外勢の注目が高まっている──この流れを象徴する初期の出来事の一つが、2023年4月に起きました。世界一有名な投資家であるウォーレン・バフェット氏の来日です。
彼がやって来たのは、あとで詳しく解説することになる、東京証券取引所による改革要請の直後というタイミングでした。バフェット氏による大手商社各社の株式の買い増しは、国内外のメディアで大きく取り上げられました。
このエピソードはコインの裏表のように二つの側面があります。「表」側から見れば、たしかに彼の来日と商社株への追加投資は、世界中の投資家が、岸田政権下で進められていた市場改革や日本株式市場の将来性に対する注目度を高めるきっかけの一つを作ったと言えるでしょう。
ただ、彼の行動は別の側面から見ることもできます。バフェット氏の決断の背景にあるものは決して日本株の将来性への期待感や、個別の企業経営者の手腕と成長性への評価などといった単純な動機ではありませんでした。というのも、彼が大手商社5社の株式発行数の5%を均等に買い、来日した際には各社をABC順に訪問したという事実が示す通り、彼は日本の株式市場に上場する個別の企業銘柄の将来性にはほとんど無関心だったのです。彼がこの5社を選択した理由は、これからさらに上がっていく資源株の投資先として、日本以外にあまり類似例がない商社という特殊な業界特性で、さまざまな資源ビジネスを所有し、その資産価値に比して世界で最も安いバリュエーションだったからに過ぎませんでした。
バフェット氏の来日という象徴的な出来事の向こう側にある、一見相反するような二つの事象──日本株投資に対する熱狂の高まりと、割安な投資先を見極める熟練投資家のクールな行動──このギャップがなぜ生まれるのかという問いが、本書の出発点となります。
日本株式市場が今、変化の時を迎えていることは間違いありません。特にこの数年間で大きく変わったのは、日本企業の株主との向き合い方です。
東京証券取引所は23年3月、プライム市場、スタンダード市場の全上場会社に対し、資本効率の改善に向けた対応を要請しました。槍玉に挙げられたのは、株価純資産倍率(PBR)が1倍割れの状況にある企業たちです。
株価を1株あたりの純資産で割った指標であるPBRは、市場からの評価の高さを示すものさしのようなものです。「この企業はこれから大きく成長しそうだ」という投資家の期待が大きいほど、数値も高くなります。反対に市場から期待されずPBRが1倍を下回っている状況では、理屈上、そのままビジネスを続けるよりもいっそ企業を解散して残った資産を分け合う方が、株主にとっては合理的な選択といえます。
東証が働きかける前、PBR1倍割れの企業はプライム市場のうち922社(22年7月時点)と、全体のちょうど半分を占めていました。上場企業の二つに一つがビジネスを継続する経済合理性に乏しいという不名誉な烙印を押されている、そんな由々しき状況だったのです。
要請を受け、多くの企業が政策保有株の売却や自社株買い、成長分野への新規投資といった対応策に乗り出しました。厳密に言えば要請そのものに法的な拘束力はないものの、東証は企業ごとの開示状況を調査・公表することで経営陣に間接的なプレッシャーを与え、売上高ばかりを偏重してきた企業文化を改めさせることに成功したのです。日本特有の「恥」の文化をうまく利用した、周到な戦略と言えるでしょう。
とはいえ、世界一有名なバリュー投資家であるバフェット氏の投資行動は結果的に、自己資本利益率(ROE)や投下資本利益率(ROIC)をも重視するようになった日本企業と、海外投資家との接近を国内外に印象づけました。彼に続くようにして半年後の10月には、ブラックロックやブラックストーンなど世界的な投資会社の代表らが同時に日本を訪れ、岸田文雄首相(当時)と官邸で会談。岸田首相はその場で政府が推進する資産運用立国に向けた政策について説明し、海外の投資マネーの取り込みに向け、国内外の民間事業者とともに環境作りに本腰を入れる姿勢をアピールしました。
日本企業への期待感の高まりは、すでに数字に表れています。
