その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は瓜生田義貴さん、板橋辰昌さん、柿元雄太郎さんの『 マッキンゼー エネルギー競争戦略 』です。

【はじめに】

エネルギー転換の現在地:世界の脱炭素は順調か?

 2020年前後に世界で活発化した脱炭素の動きは、巨大な圧力となって世界各国の政府や企業に変化を促してきた。しかし、そうした気運の中で発生したウクライナ紛争の際には関連する混乱も相まってエネルギー価格が高騰し、安定供給に対する安全保障上の懸念が強まった。日本国内でも新電力の破綻だけでなく、夏場に電力不足が生じるなど、ひと昔前には考えられなかったような事態が発生し、東日本大震災以降、電力・エネルギーに対する関心が大きくなった。消費者や需要家にとっても、また一段違ったレベルで生活や経済活動へ及ぼす影響度合いが強まっている。

 脱炭素化やデジタル化の流れの中でとりわけ電力に対する期待は非常に大きいが、将来的に十分な電力を確保できるのか、日本や世界は、脱炭素をどれだけの強度で継続していき、またその場合の国力への影響はどうなるのか、こうした疑問は、関係者だけでなく国全体の産業競争力のレベルの話として大きくなるばかりである。後述する通りエネルギー転換において電化が果たす役割は極めて大きい。一方でそれらは自動的に顕在化するものではなく、複雑に絡み合った現状のシステムに対し電力会社を中心とする既存のプレイヤーが個社単位や業界単位で変革をすることで実現され、それに合わせてプロフィットプールを享受し、大きく成長できる性質のものである。そこでは電力業界以外のプレイヤーや海外企業、そして何より制度や支援など国が果たす役割も極めて重要であるといえる。

 本書では、エネルギー全体の視点からこの変化をできるだけ構造的に捉え、電力会社やエネルギーに関わる業界全般が将来に向けてどのような動きをするべきかを考察することを試みている。そのため読者としては電力関係者のみならず、電力・エネルギーに接点を有する広いプレイヤーを想定し、全体像まで大きく立ち返りながら個別の論点を詳述していく。「はじめに」では、直近で脱炭素へ向けた取り組みを最もリードしてきたドイツの状況を挙げて、本書で扱うテーマの具体的な問題意識を示すこととしたい。

ドイツの急進的な脱炭素化の顛末

 振り返れば京都議定書を含め低炭素の取り組みの重要性を訴求してきたのは日本であったが、直近での脱炭素の世界的なトレンドの形成が欧州における戦略的なアジェンダであったことは周知の通りである。これは環境意識のみならず、再エネによるエネルギー自給率向上の寄与やそれを正当化しうる発電コストの低減に対する自信によって取られた戦略である。代表例たるドイツでは当時未実現の将来のコストダウンまでを見込みながら国・プレイヤーがリスクを取る形で太陽光発電や風力発電を積極的に導入し、石炭火力発電所の廃止をいち早く決定するなど、欧州発の脱炭素の動きを主導するキープレイヤーとなった。その後EUを中心に可能な限り早く世界をCO2排出ネットゼロへと移行させるために、炭素と名の付くものは「回避すべきもの」に分類され、低炭素燃料として温暖化対策の一つと長年みなされていたガス火力発電までもが「悪者」とラベリングされるまで議論が及んだ。金融機関も融資のあり方の見直しを迫られた。この流れが世界を席巻し、各国で再エネの導入が進み2019年には単年度で再エネによる発電量が化石燃料による発電量を上回り、その後も増加を続けた。

 ところが直近のドイツでは、2030年に向けて自らが設定した目標に対して大きく足踏みをしている。これはウクライナ戦争を起因とした天然ガスの不足や経済の混乱に加え、想定したほどのコスト低減が実現されず、環境破壊を問題視する地域住民から大規模開発に対して反対運動が起きるなど、複合的な要因を背景にしており、今後巻き返しを図れるかどうかは不透明である。

