その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野中郁次郎さんの 『『失敗の本質』を語る』 です。



【はじめに】

 『失敗の本質』は、日本が第2次世界大戦(同書では大東亜戦争という呼び方に統一しています)で敗戦を喫した原因を解明し、教訓を引き出した著作で、長く読み継がれている名著です。

 新型コロナウイルスの感染爆発、環境破壊や自然災害の拡大、ロシアによるウクライナ侵攻など、「安心・安全」とはほど遠い世界のなかで、日本政府や企業は国難に十分に対応できているでしょうか。同書が浮き彫りにした日本軍の構造欠陥は、残念ながら、現代日本の様々な組織のなかにも見受けられます。

 同書は日本軍の敗因分析から様々な教訓を引き出し、勝てる組織になるための方法を提言していますが、なお実行できていない組織が多いのが現実です。今こそ、同書を読み直し、混乱の時代を乗り切る知恵を吸収するときではないでしょうか。

 そこで、『失敗の本質』の著者の一人で、完成に至るまでのプロセスを主導した野中郁次郎・一橋大学名誉教授に同書誕生の背景、同書のエッセンスと現代からみた意義や、その後の戦史に関わる研究の軌跡などについて語ってもらったのが本書です。

 同書の副題は「日本軍の組織論的研究」です。日本はなぜ敗色が濃厚な戦争にあえて突入したのか、という原因を究明するのではなく、開戦した後の日本の「戦い方」「敗け方」を研究の対象にしました。戦争の諸作戦での失敗は、組織としての日本軍の失敗であるととらえ、日本軍の組織としての特性や欠陥を明らかにしたのです。『失敗の本質』は、日本軍という組織が抱えていた特性や欠陥は、現代日本の組織にも引き継がれているという視点に立ち、日本軍の失敗から様々な教訓を引き出しています。

 戦後、活動を復活させた日本の様々な組織が、同書の教訓を生かして生まれ変わったのなら、同書の役割は終わったはずです。しかし、構造欠陥の根は深く、日本全体がうまく回らない局面が来るたびに、何度も読み返されています。

 近年では、東日本大震災が発生した2011年に同書のブームが起き、震災対応に苦慮する当時の政権と、日本軍とを重ね合わせて論じる識者もいました。2020年に新型コロナウイルスが世界で猛威を振るうと、再び同書は多くの人の手に取られています。

 日本軍が持っていた組織としての特質を「ある程度まで創造的破壊の形で継承したのはおそらく企業組織であろう」と同書は指摘します。野中氏が日本の敗戦を研究テーマにする構想を抱いたのは1979年で、研究プロジェクトが実を結んで初版(ダイヤモンド社)を発刊したのは84年です。この時期の日本企業は、2度の石油危機を乗り越え、製造業を中心に日本的経営が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と世界に評価されていた時期ですが、同書はその実力を冷静に見極めています。

 戦後の日本は、欧米をモデルとしながら経済成長を実現しました。環境の変化が突発的な大変動ではなく、継続して発生している状況だから強みを発揮できたという見立てです。日本企業は平時には強みを発揮しますが、大きな時代の変化には対応できないと、日本企業の全盛期に断言しているのです。

 コロナ禍が猛威を振るい、世界各地で軍事的な緊張が高まる現在は、まさしく時代の大転換期です。だからこそ同書を手に取る意味は大きく、日本軍の失敗から得られる教訓は現在の多くの組織にも生かせるでしょう。

 ただ、そこにとどまると、「やはり日本はだめなのだ」「日本政府のコロナ対応は間違っている」といった悲観論や批判を超える発想が生まれず、閉塞感が増すだけになる可能性があります。

 本書は、『失敗の本質』を出発点とし、野中氏のその後の研究成果もフォローしています。

 経営学者の野中氏は、企業のイノベーションと戦史に関わる研究を2本柱とし、1970年代から現在に至るまで学界や言論界の最前線で活躍しています。戦史に関わる研究の対象は広く、歴史から軍事組織、国家経営、安全保障戦略にまで及びます。野中氏は『失敗の本質』以降も、2本柱の研究を継続するなかで新たな命題を発見し、独自の理論をつくり上げてきました。

 経営学者としての代表作といえる「知識創造理論」の完成は1990年代。企業が新たな知識を創造する仕組みを解き明かした理論であり、「成功の本質」に迫る研究といえますが30年の時を経て、今なお進化を続けています。

 戦史に関わる研究(共著も含む)では、『アメリカ海兵隊』(1995年)、『戦略の本質』(2005年)、『失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇』(2012年)、『史上最大の決断』(2014年)、『国家経営の本質』(2014年)、『知的機動力の本質』(2017年)、『知略の本質』(2019年)、『知徳国家のリーダーシップ』(2021年)といった成果を次々と生み出し、独自のリーダーシップ論を展開して知識創造理論を拡充しています。2本の柱は相互に影響を及ぼしながら野中ワールドは大きく広がっているのです。

 本書では野中氏の「現在地」から『失敗の本質』を読み直し、その後に積み上げてきた知見を取り入れたうえで、危機に直面した人と組織が進むべき道筋を探ります。国家の安全保障政策や軍事戦略も射程に入れ、危機の時代に国家のリーダーはどう行動すべきかを進言します。

 野中氏のメッセージは、人々の行動を変え、閉塞感が漂う現状を打開する原動力になると期待しています。

 なお、本文中の敬称は略しました。

2022年春 前田裕之


【目次】

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