24年5月には、PBR1倍割れの企業の割合がプライム市場全体の43%まで減少。日経平均株価は24年2月にバブル期以来の高値を更新し、翌3月には史上初の4万円に到達。その後は日本銀行による利上げを背景に株価が乱高下する場面もありましたが、二つの心理的な節目を乗り越え、日本経済の中長期的な成長への期待を封じていた重たい扉が開け放たれた意義が失われることはないでしょう。
また、PBRと並んで企業の価値を示す重要な指標であるROEについても、8%未満の企業の割合が同じ時期(22年7月から24年5月)に47%から45%に減少。わずかながら改善の兆しが見られます。
海外投資家の存在感が高まる一方で、国内の個人投資家の裾野も広がりつつあります。
24年1月には税制優遇による投資促進制度であるNISA(少額投資非課税制度)が大幅に拡充されました。年間投資上限額の引き上げにより、株式や投資信託の買付額が増加。家計金融資産は株高の恩恵を受け、史上初の2200兆円台に到達しました。
これまでは、政府がいくら「貯蓄から投資へ」のスローガンを高く掲げても、笛を吹けど踊らずといったむなしい状況が長年続いていました。今回、NISA拡充のタイミングが、物価上昇により預貯金のデメリットを意識しやすい時代状況と重なった結果、国民一人一人が投資という世界の主人公であるとの自覚を持ちやすくなったと言えるでしょう。
セブン買収提案が暴いた現実
変化というものは、常に、いくつかの側面を持っています。
未来への期待感と楽観論が浮上すると、不安と悲観論も同時に深くその根を伸ばしていくものです。
24年夏、日本企業の経営者たちや政財界に動揺を広げる出来事がありました。流通大手のセブン&アイ・ホールディングスが、カナダのコンビニ大手であるアリマンタシォン・クシュタール(ACT)から買収提案を受けたことが明らかになったのです。セブンとACTの間ではその後、秘密保持契約の締結などをめぐって駆け引きが続き、本書の執筆時点でも騒動の着地点を見通すことはできません。ただ、一連の動きが日本企業の経営者たちに、市場の現実を改めて突きつけたことはたしかです。
国内企業の株価を支える買い手が増えるということは、どのような有名企業であっても割安と評価されれば、いつでも買収のターゲットになりうるということを意味します。
国内の企業を成長軌道へと導いてくれる救世主か、それとも、日本経済が取り戻した輝きに誘われて海の向こうからやって来ては、企業を食い荒らして帰っていく恐ろしいサメのような存在か──今、日本国内には海外投資家に対し、こうした対照的な二つのイメージが混在しているようです。
高揚感と不安が入り混じる中、現状を冷静に見極めることはいっそう難しくなっているかもしれません。ただ、ここで私が強調しておきたいのは、日本が今置かれているこの状況が、1980年代から90年代にかけてアメリカが経験した変化と、驚くほど類似しているということです。
かつて米国株も「日本的」だった
今から40年近く前のアメリカの市場がどのような状況だったか、あまりご存じでない方も多いかもしれません。当時、アメリカは弱気相場からの復活途上にありました。企業と株主の間に、かつてないほど緊張感のある関係性が生まれた時期でもあります。
それまでのアメリカの株式市場ではある種の紳士協定のようなものが存在し、企業どうしの敵対的な買収はほとんど例がありませんでした。政策株式の持ち合いなどの慣行を「日本的」と言ったりしますが、70年代までのアメリカの市場はある意味、今から振り返ると日本的に見えるところがあったのです。
牧歌的な雰囲気を打ち破ったのは、80年代に登場したLBOファンド(当時、業界では「乗っ取り屋」と言われていた)と呼ばれる投資家集団でした。彼らはレーガン政権下の規制緩和によって活況を呈したハイイールド債を発行して莫大な資金を調達し、次々に企業を買収してはその事業を切り売りして、自らの収益を最大化していきました。本編で詳しく紹介するドレクセル・バーナム・ランバートに在籍したマイケル・ミルケンは(一連の不祥事に対する評価は別にしても)、この時代を象徴する存在といえます。こうした新しい買い手たちが、株式市場における旧来の温室的慣行を駆逐していったのです。