 そこでは、再生可能エネルギーが一定程度システムに導入されたことで生じる根本的な課題も幾つか表面化し始めている。特に議論になっているのが、図表0-1~3にあるような電力不足、価格の乱高下、必要な送配電コストの増加である。

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電力不足で停電リスクが顕在化

 図表0-1は、ドイツの電力供給力と電源構成の推移を示している。2030年は火力発電所がまったく新設されない場合の予測値である。再エネや水力/揚水発電の比率は増えるものの、全体として供給量は右肩下がりに落ち込む。一方、線はピーク時の需要である。データセンターなどによるピーク負荷の増加により2030年は電化に伴って120GW(ギガワット)に需要が拡大することが予想されているが、ガスタービンメーカーも受注残が多く新規納入が追い付く目途が立たず、30GW近く不足しうるとみられている。

 これほど供給力が急減する背景には、ドイツ政府が2024年までに石炭火力発電(約24GW)を完全にフェーズアウトさせることを政策として掲げていたこともあるが、それだけではなく再エネの登場によって電力の市場価格が下がり、火力発電所の稼働率も低下したことが挙げられる。発電事業者としては、老朽化した火力発電所を更新したくても固定費の回収が見込めず、廃止させるしか合理的な選択肢がないというのが実情である。

 太陽光や風力の発電設備は、土地や環境上の制約からそう簡単に増設することはできず、一方でガス火力発電所も世界中で需要が高まった結果、タービンをはじめとした主要機器や建設資材の確保がままならず納期が年単位で大幅に長期化している。つまりこのままでは恒常的な電力不足が発生する事態に直面し、仮に再エネが今後、計画通りのペースで導入されていったとしても2030年に停電が最長で21時間、年間では最大100回程度も発生すると試算されている。

 これを回避するためには、原子力か石炭火力を再稼働するしか選択肢はないが、そうなれば、石炭については脱炭素化の動きに大きく逆行し、原子力は政策転換が必要となり、いずれも政治的に困難なため八方ふさがりの状況にある。

事業の予見性が不透明に

 自然変動電源であり発電量が一定ではない再エネの構成比率が高まるほど、市場で売買される電力価格の変動幅は広がり、需給バランスが崩れやすくなる。図表0-2は、マッキンゼーの電力シミュレーションモデルを活用しドイツの将来の電力価格を分析した結果である。ここでは電力価格が跳ね上がる時間帯と、電力が余って値段がつかない時間帯が繰り返し発生することが示されている。縦軸は1日当たりの年間平均発電原価である。年間を通じて棒線にて示した電力市場価格の8割はグレーの範囲に収まるが、季節、あるいは一日のうちでも時間帯によって、残り2割は最大・最小値がその範囲から大きく逸脱する。

 2030年以降、総発電時間のうち、乱高下する時間帯の割合が大幅に増加していき、価格の増減幅も広がり、2040年には、最大で通常の電力価格の10倍にもなることが予測される。これは一般家庭の電力消費に影響が及ぶだけでなく、産業界にとっても将来に向けてこれまでの戦略の変更を迫られたり、確度の高い事業計画が立てづらくなったりすることを意味する。ある小売事業者は、電力価格高騰の時期において、それまで高収益を誇ってきた大型店舗の採算が悪化する一方で、小型店舗の収益性は影響を受けないなど今後の出店計画を見直すことになった。また価格の乱高下の幅だけでなく、それがいつ・どれくらい起こるか予測しづらく、事業の予見性が失われることは、電力事業者だけでなく、一般企業にとっても経営上の大問題となりかねない。

送配電設備投資は数倍に増加

 再エネの導入をめぐる議論では、発電主体である太陽光や洋上風力への投資に焦点が当たりがちだが、発電した電力を需要家に届ける送配電網に関するボトルネックも明らかになっている。特に太陽光の場合、夜間の発電量はゼロだが、晴れた日中には大量に発電され、瞬間的に変圧器、電力線に負荷が掛かる。既存設備にはそれなりの冗長性がある設計となっているが、再エネの比率が高まるにつれて、従来の送配電網では対応しきれず発電側で出力を抑制しつつ、送配電設備を増強する選択肢を迫られる。