企業側はさまざまな防衛策を講じました。試行錯誤を繰り返すうち、ポイズンピルのような小手先の対策だけではLBOファンドの買収提案をかわしきれないことを学んでいきました。こうして結果的に、株主の利益を優先する経営文化が浸透、定着していったのです。
私が投資の世界に初めて飛び込んだタイミングは、まさにこうした変化の只中にありました。大海に飛び込むような気持ちで就職したニューヨークの投資顧問会社で投資の基本を叩き込まれ、企業年金財団などの顧客資金を最終的に3000億円ほど運用しました。
84年から99年まで米国株を、日本株を含むアジア株を2000年から現在に至るまで手掛け、振り返れば合計40年余りにわたってこの世界に身を置いてきました。二つの国の株式市場の変遷を見てきた人間として、アメリカの株式市場が今の形にたどり着いた歴史的経緯を伝えることで、若い世代の方々が日本の置かれている状況をより深く理解する手助けができればと思っています。
とはいえ私は、アメリカのやり方を手放しで誉めそやすつもりはありません。日本が何でもかんでもアメリカ流を模倣すべきだとも思っていません。たしかに、「何でもあり」のような自由さを重んじてきたアメリカが、資本主義体制の下、多くの分野で世界をリードするポジションを築き、GAFAのように世界で類例のない水準の利益率を誇る会社群を生み出してきたことは事実です。一方、ドナルド・トランプ大統領の返り咲きに見られるように、弱肉強食の風土が社会的な分断を深刻化させてきたことも否定できません。
投資家の仕事は利益を最大化することです。しかし「お金のためにどこまでやるか」という線引きについては、投資家ごとに大きくスタンスが異なります。アメリカにおいても、中長期的に投資先の株式を保有し、投資家と企業がウィンウィンの関係を維持するバイ・アンド・ホールドの手法が王道です。一方、利益のためには手段を選ばないような投資家も少なくありません。私自身、他者の犠牲を顧みない短期思考の投資家を数えきれないほど目の当たりにしてきました。株式市場を殺伐とした空間にしているこうした人々によって、いずれ日本も同じように過剰な競争の場になってしまうとすれば、喜ばしいこととは言えません。
日本企業の経営者は今でも、海外投資家を十把一絡(じっぱひとから)げに敵対視してしまう傾向があるようです。長期的な目線で資金を提供する株主からのまっとうな提案にさえ耳を傾けないようになれば、それはそれで危険なことではないでしょうか。何をなすべきか理解している企業でさえ、「黒船」に怖気づき、本当に大切なものを見失いそうになってはいないでしょうか。
このような時代だからこそ、日本とアメリカの単純な優劣論ではなく、二つの国の類似点と違い、そしてそれぞれの市場が抱えている多様性を、冷静に見つめることが大切ではないでしょうか。
この本を通じて私が伝えたいメッセージはただ一つです。
日本の人たちに、正しい知識を踏まえて、自分自身の意志で、この国の資本主義の進むべき道と、将来的に目指す社会の在り方を決めてほしい。
そんな思いで、この本を作りました。
海外から次々にやって来て、日本市場で発言力を強めているアクティビストやヘッジファンドに、日本で暮らす人々はどのように向き合うべきなのか。一言で投資家と言ってもその投資スタイルはさまざまある中で、私たちは企業の長期的な成長にとってプラスとなる投資家を見分け、企業を短期的なマネーゲームの一部としてしか見ていない投資家からどのように身を守ればよいのか。本書ではこうしたポイントを私なりの視点で、投資家として数えきれないほどの経営者と意見をぶつけ合ってきた経験を踏まえて整理しました。経営者、投資家、そしてこれから投資の世界に踏み出そうとしている若い読者の皆様にとって、自分自身や自分の企業、そしてこの国の未来をよりよい方向へコントロールする術を身につけるヒントを見出していただければと願っています。また、いつかバフェット氏が公表する年次報告書において、保有株一覧の中に日本企業の個別株が掲載され、その保有理由として経営陣とビジネスモデルへの高い評価が記載される──そんな日が来ると私は信じています。
二〇二五年四月吉日 ワイズマン廣田綾子
【目次】