 図表0-3は、ドイツと隣接国をつなぐ国際連系線への投資を今後どのくらい強化しなければならないかを示したものだ。2021年に比べて、2030年には必要な投資が2~6倍にも膨らむ予想となっている。これに加えてドイツ国内の送電・配電設備の増強も欠かせず、我々の試算では、過去5年間の投資平均と比べて50~70%近く増やす必要がある。結果として一部発電向けの賦課金を含む託送料金の上昇により電力料金は2割ほどの上昇が見込まれる。

 現状でも既に消費者に対する電力価格の負担は増加しているが、ここでも産業界への影響は計り知れない。ドイツ有数の化学会社であるBASFは国内生産を取りやめ、製造拠点を海外に移転することを決めた。これは、ウクライナ紛争により価格競争力のあるロシア産ガスが調達できなくなったことなどの影響により、電力やエネルギーに関する明るい展望が見えないことも大きく影響している。同様に、エネルギーコスト低減や安定調達を求めて、国内生産を海外に移転するドイツ企業が続出しており、フォルクスワーゲンにおける議論も記憶に新しい。

 これら3つの課題は、エネルギーシステム全体を脱炭素に大きく振り向けたがゆえに顕在化した弊害といえる。いずれも軽視できない難題であり、今後の大幅な脱炭素に向けた計画的な移行の重要性を示している。

上流の資源分野における影響

 同様のエネルギーシステムへの影響は電力の上流分野に位置する資源領域でも大きい。図表0-4は2018年から2023年までの欧州における天然ガス価格の推移を示したものだ。ウクライナ問題でロシアが欧州向けのガス供給の大部分を停止したことにより、ガス価格が高騰したピークが目立つが、実際にはこの図からわかるように、ウクライナ問題以前からガス価格は数倍に上昇しており、そのトレンドがウクライナ紛争によるピークと比較して相対的に見えづらくなっている。

 このウクライナ問題前の高騰の直接的な要因としては、風況が弱く、火力発電で風力発電分を補うためにガスの使用量を増やす必要が生じたという気候上の理由がある。2020年から2021年の冬期は世界的に気温が低く、中国などアジアでもガス需要が高まったため、LNG価格が高騰した。

 しかし構造的には、電力業界と石油ガス業界の間におけるより強いフィードバックサイクルがさらに作用している。電力の需要サイドの量的な充足度や価格変動は上流の資源側にもシグナルとなる。急激な再生可能エネルギーの導入によりガス火力の稼働率低下や新設延期などの需要減少が見込まれれば、上流のガス開発も行われづらい。つまり、再エネの増加トレンドや、脱炭素化に伴うガス火力発電のシェア低下を見越して、上流の資源開発への投資が抑制される方向で働いてきた。

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求められる広い視野での取り組み

 エネルギーも電力も、ウクライナ紛争によって、その転換をめぐる課題の規模や深さが拡大したことは事実だが、最大の原因は安定供給よりも脱炭素や経済性を意識したシフトのスピードが速かったことによる。エネルギー・電力という財としての公共性、環境価値や安定供給などの外部価値を市場設計に組み込むこと、また、一般的な大型電源を中心とした競争環境下で長期的に投資回収が見込めるように市場設計を最適化することは、非常に難しい。それは紛争が起こるはるか前からあった構造的問題であり、それが今諸事情によりようやく顕在化しているにすぎない。しかも、これはドイツだけの話ではない。細かな状況は異なれども、世界各国で共通して発生している。

 これは図らずも、日本のエネルギー関係者が以前から提起してきた問題でもある。日本は他国とエネルギーを融通できない島国であり、自然環境は台風などの災害が多い。季節による需要変動は激しく、再エネ資源のエネルギー強度(単位面積当たりに注がれるエネルギーの密度)は必ずしも大きくない。そのような環境で信頼性の高いエネルギーシステムを構築してきた日本の関係者の目線で見れば、予想できた状況であったかもしれない。

 日本は再エネによる発電を拡大すれば、送配電網の増強が必要になるため発電コストはその統合費用を含めて見るべきだとかねてから訴えてきた。以前は顧みられなかったが、最近になってようやくこの主張の妥当性が認められるようになっている。エネルギーの安定供給を大前提としながらも、脱炭素を実現するには、太陽光や風力だけでなく、あらゆる種類の技術を駆使することが重要である。単体の技術だけを見ればコスト高だとしても、システム全体の安定性、トータルコスト、自給率向上に向けて最適解を探っていく必要がある。

 この点も踏まえて、本書では、脱炭素のような単独の目標ではなく、包括的な視点からのエネルギー転換とエネルギー業界の変化を捉えていく。また、世界が今後も変化し続けることを前提に、日本のエネルギー企業がとりわけ大事にしてきた安定供給の精神を守るためにも今後どのように取り組んでいけばいいのか、具体的なアクションにつながる打ち手を考えていきたい。電力会社を主語とした記載が多いが、ガス・石油やインフラ事業者にも共通したテーマであると考えている。

 なお本書は、2024年の米国大統領選挙後に誕生したトランプ新政権のエネルギー政策や、各国が策定するエネルギー基本計画の動向を踏まえつつ、執筆時点で得られる情報に基づいて構成している。本書が出版される頃には、これらの政策や計画の詳細がすでに明らかになっている可能性が高い。執筆時点では不確定な部分があることを、読者に予めご了承いただきたい。

 一方で、本書の議論は、これら短期的な政策変更に左右されることのない中長期的な視点に基づいている。例えば、エネルギー市場の基盤となる技術革新や経済的トレンド、そして気候変動への対応という大きな枠組みは、政権の方針変更があっても大きな重要性を失うことはないと考えており、こうした中長期的な視点をもとに、トランプ新政権や各国の政策動向を適切に位置づけていただければ幸いである。

本書の構成

 第1章では、マッキンゼーが毎年発表している「グローバル・エネルギー・パースペクティブ(GEP)」のデータや分析結果を用いて、世界全体のマクロのエネルギーの行方を概観し、脱炭素化に向けた世界の現在地や、目標とのギャップを埋めるうえで電力が圧倒的に重要な役割を果たしつつ、電力以外の脱炭素燃料や需要側技術の立ち上げが必要なことを紹介する。また脱炭素はすべてが成長領域ではなく投資を含めたコスト増が想定されることになるという現実的な前提を確認する。

 第2章では、これまで脱炭素を牽引してきた欧州で、再エネを主体とする方式に代わりエネルギー戦略の考え方にS+3Eのバランスが持ち込まれ、「産業競争力」という新たな軸が加わっていることや、脱炭素の難易度に関わる自然環境、地形・気候、産業構成により、どのような脱炭素のパターンがあるかを国別に類型化し、日本が置かれている状況を整理する。

 第3章では、日本が脱炭素に向かう中で、電力市場がどのような圧力にさらされるかについて、シミュレーションを用いながら分析する。脱炭素の取り組みは総コストが100兆円規模にのぼる国家的事業である。その抑制や低減に向けた発電種別システムコストの最適化、送配電・連系線の整備、バッテリー(二次電池)、水素、CCS(二酸化炭素回収・貯留)、原子力などの果たす役割を個別に見ていく。

 第4章では、その状況下における既存の大手電力会社について、短期的に直面している打ち手について発電、送配電、小売の主要3事業と全社に分けて、現状と課題を整理し、変革を行うことでエネルギー転換を成長の足がかりにできる可能性があることを議論する。

 第5章では、より中長期的な産業変革の目線から電力会社を中心にエネルギー業界への示唆を見ていく。エネルギー転換を推進するために、日本の国土の地域特性も踏まえて、エネルギー業態転換の仮説を提示する。エリア別に乖離が広がるエネルギーニーズに対し、業界の枠を超えた長期戦略を持って自己変革を進めることで、国・地域やエネルギーエコシステム全体が果実を得ることができることを議論する。

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【目次】

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